真夜中の出会い

naomikoryo

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第6話:触れられない距離

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夜は、また静かに訪れた。

 ビルの窓から見える街の灯りは、ぼんやりと滲んでいる。
 昼間の喧騒を忘れたかのように、アトリエはしんと静まり返っていた。

 結城怜司は、作業机に向かっていた。

 手元のスケッチには、新作のドレスデザインが描かれている。
 柔らかく波打つシルエット、細やかなレース細工、肩から流れるようなベールのライン。

 それは、どこか──

 ──ミサに似ていた。

 無意識のうちに、怜司は彼女をモデルにしていた。

 優しく、儚く、それでいて確かな存在感を持つ女性。
 そんなイメージを、彼は紙の上に必死で描き出していた。

 気づけば、時計の針は夜中の0時を回っていた。

 そして。

 カタン、とドアの開く小さな音。

 怜司は顔を上げた。

 そこに、いつものように、ミサが立っていた。

 白いワンピース、淡いブルーのカーディガン。
 黒髪が夜の静寂に溶け込むように揺れている。

「こんばんは、怜司くん」

 彼女は、優しく微笑んだ。

 怜司は、胸が高鳴るのを抑えきれなかった。

 会いたかった。

 ただ、それだけだった。

 ***

 コーヒーを手に並んで座りながら、ふたりはいつものように話した。

 たわいもない話。

 怜司の学生時代の失敗談。
 ミサの好きな季節の話。

 ふとした瞬間、怜司はミサの横顔をじっと見つめてしまった。

 繊細なまつ毛。
 ほのかに桜色を帯びた頬。
 小さく揺れるカーディガンの裾。

 すべてが、愛おしかった。

 触れたくてたまらなかった。

 指先で、確かめたかった。

 本当に、ここにいるのだと。

 けれど──

 怜司は、手を伸ばすことができなかった。

 いや、伸ばさなかった。

 それは、壊してしまいそうだったからだ。

 彼女の存在そのものが、まるで儚いシャボン玉のように感じられた。

 強く触れれば、
 たったそれだけで、消えてしまいそうで。

 怖かった。

 ***

 「怜司くん?」

 ミサが、不思議そうに首をかしげた。

「どうかした?」

 怜司は、慌てて視線をそらした。

「いや……何でもない」

 本当は、何でもなくなんかない。

 胸の中は、ミサへの想いでいっぱいだった。

 言葉にしたくてたまらなかった。

 ──好きだ、と。

 でも、怖かった。

 もし伝えてしまったら、
 彼女は二度とここに現れないんじゃないか。

 そんな不安が、怜司を縛りつけていた。

 「……ミサ」

 震える声で、彼は呼んだ。

 ミサは、にこりと微笑んだ。

「なあ、もし──」

 怜司は、言葉を選んだ。

「もし、……お前が、本当にここにいなかったら、俺、どうすればいい?」

 ミサは、一瞬だけ表情を曇らせた。

 そして、そっと囁いた。

「大丈夫。私は、ちゃんとここにいるよ」

 その言葉は、まるで祈りのようだった。

 ***

 深夜三時。

 窓の外が、ほんのりと白み始めた。

 夜が、終わろうとしている。

 ミサは、ふと立ち上がった。

「そろそろ……行かなきゃ」

 怜司は、思わず立ち上がり、彼女の手を取ろうとした。

 けれど──

 ミサは、そっと一歩後ずさった。

 悲しげに笑いながら、かすかに首を振った。

 「ダメ」


 その一言が、心を突き刺した。

 触れてはいけない。

 触れたら、きっと、壊れてしまう。

 この奇跡のような時間が、終わってしまう。

 怜司は、手を伸ばすのをやめた。

 そのかわり、強く心に誓った。

 ──絶対に、ミサを失わない。

 どんな方法を使ってでも。

 朝陽が差し込み、ミサの姿が徐々に淡くなっていく。

 怜司は、ただ黙って、彼女の微笑みを胸に刻んだ。

 そして、彼女が完全に消えるその瞬間まで、目を逸らさなかった。

 ***

 朝。

 誰もいないアトリエ。

 マネキンたちが、静かに並んでいる。

 その中に──ミサにそっくりなマネキンが一体、立っていた。

 白い仮縫いドレスを纏い、優しく微笑んでいるかのような表情。

 怜司は、マネキンの前に立ち、静かに呟いた。

 「また、会おうな」

 答えはない。

 ただ、朝陽が静かにドレスを照らしていた。
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