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第10話「悠真のモノローグ(三角関係の影)」
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――桐嶋凛音は、ずっと俺の隣にいた。
そして、たぶんこれからも、いるんだと思ってた。
でも、それはきっと“勘違い”だったんだ。
そう思い始めたのは、あの女の子が戻ってきてからだ。
白石天音。
小学四年生まで、俺たち三人は同じ時間を過ごしていた。
あの頃の凛音は、今とは全然違っていた。
どこか怯えてて、人混みが苦手で。
特に女の子には触れられるだけでビクついていた。
そりゃそうだ。
家では姉三人に囲まれて、朝も夜も構われすぎて、愛情という名の牢獄に閉じ込められていたんだから。
そんな凛音が唯一、心から安心して笑っていたのが――天音と一緒にいるときだった。
俺もその場にいたけど、今思えば、あの輪の中で一番特別だったのは天音だったんだろう。
でも、天音は転校した。
そのあと、凛音は急に“女嫌い”を公言し始めて。
俺以外とは距離を取り、女の子は全員無視。
それが結果的に「俺様系王子」として大ウケし、女子人気を掴むという謎現象を生んだ。
俺はずっと、そんな凛音の“裏側”を知ってる唯一の親友として、そばにいた。
その立場は、心地よかった。
だって、自分にしか見せない顔を知ってるって、特別だろ?
特に、彼みたいな“完璧すぎる人間”の、その隙を知ってるってことは――俺だけの特権だった。
だけど、それが崩れた。
崩れ始めてるのが、わかる。
◆
「悠真、聞いた? 天音ちゃんと凛音くん、また一緒に帰ってたって」
廊下で女子の会話が耳に入る。
聞いてないフリをして、全部聞いてる。
だって、気になるんだから。
天音は無自覚。
たぶん凛音も、自覚があるのかないのか、微妙なところ。
でも、二人の間にある空気は、周囲が気づくほどに**“色がついてきてる”。**
なのに。
俺の中には、いつまでも変わらない記憶がこびりついてる。
あの日。
雨の中で泣いていた凛音を、天音がそっと傘で覆った日。
あのときの凛音の顔は、今でも忘れられない。
誰にも見せたことのない、安心と信頼のにじんだ、あたたかい顔だった。
俺はあのとき、少しだけ思ってしまった。
――天音がいなくなれば、俺が一番近くにいられる。
最低だと思った。
でも、それは嘘じゃない。
あの日から、俺はずっと“いなくなった天音の代わり”だった。
そして今。
本物が戻ってきた。
凛音の目に映る彼女は、昔と同じように無邪気で。
でも、どこか少し強くなっていた。
凛音の“変化”に対して、一歩も引かずにぶつかっていく。
まるで彼女は――彼の“本音”を取り戻す鍵のようだ。
俺には、できないことだった。
俺はただ、凛音の“仮面”を知っているだけで、壊せない。
壊したら、きっと俺の居場所がなくなる気がして。
◆
「悠真、今日、暇?」
放課後、天音が教室の入り口からひょっこり顔を出した。
凛音は席に座ったまま、無反応。
天音は別に気にした様子もなく、悠真に向かって微笑む。
「ちょっと付き合ってほしいとこあるんだ」
「……俺でいいの?」
「うん。悠真って、話しやすいから」
その言葉。
嬉しかった。
けど、胸の奥で何かがチクリと刺さった。
“話しやすい”。
それは、裏を返せば――“特別ではない”ってこと。
「いいよ。どこ行くの?」
「ちょっとだけ。買い物!」
◆
駅前の文具店。
彼女は可愛い付箋やノートを手に取りながら、楽しそうにあれこれ話していた。
時折、「これ、凛音だったら似合いそう」と口にして、すぐ「違うか~」と笑う。
全部が、“彼の話”だ。
今、俺の目の前にいるのに。
俺の隣にいるのに。
彼女の心は、ずっと桐嶋凛音に向かってる。
「ね、悠真ってさ、凛音のことどう思ってる?」
不意に投げられたその問いに、言葉が詰まる。
視線が合う。
彼女は、まっすぐに見ている。
俺の目を。心を。奥を。
「……親友だよ」
やっと出たのは、その一言だった。
天音はふっと微笑んで、
「そっか」
とだけ言った。
それ以上、深くは追及しなかった。
でも、それでよかった。
それ以上を聞かれたら、俺はもう嘘をつけない気がしたから。
◆
帰り道。
商店街の灯りがポツポツと点き始めていた。
天音は手にした小さな紙袋を揺らしながら、唐突に言った。
「悠真、優しいね」
「そうかな」
「うん。でも、ちょっと寂しそう」
その言葉が、心に直接降ってきた。
隠していたものが、少しだけ顔を出しそうになった。
でも、それを見せたら、彼女はもう笑えない気がして。
俺は笑ってごまかした。
「凛音がさ、お前といるときだけ、子どもみたいな顔になるの、知ってる?」
「え?」
「なんかさ、俺の知らない顔してるんだよ。あいつ、あんな顔できたんだなって」
「……うん。私も、そう思った」
「……天音」
呼んだだけで、何も言えなかった。
言ってしまったら、たぶんもう、今の関係には戻れない。
だから、何も言えなかった。
彼女は気づいてるのか、気づいていないのか。
ただ、小さく「うん」とだけ返して、
そのまま別れ道の角を曲がっていった。
俺はしばらく、その場に立ち尽くしていた。
街の音が遠ざかっていく。
灯りは点き始めているのに、心の中は、どんどん暗くなっていくようだった。
(……いいよ)
(俺は、親友でいい)
(それが、今の俺の居場所なら)
そう、言い聞かせながらも、
胸の奥で疼いているものは、誰にも言えなかった。
誰にも
――言いたくなかった。
【つづく】
そして、たぶんこれからも、いるんだと思ってた。
でも、それはきっと“勘違い”だったんだ。
そう思い始めたのは、あの女の子が戻ってきてからだ。
白石天音。
小学四年生まで、俺たち三人は同じ時間を過ごしていた。
あの頃の凛音は、今とは全然違っていた。
どこか怯えてて、人混みが苦手で。
特に女の子には触れられるだけでビクついていた。
そりゃそうだ。
家では姉三人に囲まれて、朝も夜も構われすぎて、愛情という名の牢獄に閉じ込められていたんだから。
そんな凛音が唯一、心から安心して笑っていたのが――天音と一緒にいるときだった。
俺もその場にいたけど、今思えば、あの輪の中で一番特別だったのは天音だったんだろう。
でも、天音は転校した。
そのあと、凛音は急に“女嫌い”を公言し始めて。
俺以外とは距離を取り、女の子は全員無視。
それが結果的に「俺様系王子」として大ウケし、女子人気を掴むという謎現象を生んだ。
俺はずっと、そんな凛音の“裏側”を知ってる唯一の親友として、そばにいた。
その立場は、心地よかった。
だって、自分にしか見せない顔を知ってるって、特別だろ?
特に、彼みたいな“完璧すぎる人間”の、その隙を知ってるってことは――俺だけの特権だった。
だけど、それが崩れた。
崩れ始めてるのが、わかる。
◆
「悠真、聞いた? 天音ちゃんと凛音くん、また一緒に帰ってたって」
廊下で女子の会話が耳に入る。
聞いてないフリをして、全部聞いてる。
だって、気になるんだから。
天音は無自覚。
たぶん凛音も、自覚があるのかないのか、微妙なところ。
でも、二人の間にある空気は、周囲が気づくほどに**“色がついてきてる”。**
なのに。
俺の中には、いつまでも変わらない記憶がこびりついてる。
あの日。
雨の中で泣いていた凛音を、天音がそっと傘で覆った日。
あのときの凛音の顔は、今でも忘れられない。
誰にも見せたことのない、安心と信頼のにじんだ、あたたかい顔だった。
俺はあのとき、少しだけ思ってしまった。
――天音がいなくなれば、俺が一番近くにいられる。
最低だと思った。
でも、それは嘘じゃない。
あの日から、俺はずっと“いなくなった天音の代わり”だった。
そして今。
本物が戻ってきた。
凛音の目に映る彼女は、昔と同じように無邪気で。
でも、どこか少し強くなっていた。
凛音の“変化”に対して、一歩も引かずにぶつかっていく。
まるで彼女は――彼の“本音”を取り戻す鍵のようだ。
俺には、できないことだった。
俺はただ、凛音の“仮面”を知っているだけで、壊せない。
壊したら、きっと俺の居場所がなくなる気がして。
◆
「悠真、今日、暇?」
放課後、天音が教室の入り口からひょっこり顔を出した。
凛音は席に座ったまま、無反応。
天音は別に気にした様子もなく、悠真に向かって微笑む。
「ちょっと付き合ってほしいとこあるんだ」
「……俺でいいの?」
「うん。悠真って、話しやすいから」
その言葉。
嬉しかった。
けど、胸の奥で何かがチクリと刺さった。
“話しやすい”。
それは、裏を返せば――“特別ではない”ってこと。
「いいよ。どこ行くの?」
「ちょっとだけ。買い物!」
◆
駅前の文具店。
彼女は可愛い付箋やノートを手に取りながら、楽しそうにあれこれ話していた。
時折、「これ、凛音だったら似合いそう」と口にして、すぐ「違うか~」と笑う。
全部が、“彼の話”だ。
今、俺の目の前にいるのに。
俺の隣にいるのに。
彼女の心は、ずっと桐嶋凛音に向かってる。
「ね、悠真ってさ、凛音のことどう思ってる?」
不意に投げられたその問いに、言葉が詰まる。
視線が合う。
彼女は、まっすぐに見ている。
俺の目を。心を。奥を。
「……親友だよ」
やっと出たのは、その一言だった。
天音はふっと微笑んで、
「そっか」
とだけ言った。
それ以上、深くは追及しなかった。
でも、それでよかった。
それ以上を聞かれたら、俺はもう嘘をつけない気がしたから。
◆
帰り道。
商店街の灯りがポツポツと点き始めていた。
天音は手にした小さな紙袋を揺らしながら、唐突に言った。
「悠真、優しいね」
「そうかな」
「うん。でも、ちょっと寂しそう」
その言葉が、心に直接降ってきた。
隠していたものが、少しだけ顔を出しそうになった。
でも、それを見せたら、彼女はもう笑えない気がして。
俺は笑ってごまかした。
「凛音がさ、お前といるときだけ、子どもみたいな顔になるの、知ってる?」
「え?」
「なんかさ、俺の知らない顔してるんだよ。あいつ、あんな顔できたんだなって」
「……うん。私も、そう思った」
「……天音」
呼んだだけで、何も言えなかった。
言ってしまったら、たぶんもう、今の関係には戻れない。
だから、何も言えなかった。
彼女は気づいてるのか、気づいていないのか。
ただ、小さく「うん」とだけ返して、
そのまま別れ道の角を曲がっていった。
俺はしばらく、その場に立ち尽くしていた。
街の音が遠ざかっていく。
灯りは点き始めているのに、心の中は、どんどん暗くなっていくようだった。
(……いいよ)
(俺は、親友でいい)
(それが、今の俺の居場所なら)
そう、言い聞かせながらも、
胸の奥で疼いているものは、誰にも言えなかった。
誰にも
――言いたくなかった。
【つづく】
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