花村蘭子ものがたり 〜昭和の風、紫陽花の恋〜

naomikoryo

文字の大きさ
9 / 17

第9話「ミニスカートの衝撃」

しおりを挟む
「蘭子、スカート、ちょっと……短くないかいな?」

その朝、鏡台の前でスカートの裾を直していた蘭子に、母・伊都子の声が飛んだ。

「ええ。わたくしも、これは“攻めの丈”だと思っておりますの。でも、お母様――女は時に、攻めてこそ輝くものですのよ」

「攻めんでもええから、せめて膝下まで下ろしとき」

「でも、昭和ももう十四年。大正時代の“隠す美”から、わたくしは“見せる潔さ”へ進化しようと思いまして」

「ほんまに、どこでそんなことばっかり……」

伊都子は呆れながらも、もう止める気力はなかった。
彼女の娘は、“自分の脚”で人生を歩こうとしていた。
たとえその脚が、制服のスカートの下から少し多めに覗いていても。

中学三年生になった蘭子は、ある意味“完成された少女”だった。

肩まで伸ばした髪は艶やかに揺れ、視線の運び方ひとつで空気を変えることができる。
朗読の時間には自然と耳目が集まり、何気なく教室のドアを開けただけで「また何か始まるのでは?」と期待される。

しかし、蘭子の中には、もう一つの“空席”があった。

晋平である。

晋平は高校三年生になっていた。
旧制中学から上がった“男ばかりの学び舎”は、勉学も生活も厳しく、毎日朝早くから夜まで、目を真っ赤にして勉強していると聞いた。

たまに花村屋に顔を出すこともあるが、それも「お届け物です」とだけ言って、魚の入った風呂敷包みを置いて、すぐに帰ってしまう。

会話もない。視線もない。けれど――

「わたくしには、空気で分かりますの。晋平さまは、“わたくしのことを考えてらっしゃる”って」

「ほんま、どこからその自信来るんやろうなあ……」

と伊都子は言うが、蘭子は意に介さない。

胸の奥では、彼女だけの“通信回線”が晋平とつながっているのだ。

ただし、それは極めて一方通行だ。

その春の終わり、蘭子の通う女子校にちょっとした“革命”が起きた。

「来月の文化月間で、生徒主催の“ファッションショウ”を企画してみないか、という話が来てます」

生徒会の朝礼で、そう告げられた瞬間、蘭子の心は跳ねた。

(きた……これぞ、わたくしの本懐!)

彼女はすぐに立候補した。
運営でも演出でもない
――モデルとして。

しかも、ただのモデルではない。

「わたくし、“未来の昭和婦人”をテーマに、新しいスタイルをご披露いたします」

校内に衝撃が走った。

「“ミライの婦人”? それって、どういう……」

「蘭子さんまた何か仕掛けてるわよ」

「今度はどれくらいスカートが短いのかしら……」

教師の中でも一部は眉をひそめたが、蘭子は毅然とした態度でこう言った。

「これはわたくしの提案ですわ。“女性の自由”を、服装で表すのです。動きやすく、軽やかで、生活感がありながら、華やかで、少しだけ……“反抗的”」

「反抗的、ってアンタ……」

「お母様、これが“文化”というものですのよ」

蘭子は、押入れの中から布の束を引っ張り出し、洋裁用の鋏で布を裁ち始めた。

モデルも、衣装も、自分でやる。

誰かが用意した舞台では、もう満足できなかった。

ショウの前日。

試着した蘭子の衣装は、白の麻混のブラウスに、膝上までのプリーツスカート。
首元には淡いグレーのスカーフ。足元はレースの編み上げ靴。

完成された姿は、まるで映画の中のパリ帰りの娘のようだった。

「……あら、わたくし、まるで“お大正様”の亡霊に、新時代の息吹を吹き込まれたような……!」

鏡の前で何度もポージングを繰り返す。

「これで……晋平さまに見ていただければ……」

言ったきり、沈黙。

彼は来ない。それは分かっていた。

旧制高校の男子が、女子校の文化月間に顔を出すはずがない。

けれど、心のどこかで“もしかして”を捨てきれなかった。

当日。
講堂は多くの生徒と教師、そして近隣の婦人会の観客でにぎわっていた。

蘭子の番はトリだった。

名前が呼ばれ、舞台の袖に立つ。

照明が灯り、静寂が落ちる。

(さあ、蘭子。あなたはここまで来たのよ)

蘭子は深呼吸し、ステージに足を踏み出した。

照明の下を歩くその姿は、明らかに他の誰とも違った。

しなやかで、自信に満ち、物語を背負っている。

彼女の目は、遠く“いないはずの観客”を見ていた。

その目に向かって、蘭子は微笑んだ。

(どうか、あなたの心に届きますように)

最後のポーズを決め、微笑みをたたえて立ち尽くすと、拍手が湧いた。

けれどその拍手は、蘭子の耳には届いていなかった。

舞台袖の薄暗い影の中――

ひとり、制服姿の青年が、帽子を手に持って佇んでいたのだ。

「……来てたのね」

「……たまたま、魚の配達に来たら、なんかやってて……」

「うそおっしゃい。今日の配達、明日のはずでしたわ」

「……バレたか」

そう言って、晋平は目を伏せ、笑った。

その笑顔に、蘭子の胸がじんと締めつけられた。

「見てくださって、ありがとう。……わたくし、ずっと、見てほしかったの」

「……見てたよ」

その一言に、すべてが救われた気がした。

拍手より、賞賛より、ただその一言が
――少女の舞台を、最も美しく輝かせたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

【時代小説】 黄昏夫婦

蔵屋
歴史・時代
 江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。  そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。  秋田藩での仕事は勘定方である。  仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。 ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。   そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。  娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。  さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。    「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。  今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。  この風習は広く日本で行われている。  「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。  「たそかれ」という言葉は『万葉集』に 誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」 — 『万葉集』第10巻2240番 と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。  「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に 「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」 — 『源氏物語』「夕顔」光源氏 と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。  なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。  またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。 漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。  「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。  この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。  それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。  読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。  作家 蔵屋日唱    

【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜

上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■ おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。 母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。 今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。 そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。 母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。 とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください! ※フィクションです。 ※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。 皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです! 今後も精進してまいります!

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】

naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。 舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。 結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。 失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。 やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。 男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。 これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。 静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。 全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...