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第3話:消える彼女
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結城怜司の毎日は、静かに、しかし確かに変わっていった。
昼間は相変わらず怒涛の忙しさだった。
次々と飛び込んでくるオーダー、急なデザイン変更、追加される展示会の準備。
やるべきことは山ほどあった。
だけど──夜になると、怜司の胸には自然と灯るものがあった。
ミサに会える。
日付が変わる頃、誰もいないアトリエに彼女がふわりと現れ、優しく微笑みながらコーヒーを差し出してくれる。
その存在が、怜司にとって欠かせないものになっていた。
──まるで、夜にだけ咲く花。
触れれば消えてしまいそうな儚さを持ちながらも、確かにあたたかく、癒やしをくれる。
ミサと話すことで、怜司は心の中の重荷を下ろし、また明日への一歩を踏み出せていた。
だが、その小さな奇跡にも、やがて亀裂が入り始める。
***
その夜も、怜司はスケッチブックを広げ、ペンを走らせていた。
ふと時計を見ると、もうすぐ0時を迎える。
ソワソワと落ち着かなくなる。
ミサに見てもらいたいデザインがあったのだ。
「……もうすぐだな」
独り言のように呟いたその瞬間、ドアがカタンと開く音がした。
「こんばんは、怜司くん」
振り向くと、そこにはいつものようにミサが立っていた。
白いワンピースに、淡いブルーのカーディガン。
夜の静寂をそのまま纏ったような、幻想的な佇まい。
「来てくれて、ありがとう」
自然と、そんな言葉が口をついて出た。
ミサは、少し照れたように笑った。
「私も……怜司くんに会いたかったから」
その言葉に、胸が温かく満たされた。
***
「これ、見てほしいんだ」
怜司は、自信作の新しいドレスデザインをミサに見せた。
流れるようなラインと、繊細なレース使い。
花嫁の笑顔を一番引き立てることを願って、何度も何度も描き直した一枚。
ミサは、じっとスケッチを見つめたあと、ふわりと微笑んだ。
「とっても素敵」
「……本当か?」
「あたりまえです。
怜司くんのドレスは、誰かの幸せを願っている。
だから、こんなにもあたたかいんです」
怜司は、思わず目をそらした。
そんなふうにまっすぐに褒められることに、慣れていなかった。
でも同時に、心の奥にじんわりと広がる嬉しさを、否定することもできなかった。
***
それから、ふたりはいつものように他愛ない話をした。
怜司が子どもの頃に憧れたヒーローの話。
ミサが好きな花の話。
最新のスイーツトレンドの話題まで、何でもない会話がどこまでも続いた。
そんな時間が、怜司はたまらなく愛しかった。
しかし、ふと気づくと──
ミサの顔色が、少しだけ青ざめていることに気づいた。
「……大丈夫か?」
心配そうに尋ねると、ミサは無理に笑って見せた。
「うん、大丈夫……」
でも、その声は少しだけ震えていた。
***
夜が更け、空がわずかに白み始めたころ。
ミサはふと、窓の外を見つめた。
「そろそろ……」
寂しげに呟き、立ち上がる。
怜司はとっさに彼女の手を取ろうとした。
だが、指先に触れる前に──
スッ── と、
まるで霧が晴れるように、ミサの姿がふっと薄くなった。
「ミサ……!?」
怜司は驚き、叫びそうになった。
目の前に確かにいたはずの彼女が、
まるで幻のように、淡く溶けかけている。
ミサは、かろうじて微笑みながら言った。
「ごめんね、怜司くん。……朝になる前に、私はいなくならなきゃいけないの」
「な、何だよ、それ……!」
怜司は混乱し、必死で彼女に手を伸ばす。
でも、掴めない。
触れられない。
ミサの輪郭はどんどん淡くなり──
そして、完全に、消えた。
部屋には、怜司だけが取り残されていた。
***
静まり返ったドレスルーム。
窓の外には、すでに朝焼けが滲み始めていた。
怜司は呆然と立ち尽くしていた。
心臓が、ぐちゃぐちゃに締めつけられていた。
(……今の、なんだったんだ)
夢だったのか?
幻だったのか?
でも、コーヒーの香りはまだかすかに部屋に漂っている。
あの温もりも、あの笑顔も、
全部、嘘だったとは思えない。
ただ──ひとつだけ確かなことがあった。
ミサは、消えた。
夜が明けるたびに。
太陽が昇るその瞬間に。
彼女は、この世界からいなくなってしまうのだ。
怜司は、拳をぎゅっと握りしめた。
この胸に、ひとつだけ誓った。
もう一度、必ず、彼女に会う。
そして、この手で、彼女をしっかり抱きしめる。
──絶対に。
昼間は相変わらず怒涛の忙しさだった。
次々と飛び込んでくるオーダー、急なデザイン変更、追加される展示会の準備。
やるべきことは山ほどあった。
だけど──夜になると、怜司の胸には自然と灯るものがあった。
ミサに会える。
日付が変わる頃、誰もいないアトリエに彼女がふわりと現れ、優しく微笑みながらコーヒーを差し出してくれる。
その存在が、怜司にとって欠かせないものになっていた。
──まるで、夜にだけ咲く花。
触れれば消えてしまいそうな儚さを持ちながらも、確かにあたたかく、癒やしをくれる。
ミサと話すことで、怜司は心の中の重荷を下ろし、また明日への一歩を踏み出せていた。
だが、その小さな奇跡にも、やがて亀裂が入り始める。
***
その夜も、怜司はスケッチブックを広げ、ペンを走らせていた。
ふと時計を見ると、もうすぐ0時を迎える。
ソワソワと落ち着かなくなる。
ミサに見てもらいたいデザインがあったのだ。
「……もうすぐだな」
独り言のように呟いたその瞬間、ドアがカタンと開く音がした。
「こんばんは、怜司くん」
振り向くと、そこにはいつものようにミサが立っていた。
白いワンピースに、淡いブルーのカーディガン。
夜の静寂をそのまま纏ったような、幻想的な佇まい。
「来てくれて、ありがとう」
自然と、そんな言葉が口をついて出た。
ミサは、少し照れたように笑った。
「私も……怜司くんに会いたかったから」
その言葉に、胸が温かく満たされた。
***
「これ、見てほしいんだ」
怜司は、自信作の新しいドレスデザインをミサに見せた。
流れるようなラインと、繊細なレース使い。
花嫁の笑顔を一番引き立てることを願って、何度も何度も描き直した一枚。
ミサは、じっとスケッチを見つめたあと、ふわりと微笑んだ。
「とっても素敵」
「……本当か?」
「あたりまえです。
怜司くんのドレスは、誰かの幸せを願っている。
だから、こんなにもあたたかいんです」
怜司は、思わず目をそらした。
そんなふうにまっすぐに褒められることに、慣れていなかった。
でも同時に、心の奥にじんわりと広がる嬉しさを、否定することもできなかった。
***
それから、ふたりはいつものように他愛ない話をした。
怜司が子どもの頃に憧れたヒーローの話。
ミサが好きな花の話。
最新のスイーツトレンドの話題まで、何でもない会話がどこまでも続いた。
そんな時間が、怜司はたまらなく愛しかった。
しかし、ふと気づくと──
ミサの顔色が、少しだけ青ざめていることに気づいた。
「……大丈夫か?」
心配そうに尋ねると、ミサは無理に笑って見せた。
「うん、大丈夫……」
でも、その声は少しだけ震えていた。
***
夜が更け、空がわずかに白み始めたころ。
ミサはふと、窓の外を見つめた。
「そろそろ……」
寂しげに呟き、立ち上がる。
怜司はとっさに彼女の手を取ろうとした。
だが、指先に触れる前に──
スッ── と、
まるで霧が晴れるように、ミサの姿がふっと薄くなった。
「ミサ……!?」
怜司は驚き、叫びそうになった。
目の前に確かにいたはずの彼女が、
まるで幻のように、淡く溶けかけている。
ミサは、かろうじて微笑みながら言った。
「ごめんね、怜司くん。……朝になる前に、私はいなくならなきゃいけないの」
「な、何だよ、それ……!」
怜司は混乱し、必死で彼女に手を伸ばす。
でも、掴めない。
触れられない。
ミサの輪郭はどんどん淡くなり──
そして、完全に、消えた。
部屋には、怜司だけが取り残されていた。
***
静まり返ったドレスルーム。
窓の外には、すでに朝焼けが滲み始めていた。
怜司は呆然と立ち尽くしていた。
心臓が、ぐちゃぐちゃに締めつけられていた。
(……今の、なんだったんだ)
夢だったのか?
幻だったのか?
でも、コーヒーの香りはまだかすかに部屋に漂っている。
あの温もりも、あの笑顔も、
全部、嘘だったとは思えない。
ただ──ひとつだけ確かなことがあった。
ミサは、消えた。
夜が明けるたびに。
太陽が昇るその瞬間に。
彼女は、この世界からいなくなってしまうのだ。
怜司は、拳をぎゅっと握りしめた。
この胸に、ひとつだけ誓った。
もう一度、必ず、彼女に会う。
そして、この手で、彼女をしっかり抱きしめる。
──絶対に。
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