13 / 55
第13話「ステージで起きた小さな事件」
しおりを挟む
午後の校舎は、文化祭の熱気で空気が重たいほどに充満していた。
外では焼きそばの煙が舞い上がり、校庭では軽音部の演奏が鳴り響く。
屋内では仮装コンテストやクイズ大会、目玉企画のファッションショーの準備が進んでいた。
そのファッションショーこそが、今日の“事件”の舞台だった。
桐嶋凛音は、そのステージの裏で、眉間に皺を寄せていた。
「……ふざけんなよ」
手元には、明らかにサイズの合わないステージ衣装。
銀のアクセントが入った黒のジャケット。
細身のパンツ。
そして、やたらと襟元が開いたシャツ。
「これ、絶対美咲姉が選んだやつだろ……」
その通りである。
バックステージの控室には、彼の次女・美咲が送ってきたと思われる箱が置いてあり、
中には手紙が添えられていた。
《凛音、ママの代理でステージモデルよろしくね♡
これ着てセンター歩いたら、観客全員ノックアウト間違いなし♡
#姉バカ #親バカも見てます #本気で着て》
凛音は天を仰いだ。
「帰りてぇ……」
けれど、状況が許さない。
2年B組の代表として、母親のモデル事務所の推薦もあってステージに出ることが決まっていた。
逃げ道はない。
◆
客席は満員。
体育館のステージを中心に、各学年のクラス代表モデルたちが順番に登壇していく。
会場のあちこちからフラッシュが焚かれ、
「○○先輩やばい!」「え、モデル並みじゃん!」という黄色い声が飛び交っていた。
そして、ついに。
ステージアナウンスが響く。
「続いての登場は、2年B組代表――桐嶋凛音くん!」
照明が落ち、スポットが一点に集中する。
高身長。
銀の装飾が映える漆黒の衣装。
そのシルエットが一歩ステージに現れた瞬間、会場は一瞬、静まり返った。
「えっ……」
「……うそ……本物のモデルみたい……」
「え、何あのオーラ……」
次の瞬間。
「きゃああああああああ!!!」
割れんばかりの悲鳴のような歓声が上がった。
凛音はというと、眉間に皺を寄せたまま、
嫌そうな顔を隠しもしない表情でランウェイを歩き出す。
堂々たる歩み。
けれど、どこか投げやり。
それがまた、“俺様感”を爆発させ、
女子たちは逆に「それがいい!」「不機嫌な顔が最高!」と興奮状態。
そして、歩きながら。
視線が
――観客席の一角に立つ少女と、ぶつかった。
白石天音。
彼女は、誰よりも強く、誰よりも真っ直ぐな視線で、
凛音を見ていた。
(……変わらないな)
凛音は思った。
小学生の頃から。
彼女だけは、自分を“人として”見てくれる。
顔でも、人気でもなく、
“桐嶋凛音”そのものとして、向き合ってくれる。
そして。
気づいていた。
自分は
――ずっと、彼女が好きだった。
ずっと前から、彼女しか見ていなかった。
でも。
家では姉たちに囲まれて、疲れ果てて。
学校では女子を避ける“演技”がどんどん板について。
気づけば、自分の本心を押し殺すのが日常になっていた。
今、ステージのど真ん中に立って、
彼女と目を合わせた瞬間。
胸が、少しだけ痛んだ。
(こんなふうに……ずっと避けて、
俺、何してんだよ)
ステージの終盤。
凛音がターンして引き返そうとしたそのとき。
――トラブルが起きた。
足元の段差に、スタッフが置き忘れたコードがあった。
凛音のブーツの先が引っかかる。
その瞬間、重心が崩れた。
「――っ!」
ステージの最前列がざわめいた。
凛音の身体が傾き、体勢を崩す――そのとき。
観客席から飛び出すように走り出す影。
白石天音だった。
「凛音っ!!」
彼女はステージ脇のスタッフの制止を振り切って、
瞬時に駆け上がった。
そして、倒れそうになる凛音の腕をとっさに支えた。
客席がどよめいた。
教師たちもざわつく中、凛音の身体はぎりぎりで転倒を免れた。
ステージ中央に、ふたり。
そのまま、見つめ合ってしまう。
「……バカ」
凛音が、天音の額を指で弾いた。
「お前、なにやってんだよ……」
「だって、見てられなかったもん」
言葉の響きが優しすぎて、
会場全体がしん……と静まった。
「か、かかか……感動的すぎるぅ!!!」
「ヒーローとヒロインじゃん!!」
「この学校の姫と王子は、やっぱりこのふたりだってば!!」
観客が総立ちになって拍手。
完全に偶然の事故が、ドラマチックな演出になっていた。
だが。
凛音と天音は、観客の反応など見ていなかった。
視線を重ねたまま、ふたりの時間だけが流れていた。
その光景を
――悠真は、舞台袖から、じっと見ていた。
心の奥に、言いようのない感情が広がっていた。
(俺は……あそこに立てない)
(天音が走り出したとき、
俺は……動けなかった)
そして、はっきりとわかった。
自分の心が、誰に向いていたのか。
それは“恋”という言葉にするにはまだ曖昧で。
でも、“ただの友情”と切り捨てるには、重たすぎた。
あの瞬間、
天音が凛音を助けたあの一秒。
悠真の心に、
静かに“恋の名前”が降りた。
けれど、もう遅いのだと
――そのとき、理解してしまった。
ステージでは、ふたりが降壇するところだった。
凛音は、最後にもう一度、天音の手を軽く握って。
そして、小さく言った。
「ありがとな、天音」
彼女は、にこりと笑って、
「うん、当たり前でしょ」
と返した。
その笑顔を見て、悠真はまた一歩だけ、後ろへ下がった。
心に、答えを出すにはまだ、時間が足りない。
けれど、その一歩は、きっと
――始まりでもある。
【つづく】
外では焼きそばの煙が舞い上がり、校庭では軽音部の演奏が鳴り響く。
屋内では仮装コンテストやクイズ大会、目玉企画のファッションショーの準備が進んでいた。
そのファッションショーこそが、今日の“事件”の舞台だった。
桐嶋凛音は、そのステージの裏で、眉間に皺を寄せていた。
「……ふざけんなよ」
手元には、明らかにサイズの合わないステージ衣装。
銀のアクセントが入った黒のジャケット。
細身のパンツ。
そして、やたらと襟元が開いたシャツ。
「これ、絶対美咲姉が選んだやつだろ……」
その通りである。
バックステージの控室には、彼の次女・美咲が送ってきたと思われる箱が置いてあり、
中には手紙が添えられていた。
《凛音、ママの代理でステージモデルよろしくね♡
これ着てセンター歩いたら、観客全員ノックアウト間違いなし♡
#姉バカ #親バカも見てます #本気で着て》
凛音は天を仰いだ。
「帰りてぇ……」
けれど、状況が許さない。
2年B組の代表として、母親のモデル事務所の推薦もあってステージに出ることが決まっていた。
逃げ道はない。
◆
客席は満員。
体育館のステージを中心に、各学年のクラス代表モデルたちが順番に登壇していく。
会場のあちこちからフラッシュが焚かれ、
「○○先輩やばい!」「え、モデル並みじゃん!」という黄色い声が飛び交っていた。
そして、ついに。
ステージアナウンスが響く。
「続いての登場は、2年B組代表――桐嶋凛音くん!」
照明が落ち、スポットが一点に集中する。
高身長。
銀の装飾が映える漆黒の衣装。
そのシルエットが一歩ステージに現れた瞬間、会場は一瞬、静まり返った。
「えっ……」
「……うそ……本物のモデルみたい……」
「え、何あのオーラ……」
次の瞬間。
「きゃああああああああ!!!」
割れんばかりの悲鳴のような歓声が上がった。
凛音はというと、眉間に皺を寄せたまま、
嫌そうな顔を隠しもしない表情でランウェイを歩き出す。
堂々たる歩み。
けれど、どこか投げやり。
それがまた、“俺様感”を爆発させ、
女子たちは逆に「それがいい!」「不機嫌な顔が最高!」と興奮状態。
そして、歩きながら。
視線が
――観客席の一角に立つ少女と、ぶつかった。
白石天音。
彼女は、誰よりも強く、誰よりも真っ直ぐな視線で、
凛音を見ていた。
(……変わらないな)
凛音は思った。
小学生の頃から。
彼女だけは、自分を“人として”見てくれる。
顔でも、人気でもなく、
“桐嶋凛音”そのものとして、向き合ってくれる。
そして。
気づいていた。
自分は
――ずっと、彼女が好きだった。
ずっと前から、彼女しか見ていなかった。
でも。
家では姉たちに囲まれて、疲れ果てて。
学校では女子を避ける“演技”がどんどん板について。
気づけば、自分の本心を押し殺すのが日常になっていた。
今、ステージのど真ん中に立って、
彼女と目を合わせた瞬間。
胸が、少しだけ痛んだ。
(こんなふうに……ずっと避けて、
俺、何してんだよ)
ステージの終盤。
凛音がターンして引き返そうとしたそのとき。
――トラブルが起きた。
足元の段差に、スタッフが置き忘れたコードがあった。
凛音のブーツの先が引っかかる。
その瞬間、重心が崩れた。
「――っ!」
ステージの最前列がざわめいた。
凛音の身体が傾き、体勢を崩す――そのとき。
観客席から飛び出すように走り出す影。
白石天音だった。
「凛音っ!!」
彼女はステージ脇のスタッフの制止を振り切って、
瞬時に駆け上がった。
そして、倒れそうになる凛音の腕をとっさに支えた。
客席がどよめいた。
教師たちもざわつく中、凛音の身体はぎりぎりで転倒を免れた。
ステージ中央に、ふたり。
そのまま、見つめ合ってしまう。
「……バカ」
凛音が、天音の額を指で弾いた。
「お前、なにやってんだよ……」
「だって、見てられなかったもん」
言葉の響きが優しすぎて、
会場全体がしん……と静まった。
「か、かかか……感動的すぎるぅ!!!」
「ヒーローとヒロインじゃん!!」
「この学校の姫と王子は、やっぱりこのふたりだってば!!」
観客が総立ちになって拍手。
完全に偶然の事故が、ドラマチックな演出になっていた。
だが。
凛音と天音は、観客の反応など見ていなかった。
視線を重ねたまま、ふたりの時間だけが流れていた。
その光景を
――悠真は、舞台袖から、じっと見ていた。
心の奥に、言いようのない感情が広がっていた。
(俺は……あそこに立てない)
(天音が走り出したとき、
俺は……動けなかった)
そして、はっきりとわかった。
自分の心が、誰に向いていたのか。
それは“恋”という言葉にするにはまだ曖昧で。
でも、“ただの友情”と切り捨てるには、重たすぎた。
あの瞬間、
天音が凛音を助けたあの一秒。
悠真の心に、
静かに“恋の名前”が降りた。
けれど、もう遅いのだと
――そのとき、理解してしまった。
ステージでは、ふたりが降壇するところだった。
凛音は、最後にもう一度、天音の手を軽く握って。
そして、小さく言った。
「ありがとな、天音」
彼女は、にこりと笑って、
「うん、当たり前でしょ」
と返した。
その笑顔を見て、悠真はまた一歩だけ、後ろへ下がった。
心に、答えを出すにはまだ、時間が足りない。
けれど、その一歩は、きっと
――始まりでもある。
【つづく】
0
あなたにおすすめの小説
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる