花村蘭子ものがたり 〜昭和の風、紫陽花の恋〜

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第7話「制服にリボン」

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新しい制服は、最初こそ蘭子の胸をときめかせた。

濃紺のブレザーに、白いシャツ。
赤いリボンタイ。
そして、チェック柄のプリーツスカート。
それはまさに、青春映画の中でヒロインが着る“学生服”そのもので、蘭子は入学式の朝、自室の鏡の前でくるくると回った。

「ふふ……“日常という名の舞台衣装”ね。悪くないわ」

だが、2週間もすれば、彼女はその制服に息苦しさを感じはじめた。

毎朝、同じ制服を着て、同じ時間に電車に乗り、同じ校門をくぐる
――それはまるで“整列された風景の一部”に、自分が取り込まれていくような感覚だった。

(このままじゃ、“蘭子”が制服に埋もれてしまうわ……)

そう思ったとき、彼女は静かに“改造計画”を始めたのだった。

ある秋の日の朝。

蘭子は制服に、小さな変化を加えて学校へ向かった。

シャツの第一ボタンを外し、襟元にスカーフをひと巻き。
靴下はレースをあしらった白。
ブレザーのポケットには、小さなブローチをひとつ。
たったそれだけの“蘭子なりの装飾”だったが、校門をくぐった瞬間
――その変化は、波紋のように広がった。

「見て、花村さん、また何かやってる……」

「えっ、なんか首に巻いてない?」

「規則違反じゃない?」

教室に入ると、視線がちらちらと集まった。
中学になって、蘭子の“浮き方”はより顕著になっていた。
小学校の頃とは違い、今や「変わり者」は、無言で距離を取られる対象になりつつあった。

それでも、蘭子は微笑みを崩さなかった。

(人と違うことは、わたくしの個性。目立つことは、悪ではないわ)

だが、その日の昼休み、生活指導の先生が教室にやってきた。

「花村さん、少しお話をしましょうか」

指導室に連れていかれた蘭子は、正面の席に座る先生
――山辺先生と対峙していた。
彼女は若く、まだ教師になって数年といった雰囲気の女性だった。

「ね、花村さん。あなたのそのスカーフと靴下、それと……ブローチも、かな。校則違反なの、分かってる?」

「ええ、承知の上で着用しておりますの。わたくし、装いに自分の“魂”を込めておりますの」

「“魂”……か。うーん、確かに気持ちは分かるよ。おしゃれしたい年頃だし、目立ちたい気持ちもある。でもね――」

先生はそこで言葉を切り、机に手を置いた。

「学校って、“みんなで暮らす場所”なのよ。自分らしさって、ときに誰かに“圧”として伝わることもある。あなたの“個性”が、他の子の“居心地”を悪くしてしまったら、どう思う?」

その言葉は、まるで空気が抜けるように、蘭子の胸にすうっと入ってきた。

(……蘭子劇場は、もしかして“観客不在”だったのかしら)

「わたくし……誰かを困らせたくて、こうしたわけではありませんの。ただ、自分らしくありたくて……」

「うん、それは伝わってる。でも、自分らしさを貫くって、“誰かのルールを壊すこと”じゃなくて、“みんなの中で生かすこと”でもあるんじゃないかな?」

蘭子は黙ったまま、制服の袖を見下ろした。

たしかに、自分の個性は演出だった。
映画のヒロインのように見られたい、舞台の中心にいたい
――その思いばかりが膨らんで、本当の“観客の心”を、置き去りにしていたのかもしれない。

帰り道、雨が降り出した。

傘も持たずに歩く蘭子の前に、ぱたぱたと駆け寄る足音が聞こえた。

「……蘭子! ほら、傘!」

振り向くと、そこには晋平がいた。
小学校の頃と同じ、真っ直ぐで不器用な差し出し方で、傘を傾けて立っていた。

「また……来てくださったのね」

「いや、たまたま。こっち通っただけ」

「ふふ、それを“運命”と呼びますのよ」

傘に入りながら、蘭子は少しずつ、今日の出来事を話した。

先生に呼ばれたこと、自分の装いが“誰かの居心地”を崩したかもしれないと気づいたこと。

晋平は黙って聞いていたが、最後にぽつりと呟いた。

「でもさ、蘭子って、そういうとこがいいんじゃない?」

「……どういう意味?」

「なんか、“みんなと同じ”じゃ、蘭子じゃない。たまにびっくりするけど……でも、楽しそうだし」

その言葉に、蘭子の心がふわりとほどけた。

(ああ、そう……わたくし、“誰かに認められるため”じゃなく、“自分で納得するため”に着ていたのよね)

夜、自室で制服を脱いだ蘭子は、襟元のスカーフを外し、ブローチを小さな箱にしまった。

その箱に、「未来の舞台衣装」と名札を貼る。

“今はまだ、舞台の袖。だけど、いつか――正面のライトがあたる日が来る”

そう信じながら、蘭子はそっと箱の蓋を閉じた。

そして制服をハンガーにかけると、鏡の前に立ち、真っ直ぐに自分の瞳を見つめた。

「明日は、“蘭子らしい制服”を着よう」

それは、個性を封じることでも、あきらめることでもない。

“みんなの中で、自分をどう生かすか”――それを考える、ほんの少し大人になった彼女の、新しい選択だった。
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