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第9話:消えゆく時
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展示会前夜。
アトリエは異様な静けさに包まれていた。
結城怜司は、一人で新作ドレスの最終チェックをしていた。
真っ白なサテン地に繊細なレース、裾には無数のビジューが光を受けてさざめく。
数ヶ月前、怜司が自分を取り戻すためにミサと一緒に考えた──最高傑作だった。
鏡に映るドレスは、どこまでも美しかった。
しかし、それ以上に怜司にとって意味を持っていたのは、
このドレスに込めた想いだった。
──ミサと出会った奇跡。
──彼女が教えてくれた「誰かの幸せを願う心」。
それを、怜司はすべてこのドレスに託していた。
(明日……必ず成功させる)
怜司は拳を握った。
ミサに、胸を張って報告できるように。
──でも、どこかで感じていた。
今日が、彼女に会える最後の夜になるかもしれないことを。
***
夜が更ける。
0時を迎え、ドアがカタンと開いた。
怜司は、振り返らなくてもわかった。
「……ミサ」
彼女は、そこにいた。
いつものように白いワンピースをまとい、微笑んでいる。
けれど、その姿は、かすかに透明になりかけていた。
「こんばんは、怜司くん」
ミサは、いつもと変わらない優しい声で挨拶した。
怜司は、ゆっくりと近づいた。
今夜だけは、触れたいと思った。
消えてしまうその前に、
たった一度でいいから、確かめたかった。
怜司は、そっと手を伸ばした。
ミサも、怜司の手に手を重ねた。
奇跡だった。
彼女の手は、かすかに温かかった。
「……怜司くん」
ミサが、静かに口を開いた。
「明日、あなたは大きな舞台に立つ。
あなたが作ったドレスが、誰かの幸せを運ぶ」
怜司は、ただ黙って聞いていた。
「それが、私の最後の願いだった」
ミサは、微笑みながら言った。
「あなたが、自分を信じて、前に進むこと」
怜司は、ぐっと唇を噛んだ。
「でも、俺は……」
声が震えた。
「俺は、お前とずっと一緒にいたかった」
ミサは、静かに首を振った。
「怜司くんが、幸せを届ける人になれるなら──
私は、それだけで幸せだから」
その言葉に、怜司の胸は張り裂けそうだった。
どうして、こんなにも優しいんだ。
どうして、こんなにも切ないんだ。
ミサは、怜司の頬にそっと触れた。
「ありがとう」
「ミサ……!」
怜司は、必死で彼女の手を握った。
でも、ミサの輪郭は、さらに淡くなっていく。
光の粒になりながら、少しずつ、少しずつ。
「怜司くん」
ミサの声が、かすかに震えた。
「あなたが誰かを幸せにするたびに、私はきっと……笑っているから」
最後に、ミサは柔らかく微笑んだ。
それは、春の光みたいに優しい笑顔だった。
そして──
彼女は、静かに、完全に消えた。
***
朝が来た。
怜司は、アトリエの中央に立っていた。
そこには、ミサのマネキンが立っていた。
変わらない無表情のまま、ただ静かに。
けれど、怜司にはわかっていた。
このマネキンの奥深くに、ミサの想いが宿っていることを。
怜司は、そっとマネキンに手を添えた。
「ありがとう」
小さな声で、そう囁いた。
***
展示会の日。
怜司のドレスは、圧倒的な評価を受けた。
観客席からはため息が漏れ、審査員たちは拍手を惜しまなかった。
モデルがドレスを纏い、ランウェイを歩くたびに、
会場中に幸福感が満ちていった。
怜司は、それを舞台袖から見つめながら、静かに目を閉じた。
──ミサ、見てるか?
──お前が教えてくれたんだ。
──このドレスに込めた想いは、ちゃんと届いたよ。
心の中で、何度も、何度も呼びかけた。
そして、ふと。
客席の一角──
誰もいないはずの暗がりの中に、
白いワンピースを着た少女が立っているのを見た気がした。
優しく、微笑んでいた。
怜司は、何も言わずに、そっと頭を下げた。
──ありがとう、ミサ。
そして、怜司は、まっすぐ顔を上げた。
これから、たくさんの人を幸せにするために。
ミサの願いを、
ずっと胸に抱きながら。
アトリエは異様な静けさに包まれていた。
結城怜司は、一人で新作ドレスの最終チェックをしていた。
真っ白なサテン地に繊細なレース、裾には無数のビジューが光を受けてさざめく。
数ヶ月前、怜司が自分を取り戻すためにミサと一緒に考えた──最高傑作だった。
鏡に映るドレスは、どこまでも美しかった。
しかし、それ以上に怜司にとって意味を持っていたのは、
このドレスに込めた想いだった。
──ミサと出会った奇跡。
──彼女が教えてくれた「誰かの幸せを願う心」。
それを、怜司はすべてこのドレスに託していた。
(明日……必ず成功させる)
怜司は拳を握った。
ミサに、胸を張って報告できるように。
──でも、どこかで感じていた。
今日が、彼女に会える最後の夜になるかもしれないことを。
***
夜が更ける。
0時を迎え、ドアがカタンと開いた。
怜司は、振り返らなくてもわかった。
「……ミサ」
彼女は、そこにいた。
いつものように白いワンピースをまとい、微笑んでいる。
けれど、その姿は、かすかに透明になりかけていた。
「こんばんは、怜司くん」
ミサは、いつもと変わらない優しい声で挨拶した。
怜司は、ゆっくりと近づいた。
今夜だけは、触れたいと思った。
消えてしまうその前に、
たった一度でいいから、確かめたかった。
怜司は、そっと手を伸ばした。
ミサも、怜司の手に手を重ねた。
奇跡だった。
彼女の手は、かすかに温かかった。
「……怜司くん」
ミサが、静かに口を開いた。
「明日、あなたは大きな舞台に立つ。
あなたが作ったドレスが、誰かの幸せを運ぶ」
怜司は、ただ黙って聞いていた。
「それが、私の最後の願いだった」
ミサは、微笑みながら言った。
「あなたが、自分を信じて、前に進むこと」
怜司は、ぐっと唇を噛んだ。
「でも、俺は……」
声が震えた。
「俺は、お前とずっと一緒にいたかった」
ミサは、静かに首を振った。
「怜司くんが、幸せを届ける人になれるなら──
私は、それだけで幸せだから」
その言葉に、怜司の胸は張り裂けそうだった。
どうして、こんなにも優しいんだ。
どうして、こんなにも切ないんだ。
ミサは、怜司の頬にそっと触れた。
「ありがとう」
「ミサ……!」
怜司は、必死で彼女の手を握った。
でも、ミサの輪郭は、さらに淡くなっていく。
光の粒になりながら、少しずつ、少しずつ。
「怜司くん」
ミサの声が、かすかに震えた。
「あなたが誰かを幸せにするたびに、私はきっと……笑っているから」
最後に、ミサは柔らかく微笑んだ。
それは、春の光みたいに優しい笑顔だった。
そして──
彼女は、静かに、完全に消えた。
***
朝が来た。
怜司は、アトリエの中央に立っていた。
そこには、ミサのマネキンが立っていた。
変わらない無表情のまま、ただ静かに。
けれど、怜司にはわかっていた。
このマネキンの奥深くに、ミサの想いが宿っていることを。
怜司は、そっとマネキンに手を添えた。
「ありがとう」
小さな声で、そう囁いた。
***
展示会の日。
怜司のドレスは、圧倒的な評価を受けた。
観客席からはため息が漏れ、審査員たちは拍手を惜しまなかった。
モデルがドレスを纏い、ランウェイを歩くたびに、
会場中に幸福感が満ちていった。
怜司は、それを舞台袖から見つめながら、静かに目を閉じた。
──ミサ、見てるか?
──お前が教えてくれたんだ。
──このドレスに込めた想いは、ちゃんと届いたよ。
心の中で、何度も、何度も呼びかけた。
そして、ふと。
客席の一角──
誰もいないはずの暗がりの中に、
白いワンピースを着た少女が立っているのを見た気がした。
優しく、微笑んでいた。
怜司は、何も言わずに、そっと頭を下げた。
──ありがとう、ミサ。
そして、怜司は、まっすぐ顔を上げた。
これから、たくさんの人を幸せにするために。
ミサの願いを、
ずっと胸に抱きながら。
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