真夜中の出会い

naomikoryo

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第7話:真実の夜

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夜のアトリエは、これまでと違う雰囲気をまとっていた。

 今にも雨が降り出しそうな重たい空気。
 ビルの上層階にあるこのフロアは、ガラス窓越しに見える暗い空をまるで鏡のように映している。

 結城怜司は、いつもの作業机に座っていた。

 机の上には、未完成のドレスのスケッチ。

 その隣には──

 純白のドレスをまとったマネキンが、静かに立っている。

 まるで、そこにミサがいるかのように。

 ***

 今夜は、特別な夜だと怜司は感じていた。

 なぜだかわからない。

 でも、胸の奥がざわついていた。

 ミサに、どうしても伝えなければならない言葉があった。

 (今夜こそ──)

 覚悟を決めたように、怜司は深く息を吸った。

 時計を見る。

 ──0時ちょうど。

 カタン、とドアの開く音がした。

 振り返ると、そこに彼女がいた。

 変わらず、白いワンピース。
 淡いブルーのカーディガン。
 黒髪をそっと揺らしながら、優しく微笑んでいる。

 「こんばんは、怜司くん」

 その声に、怜司の胸は痛いほど締めつけられた。

 会えたことが嬉しくて、でも怖くてたまらなかった。

 今日こそ、何かが変わる──そんな予感がしていた。

 ***

 ふたりは、いつものように並んで座った。

 けれど、今夜は何かが違っていた。

 話す言葉も、笑い声も、どこかぎこちない。

 お互いに、心の奥底で、今日という夜が特別だと感じていた。

 怜司は、震える手でカップを持った。

 心臓が、うるさいほど高鳴っている。

 でも、伝えなければいけない。

 このまま何も言えなかったら、絶対に後悔する。

 ミサを失ってからでは、もう遅い。

 怜司は、カップをそっと置き、ミサの方を向いた。

 彼女は、まっすぐに怜司を見つめ返していた。

 大きな黒い瞳。
 夜空よりも深い、静かな光を湛えたその目。

 (今だ)

 怜司は、心の中でそう叫び、口を開いた。

 「──ミサ」

 「……なあに?」

 ミサの声は、いつもと変わらず優しかった。

 けれど、怜司の声は震えていた。

 「……俺、」

 ごくりと唾を飲み込む。

 言葉が、喉に引っかかる。

 怖かった。
 怖くてたまらなかった。

 でも、伝えなきゃいけなかった。

 「俺……お前が好きだ」

 静まり返ったアトリエに、その言葉だけがぽつりと落ちた。

 ミサは、驚いたように目を見開いた。

 怜司は、逃げるように続けた。

 「好きだ、ミサ。
 ただ隣にいるだけで、こんなに心があったかくなるなんて、知らなかった。
 お前がいなくなるなんて、考えたくない。
 だから……お願いだ、いなくならないでくれ」

 必死だった。

 理屈も、常識も、現実も、すべて投げ捨てていた。

 ただ、彼女を失いたくない一心だった。

 ***

 ミサは、しばらく黙っていた。

 長い沈黙。

 怜司は、耐えきれずに彼女を見つめた。

 ──ミサは、泣いていた。

 大粒の涙が、頬を伝ってこぼれていた。

 それでも、笑っていた。

 「ありがとう、怜司くん」

 その声は、かすれていた。

 「私も……本当は、怜司くんに出会えて、すごく、すごく嬉しかった」

 「なら、どうして──!」

 怜司は、叫びそうになった。

 「なら、どうして離れようとするんだよ!?」

 ミサは、静かに首を振った。

 「私の時間は、もうすぐ終わるから」

 「そんなの、嫌だ!」

 「怜司くん」

 ミサは、そっと手を伸ばした。

 そして──

 怜司の頬に、そっと触れた。

 奇跡だった。

 これまで、触れることすらできなかった彼女が、今、確かに触れている。

 彼女の手は、かすかに温かかった。

 「ありがとう」

 ミサは、微笑んだ。

 「あなたに出会えて、私は生まれてよかったって思えた」

 怜司は、必死に彼女の手を握ろうとした。

 けれど──

 ミサの輪郭は、徐々に薄れていった。

 「待ってくれ……!」

 「だいじょうぶ。怜司くんは、これからもたくさんの人を幸せにする」

 「俺は──お前を幸せにしたいんだ!」

 涙が止まらなかった。

 ミサの姿が、儚く、儚く、消えていく。

 最後に、彼女はこう囁いた。

 「──ずっと、あなたを、見守ってるから」

 そして、彼女は静かに、夜の闇に溶けた。

 怜司は、そこに一人取り残された。

 握りしめたはずの手には、何も残っていなかった。

 ただ、心の中には確かに残っていた。

 ──ミサの、温もりだけが。

 ***

 朝。

 怜司は、マネキンの前に立っていた。

 そこには、白いドレスを纏ったミサに似たマネキン。

 まるで、彼女がそこにいるかのように、静かに微笑んでいた。

 怜司は、そっと呟いた。

 「ありがとう、ミサ」

 そして、目を閉じた。

 心の中で、彼女に誓った。

 ──これからも、誰かの幸せのために、ドレスを作り続ける。

 君が教えてくれた想いを、絶対に忘れない。
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