怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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13)夜道の乗客(栃木県)

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私は取材で栃木県の山間部を訪れた帰りだった。
 最終の電車を逃し、辺りはすっかり静まり返っていた。

 駅前のタクシー乗り場には、一台の古びたタクシーが停まっていた。

「乗せてもらえますか?」

 運転手は、六十代くらいの男だった。
 無口な人かと思ったが、車を走らせると、ぽつりぽつりと話し始めた。

「この辺りは夜になると不思議なことが起きるんですよ」

 私は、興味を引かれた。

「……例えば?」

 運転手はバックミラー越しに私を見た。

 そして、低い声でこう言った。

「タクシーに乗るはずのない客を、拾ってしまうことがあるんです」

 このあたりでは、夜中にタクシーを呼ぶと、**「乗せてはいけない客」**が現れることがあるという。

 「何か共通点はあるんですか?」

 運転手はゆっくりとうなずいた。

「ええ。決まって、一人で立っている女です」

 「女?」

「はい。決して派手ではなく、地味な服装。だけど、異様に白い顔をしている。
 そんな女が、深夜に手を上げてタクシーを止めるんですよ」

 「……それで?」

「普通に後部座席に乗ってくるんです。でもね——」

 運転手は、バックミラーをちらりと見た。

「目的地を言わないんですよ」

 私は喉を鳴らした。

「乗ったのに?」

「ええ。ただ座ってるだけ。で、しばらく走ってると——いなくなってるんです」

 「いなくなる?」

「振り返ると、誰もいないんです」

 背筋がぞわりとした。

「そんなこと、実際にあったんですか?」

 運転手は、苦笑した。

「信じられませんよね。でも、実際に体験したんです」

***********************************

 それは、数年前のことだった。

 その日、運転手は夜の山道を走っていた。

 すると、道路脇に一人の女が立っていた。

「薄暗い街灯の下でね、ぼんやりとこっちを見てたんです。最初は、終電を逃した人かと思いました」

 女は、静かに手を上げた。

「だから、タクシーを停めたんですよ」

 後部座席のドアが、ギィと音を立てて開いた。

 運転手は、バックミラー越しに彼女を見た。

「だけど……おかしいんです。普通なら、すぐに『〇〇までお願いします』とか言うでしょう?」

 私は息を呑んだ。

「その女は、何も言わなかったんです」

 運転手は仕方なく、「どちらまで?」と尋ねた。

 しかし、女は答えなかった。

 ただ、微かに笑ったように見えた。

「とりあえず走らせました。でもね、バックミラーを見るたびに、違和感が募るんです」

 「違和感?」

「ええ。その女の顔が、少しずつ白くなっていくんです。」

 私はゾッとした。

 運転手は、少し声を潜めた。

「最初は気のせいかと思いました。でも、明らかに顔色が変わっている。
 最初は普通の人間の肌色だったのに、次第に……白い、というか、青白くなっていくんです」

 私は背筋を伸ばした。

「それで?」

「しばらく走った後、とうとう耐えられなくなって、私は後ろを振り向いたんです」

 そして——

「そこには、白い顔の女が、じっとこちらを見ていました。」

 私は全身の毛が逆立つのを感じた。

「……それで?」

「振り向いた瞬間、その女はスッと消えました」

 「……消えた?」

「はい。後部座席は、もぬけの殻。ドアも窓も開いていないのに、ですよ?」

 運転手は、ハンドルを握りながら続けた。

「私は、あまりのことに、車を停めました。そして、シートを触ったんです」

 「……何かあったんですか?」

「ええ。シートが、まだ冷たかったんです。」

 私は、息を呑んだ。

 それは、単なる夢や錯覚ではない。

 本当に、そこに“何か”がいたのだ。

「それ以来、夜の乗客が怖くなりましたよ」

 運転手は、笑いながら言った。

 だが、その表情はどこか硬い。

「……それ以来、その女を見ていないんですか?」

「いえ。今でも、たまに現れます。」

 私は、ぞっとした。

「本当に?」

「ええ。実際、この話をしている間に……」

 運転手は、ちらりとバックミラーを見た。

 そして、私にも見るように言った。

 私は、恐る恐るバックミラーを覗き込んだ。

 すると——

 後部座席に、ぼんやりと“白いもの”が映っていた。

 私は悲鳴を上げそうになった。

「運転手さん!止めてください!」

 運転手は、静かに頷き、車を止めた。

 私は急いでドアを開け、外に飛び出した。

 だが——

 もう一度、タクシーを見たとき、私は全身が凍りついた。

 後部座席には、誰も乗っていなかった。

 私は、運転手を見た。

 運転手は、静かに微笑んでいた。

「怖がらせてしまいましたね」

 私は、何も言えずに立ち尽くした。

 タクシーは、ゆっくりと走り出した。

「いや、こんな所で降ろされても…」

 料金も払っていないのに、何故かタクシーは止まらずに走っていく。

 そして、そのテールランプが消えた瞬間——

 私は気づいてしまった。

 あのタクシーには、最初から運転手すら乗っていなかったのではないか、と。

 いや、タクシー自体も存在していたのか?

***********************************

 それ以来、私は栃木で夜中にタクシーに乗ることを避けている。

 なぜなら、今でも夜の山道では、**「乗せてはいけない客」**を拾うタクシーが走っているという。

 もし、夜道でタクシーを拾ったとき——

 バックミラーを決して見てはいけない。

 なぜなら、その時、あなたのすぐ後ろに——

 白い顔の女が、微笑んでいるかもしれないから。
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