自称25歳の女子高生

naomikoryo

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第二十一話「名前を呼ばれた日」

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昼休み。
購買の前にできた長蛇の列の端っこで、紬はパンを選ぶふりをしながら、行列の隙間をじっと見つめていた。

(チーズカレーパン……残ってるかな……)

文化祭の余韻も一段落して、学校にはまたいつもの日常が戻ってきていた。
とはいえ、紬の中ではどこか小さな変化が続いている。

たとえば――
知らないクラスの生徒が、廊下ですれ違いざまに軽く会釈をしてきたり。
図書室で同じ本を取ろうとした手が重なったとき、向こうが少し照れながら「どうぞ」と譲ってくれたり。

(もしかして、文化祭で私のこと見てたのかな……)

そう思って、なんとなく目をそらす。
その一つ一つは、とても小さな波紋だったけれど、確かに“水面”を揺らしていた。

「お、まだあったー!」

前の男子が元気よくカレーパンを取っていったのを見て、紬はうっすら絶望した。

(……あ、でもあれはただのカレーパン……チーズ入りはまだかも……)

と、願いを込めながら棚に手を伸ばしたその瞬間――

「……あ、小森さん」

呼ばれた。

一瞬、声の主が誰かわからなくて、紬はパン棚の陰から顔を上げた。

そこにいたのは、隣のクラスの女子。
同い年だけど、たぶん名前も話したこともない。

紬は一瞬返事に迷い、少し遅れて、「……はい?」と答える。

「あの、文化祭の演劇……すごく良かったです。
 最後のセリフ、今でも覚えてます。
 あの……“未来って、もっとすごいものだと思ってた。
 でも今が悪くないなら、それでいいよね?”ってやつ……」

彼女は少し頬を赤らめながら、手に持っていたサンドイッチを握りしめていた。

「すごく、響きました。なんか、自分にも言われてるみたいで……。
 えっと……それだけ、伝えたかったです」

そう言うと、頭を下げて、少し早歩きで去っていった。

購買前のざわついた空間の中で、
紬だけがぽつんと静止していた。

(……小森“さん”って、言われた)

(知らない人が、私の名前を知ってた)

それは、思っていたよりもずっと強く、胸に残った。

◆◇◆

「――あ、小森さん」

「え?」

放課後、図書室の入り口でまた名前を呼ばれた。

今度は、図書委員の男子。
何度か本の返却で顔を合わせたことがあるくらい。

「昨日の本、面白かった? 続き、入りましたよ」

「あっ……はい。読みました、すごく良かったです」

「じゃあ、こっちも好きかも。
 同じ作者で、ちょっと雰囲気違うけど、やっぱり“余白”が綺麗で……」

まるで友達におすすめするような口調。
彼は特に“舞台を観た”とか、“演技がすごかった”とか、そういうことは何も言わない。

でもそれが逆に、すごく自然で、優しかった。

(何も言われないのに、“名前で呼ばれる”って――すごく、不思議だ)

香坂結として活動していた頃。
名前を呼ばれることは、義務のようだった。

現場では「香坂さん」、雑誌では「香坂結」、ファンには「ゆいちゃん」。
そのどれもが、自分じゃない“誰か”に向けられている気がしていた。

でも今は――
“今の自分”に、そのまま届いている。

小森紬という、この名前に。

(うん、これが……嬉しい)

◆◇◆

家に帰ると、ポストに封筒が入っていた。

差出人は――加納。

開けてみると、中にはひとつのプリントと、短い手紙。

「来週、またひとつ小さな撮影が入ったよ。
 内容は後日詳しく説明するけど、
 先方が“この子の自然な芝居がいい”って言ってくれてた。
 だんだんと、“紬”の名前で仕事が来るようになってきてる。
 そのまま、焦らずに行こう。
 ――加納」

便箋の文字を読みながら、紬はゆっくりと笑った。

(紬の名前で、呼ばれてる)

(私はもう、“誰かの代わり”じゃなくて、“私自身”として立ってる)

◆◇◆

その夜。
紬はノートを開いて、今日の出来事をそっと書き留める。

「知らない人が、私の名前を知っていた。
 名前で呼ばれるって、こんなに胸に響くものだったんだ。
 声に出してもらえたとき、
 “私はここにいていい”って、静かに肯定された気がした」

そして、一行――小さく、だけど確かな決意を込めて。

もっと、呼ばれるようになりたい。
“小森紬”として。
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