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第十四話「讃えられる罪」
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火の歌が焼け、背中に咲く花を詠んだ後、都は静かにざわつき始めた。
御所の内外を問わず、藤原高子という名が“ただの歌人”ではなくなりつつあった。
――“火を呼ぶ女”
――“心を見透かす歌”
――“院の言葉を代弁する紅”
そのいずれもが、高子に与えられた称号だった。
それは名誉であり、また、**咎(とが)**でもあった。
ある日、高子は宗輔の屋敷に招かれた。
久方ぶりに外へ出て、門を越えた瞬間、風が変わったように感じた。
「姫様、今日お招きされているのは、高子様だけのようです」
いとの声には警戒があった。
「……そう。ならば、それなりの“話”でしょうね」
高子は静かに頷いた。
宗輔の書院に通されると、そこにはもうひとり、男が待っていた。
白衣の直衣をまとい、香を抑えた男――源成親(みなもとのなりちか)。
検非違使の長官であり、院政の内情に最も通じた男のひとり。
彼は、宗輔の向かいに座りながら、書簡の束を指でいじっていた。
「藤原高子殿、ようこそおいでくださいました」
「光栄に存じます。……ただの歌詠みに、過ぎたお取り計らいではございませんか?」
成親は唇の端をわずかに上げた。
「あなたの“言葉”が、ただの詩であれば、我々も関心を抱きません。
ですが、それは“人の心を動かす力”を持っている。
時に、火を起こし、時に、影を照らす――」
「――そして、時に、“罪”を背負わせるのですね」
高子は遮るように言った。
宗輔がわずかに眉をひそめたが、成親は動じなかった。
「よろしい。その通り。
藤原高子様、あなたの言葉は、すでに“政治の文脈”に置かれております」
「……なぜ、いまさらその確認を?」
「“賢しき女”は、時に愚か者より危ういのです。
あなたが、言葉をどこへ向けて放つか――
それが“帝”にも、“院”にも、疑念を抱かせ得るとお分かりでしょう」
「つまり、私に“口を慎め”と?」
「違います。
――“書け”。だが、“我々の手の中で”」
その瞬間、空気が変わった。
香も風も、言葉の余白も――何もかもが支配の輪郭を帯びた。
高子は、そのすべてを感じ取った。
(これが、院政というものの、もうひとつの顔)
和歌はもう、芸ではなかった。
それは、政治の“道具”だった。
邸に戻ったあと、高子は何も言わず、自室の香を焚き直した。
いとは黙ってその香炉を見つめていた。
「……姫様、あの源成親という男は、昔、紫式部の曾孫を左遷させた張本人だと聞いております」
「ええ。歌は、彼らにとって“証拠”にも“罪状”にもなるのね」
「姫様の歌は、“火”にされたり、“影”にされたり……
それでも、詠み続けますか?」
高子は、筆を取り、そっと言った。
「……詠むわ。
それが、“罪”であるのなら、わたしはその罪にこそ名を与えたい」
ほむらとも うしろさがなく たちし歌
さばかれし夜に かぜのあわれを
翌日、その歌は宮中の文集に掲載され、短冊に写され、都の詩人たちの間で話題となった。
「これは、“弁明”か、“反論”か、“開き直り”か?」
そう囁かれながら――
だが誰ひとり、その歌に宿る“決意”を読み解くことはできなかった。
それは、**「罪を受け入れる覚悟」**の一首だった。
数日後、白河院から高子に直筆の短冊が贈られた。
おのが身の ことばに焼かれ よしあらば
あさのけぶりに なりてなにかは
「――これも、“讃え”の顔をした、おそれね」
高子は笑った。
もはや、歌が好きかどうかではなかった。
彼女の歌が、“使えるかどうか”――それだけだった。
それでも、高子は筆をとる。
わが歌を ほむるこゑこそ つみと知れ
けぶるは心 燃ゆるはおのれ
今や、歌うという行為そのものが、
罪であり、誇りであり――そして、生そのものだった。
(続く)
御所の内外を問わず、藤原高子という名が“ただの歌人”ではなくなりつつあった。
――“火を呼ぶ女”
――“心を見透かす歌”
――“院の言葉を代弁する紅”
そのいずれもが、高子に与えられた称号だった。
それは名誉であり、また、**咎(とが)**でもあった。
ある日、高子は宗輔の屋敷に招かれた。
久方ぶりに外へ出て、門を越えた瞬間、風が変わったように感じた。
「姫様、今日お招きされているのは、高子様だけのようです」
いとの声には警戒があった。
「……そう。ならば、それなりの“話”でしょうね」
高子は静かに頷いた。
宗輔の書院に通されると、そこにはもうひとり、男が待っていた。
白衣の直衣をまとい、香を抑えた男――源成親(みなもとのなりちか)。
検非違使の長官であり、院政の内情に最も通じた男のひとり。
彼は、宗輔の向かいに座りながら、書簡の束を指でいじっていた。
「藤原高子殿、ようこそおいでくださいました」
「光栄に存じます。……ただの歌詠みに、過ぎたお取り計らいではございませんか?」
成親は唇の端をわずかに上げた。
「あなたの“言葉”が、ただの詩であれば、我々も関心を抱きません。
ですが、それは“人の心を動かす力”を持っている。
時に、火を起こし、時に、影を照らす――」
「――そして、時に、“罪”を背負わせるのですね」
高子は遮るように言った。
宗輔がわずかに眉をひそめたが、成親は動じなかった。
「よろしい。その通り。
藤原高子様、あなたの言葉は、すでに“政治の文脈”に置かれております」
「……なぜ、いまさらその確認を?」
「“賢しき女”は、時に愚か者より危ういのです。
あなたが、言葉をどこへ向けて放つか――
それが“帝”にも、“院”にも、疑念を抱かせ得るとお分かりでしょう」
「つまり、私に“口を慎め”と?」
「違います。
――“書け”。だが、“我々の手の中で”」
その瞬間、空気が変わった。
香も風も、言葉の余白も――何もかもが支配の輪郭を帯びた。
高子は、そのすべてを感じ取った。
(これが、院政というものの、もうひとつの顔)
和歌はもう、芸ではなかった。
それは、政治の“道具”だった。
邸に戻ったあと、高子は何も言わず、自室の香を焚き直した。
いとは黙ってその香炉を見つめていた。
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「ええ。歌は、彼らにとって“証拠”にも“罪状”にもなるのね」
「姫様の歌は、“火”にされたり、“影”にされたり……
それでも、詠み続けますか?」
高子は、筆を取り、そっと言った。
「……詠むわ。
それが、“罪”であるのなら、わたしはその罪にこそ名を与えたい」
ほむらとも うしろさがなく たちし歌
さばかれし夜に かぜのあわれを
翌日、その歌は宮中の文集に掲載され、短冊に写され、都の詩人たちの間で話題となった。
「これは、“弁明”か、“反論”か、“開き直り”か?」
そう囁かれながら――
だが誰ひとり、その歌に宿る“決意”を読み解くことはできなかった。
それは、**「罪を受け入れる覚悟」**の一首だった。
数日後、白河院から高子に直筆の短冊が贈られた。
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高子は笑った。
もはや、歌が好きかどうかではなかった。
彼女の歌が、“使えるかどうか”――それだけだった。
それでも、高子は筆をとる。
わが歌を ほむるこゑこそ つみと知れ
けぶるは心 燃ゆるはおのれ
今や、歌うという行為そのものが、
罪であり、誇りであり――そして、生そのものだった。
(続く)
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