自称25歳の女子高生

naomikoryo

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第十七話「香坂結を知っていた人」

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その連絡は、授業が終わってスマホを確認したときに届いていた。

差出人:加納(事務所マネージャー)

「今日、ちょっとだけ話したいことがある。電話できる?」

休み時間、人気のない階段の踊り場で、紬はイヤホンをつけた。

「……はい。どうしたんですか?」

『ああ、悪い。驚かせるつもりはなかったんだけど――
 この前のドラマのオーディションの件でね』

少し間を置いて、加納は続けた。

『審査員の一人が、君のことを“どこかで見た気がする”って言っててさ。
 で、その人、香坂結のファンだったらしい』

「……!」

(来た……)

内心で、音のない動揺が胸の奥に波打つ。

『名前までは出さなかったけど、“目の奥の雰囲気とか、声のトーンが似てる”って。
 まあ、芸能界には似た雰囲気の人も多いし、よくある話ではあるんだけどさ』

加納の声はどこか軽くしていた。
あくまで雑談として。深刻にならないように。

(でも、それだけじゃない。
 ……このまま何も言わなければ、本当に“偶然の一致”で済まされる)

でも、もしも――。
もしもこの先、誰かが「それでも気づいてしまったら」。

「……それ、誰ですか? 言ってたの」

『脚本家の早川茜(はやかわ・あかね)って人。
 結構有名だよ。演技力にすごく敏感なタイプでさ、昔から“この子は面白い”って見抜く目がある。
 君のことも、印象的だったって言ってたよ』

(早川茜……)

(――知ってる。前世の私、香坂結が新人の頃に出た深夜ドラマ。あのときの脚本を書いてた人)

(控え室で「あなたの目は、嘘をつけないのね」って言われたの、今でも覚えてる)

『でさ、君にぜひ会ってみたいって言ってて……。
 一度、“新人発掘”って名目で面談してみないかって』

「……会って、何を話せばいいんでしょうか」

『いや、無理に話すことはないよ。ただ、素の君を見たいってさ。
 “あの子は芝居をしてないときのほうが、きっと深い表現ができる”って、なんか妙に詩的なこと言ってた』

「……そうですか」

静かに、呼吸をひとつ。

(“香坂結”じゃなくて、“私”を見に来るって言うなら――)

「分かりました。行きます。面談、受けます」

『よし。じゃあ日取りだけこっちで押さえて、また連絡するよ』

通話を切ったあと、しばらくスマホを握りしめたまま、階段の窓から外を見ていた。

(怖い。……バレるのが怖いんじゃない。
 バレてないふりをして、“忘れられてること”が怖いんだ)

それは、香坂結としての想い。
ほんの3年前まで生きて、ステージに立ち、レンズの向こうで笑っていた“誰か”の名残。

(私だけが、あの人生を覚えている)

(でも、こうやって――思い出してくれる人が、まだいるんだ)

◆◇◆

その週の土曜日、都内の小さな喫茶店。
貸し切られた奥の席に通されると、そこには想像よりも柔らかい空気をまとう女性が座っていた。

「初めまして、小森紬さん。……こんにちは」

「こんにちは。お時間、ありがとうございます」

早川茜。
落ち着いた茶色のニットと、知性を感じさせるメガネ。
目元には微かに笑いじわがあるが、眼差しはまっすぐで鋭い。

(……やっぱり、変わってない)

「あなたのこと、オーディションで見てから、ずっと気になってたの。
 一言のセリフで、どうしてあんなに“胸が痛くなる目”ができるのかって」

「……ありがとうございます」

「演技って、不思議よね。どんなにテクニックがあっても、
 “伝わる人”と“上手い人”は、まったく別の存在なの。
 あなたは、どちらかというと――“伝えてしまう人”なのね。本人が意図せずとも」

「……」

(それは、香坂結だった頃、ずっと言われていたこと)

「……すみません。ひとつだけ、お聞きしてもいいですか」

「ええ、どうぞ」

「――私に、“香坂結さんの面影”を感じたって、思われましたか?」

一瞬、空気が止まった。

早川は驚いたように眉を上げて、それから小さく笑った。

「……やっぱり、自覚があったのね。
 ああ、やっぱり似てるわ、彼女と」

「でも、私は……香坂結さんとは、何の関係もありません。
 ネットで映像を見たことがあるくらいで。直接のつながりもありません」

それは、“嘘”ではない。
“表向きの真実”だった。

早川は、その言葉を否定もしなかった。

「そう……でも、だからこそ不思議なの。
 あの目。あの声の震え方。あの、感情の出し方。
 すべてが、忘れられない女優に似ていた。偶然とは思えないくらいに」

「……」

「でもね。私はそれを“偶然”だと信じることにする。
 それがたとえ、運命だったとしても。
 あなたが“今を生きている”以上、過去の名前で縛るのは、ナンセンスだから」

早川の言葉は、やさしくも断定的だった。

「小森紬さん。あなたには、あなたの“物語”がある。
 それを、香坂結という名前の残像ではなく、あなた自身の声で語ってほしい」

紬は、喉の奥に何かが詰まったような感覚を覚えながら、ゆっくり頷いた。

「……ありがとうございます。
 その言葉、とても救われました」

「いいのよ。いつか、もしも――語りたくなったら、話して。
 私はそれを、“物語”として書き残せる人間だから」

◆◇◆

帰り道、空にはすでに秋の雲が広がっていた。

スマホを開くと、沙月からメッセージが届いていた。

面談ってどうだった?
ちゃんと“17歳のふり”できた?笑

ていうか、そろそろ“自称25歳”ってネタ、浸透してきてるからね?
あんまり年上ぶると私が後輩になるからやめろ♡

紬は笑って、こう返した。

今日はちょっと、前の誰かを思い出しただけ。
でも、私は紬。ちゃんと今を生きてる。
大丈夫。うしろは見てないよ。

部屋に戻り、ノートを開く。

「誰かが、かつての“私”を思い出してくれた。
 でも、それは私の過去じゃない。“今の私”が見られたということ。
 なら、このまま進める。香坂結としてではなく、小森紬として――。」

ページを閉じ、窓を開ける。

外の空気が、少し冷たくて心地よかった。

(まだ、私のことを知らない世界が、こんなにたくさんある)

(だったら、届けに行こう)
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