真夜中の出会い

naomikoryo

文字の大きさ
4 / 10

第4話:マネキンたちの秘密

しおりを挟む
あれから、怜司の中には消えない疑問が渦巻いていた。

 ミサは何者なのか。
 なぜ夜にだけ現れ、なぜ朝が来ると消えてしまうのか。

 ──夢だった、と片づけるには、彼女との時間はあまりにも鮮明すぎた。

 怜司は、デザインルームのマネキンたちを眺めながら考えていた。

 作業台の周囲に並ぶ数体のマネキンたち。
 それぞれに異なるサイズのウエディングドレスが仮縫いされ、淡い光を受けて静かに佇んでいる。

 特に、部屋の一角に置かれたひときわ美しいマネキン──

 それが、妙にミサに似ている気がして、怜司は目を離せなかった。

 すらりと伸びた首筋。
 繊細な指先を模した手。
 柔らかい曲線を描く腰のライン。

 そして──どこか、微笑んでいるようにも見える、穏やかな表情。

「……まさか、な」

 怜司は首を振った。

 マネキンと人間が同じなわけがない。
 そんなこと、理屈で考えればすぐわかる。

 けれど、心のどこかで、ざわめきが止まらなかった。

 まるで、目の前のマネキンが、何かを訴えかけてくるような気がした。

 ──思い出して。

 そんな声が、耳の奥にかすかに響いた気さえした。

 ***

 その夜も、怜司は待った。

 12時が過ぎるまで、ただじっと、ミサを待った。

 やがて──
 カタン、とドアが開く。

 そこに、いつものように、ミサが立っていた。

 怜司はほっと胸を撫で下ろした。

 「ミサ……」

 思わず駆け寄りそうになるのを、必死で堪えた。

 触れようとすれば、また彼女は消えてしまう気がしたから。

「こんばんは、怜司くん」

 ミサは、変わらない微笑みを向けてくれた。

 その笑顔に、怜司は心が溶けそうになった。

 でも、今夜は訊かなければならない。

 彼女が消える理由を。
 彼女が何者なのかを。

 そうしなければ、きっとまた、何もわからないまま、彼女を失ってしまう。

 ***

「なあ、ミサ」

 怜司は、静かに切り出した。

「お前……本当に人間か?」

 ミサは、一瞬だけ驚いたような顔をした。

 けれど、すぐに、微笑んだ。

 その笑顔が、あまりにも切なくて、胸が痛んだ。

「……怜司くんは、すごいですね」

 「え?」

 「本当は、もう気づいていたんでしょう?」

 ミサは、そっとドレスルームのマネキンたちに目を向けた。

 「私たちは……」

 彼女は、静かに言った。

 「ドレスルームのマネキンなんです」

 怜司は、言葉を失った。

 やっぱり──

 でも、それがどういう意味なのか、すぐには理解できなかった。

 ***

「マネキンには、時々、奇跡が起きるんです」

 ミサは、淡々と語った。

 「特別な願いを込められたドレスに囲まれて、
 人々の『幸せになりたい』っていう強い想いに触れると、
 マネキンに、心が宿ることがあるんです」

 それは、まるで絵本のような話だった。

 けれど、ミサの言葉は嘘ではなかった。

 怜司は直感でそう感じた。

「私は、怜司くんが作ったドレスの『願い』に呼び起こされた存在なんです」

 ミサは、優しく微笑んだ。

 「怜司くんのドレスは、誰かの幸せを、心から願って作られていた。
 だから、私みたいな存在が、生まれることができたんです」

 怜司は、息を呑んだ。

 自分が、誰かを幸せにしたいと願って作ったドレス。
 その想いが、ミサをこの世界に呼び寄せた──?

 そんな奇跡を、信じていいのか。

 でも、ミサの存在そのものが、すでに奇跡だった。

 ***

「でもね……」

 ミサは、少しだけ俯いた。

 「朝になると、私はこの世界にいられなくなるの」

 「なぜ……?」

 「マネキンは、夜の間しか動けないから。
 夜が明けたら、またただの無機質な存在に戻らなきゃいけない」

 ミサの声は、かすかに震えていた。

 「だから、怜司くん。
 私に、もう少しだけ……あなたと一緒にいる時間をください」

 その願いは、あまりにも切なくて、
 怜司は何も言えず、ただ頷いた。

 ***

 その夜、怜司はスケッチブックを広げ、ミサと一緒にデザインを考えた。

 どんなドレスが一番、花嫁を幸せにできるか。

 どんな素材が、どんなシルエットが、最高の一日を彩るのか。

 ミサは、ドレスの細部について驚くほど詳しかった。

 レースの縫い方、シルクの落ち感、ビジューの配置──

 彼女のアドバイスは、怜司に新しい視点を与えてくれた。

 気づけば夜明けまで、ふたりで夢中になっていた。

 そして、夜明け前。

 ミサはまた、ふわりと微笑み、
 「ありがとう」と囁いて、消えた。

 怜司は、静かにスケッチブックを閉じた。

 この奇跡のような夜を、絶対に忘れない。

 ──彼女の存在が、たとえどんな形であっても。

 怜司は、そう強く心に刻んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

処理中です...