怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

文字の大きさ
13 / 147

13)夜道の乗客(栃木県)

私は取材で栃木県の山間部を訪れた帰りだった。
 最終の電車を逃し、辺りはすっかり静まり返っていた。

 駅前のタクシー乗り場には、一台の古びたタクシーが停まっていた。

「乗せてもらえますか?」

 運転手は、六十代くらいの男だった。
 無口な人かと思ったが、車を走らせると、ぽつりぽつりと話し始めた。

「この辺りは夜になると不思議なことが起きるんですよ」

 私は、興味を引かれた。

「……例えば?」

 運転手はバックミラー越しに私を見た。

 そして、低い声でこう言った。

「タクシーに乗るはずのない客を、拾ってしまうことがあるんです」

 このあたりでは、夜中にタクシーを呼ぶと、**「乗せてはいけない客」**が現れることがあるという。

 「何か共通点はあるんですか?」

 運転手はゆっくりとうなずいた。

「ええ。決まって、一人で立っている女です」

 「女?」

「はい。決して派手ではなく、地味な服装。だけど、異様に白い顔をしている。
 そんな女が、深夜に手を上げてタクシーを止めるんですよ」

 「……それで?」

「普通に後部座席に乗ってくるんです。でもね——」

 運転手は、バックミラーをちらりと見た。

「目的地を言わないんですよ」

 私は喉を鳴らした。

「乗ったのに?」

「ええ。ただ座ってるだけ。で、しばらく走ってると——いなくなってるんです」

 「いなくなる?」

「振り返ると、誰もいないんです」

 背筋がぞわりとした。

「そんなこと、実際にあったんですか?」

 運転手は、苦笑した。

「信じられませんよね。でも、実際に体験したんです」

***********************************

 それは、数年前のことだった。

 その日、運転手は夜の山道を走っていた。

 すると、道路脇に一人の女が立っていた。

「薄暗い街灯の下でね、ぼんやりとこっちを見てたんです。最初は、終電を逃した人かと思いました」

 女は、静かに手を上げた。

「だから、タクシーを停めたんですよ」

 後部座席のドアが、ギィと音を立てて開いた。

 運転手は、バックミラー越しに彼女を見た。

「だけど……おかしいんです。普通なら、すぐに『〇〇までお願いします』とか言うでしょう?」

 私は息を呑んだ。

「その女は、何も言わなかったんです」

 運転手は仕方なく、「どちらまで?」と尋ねた。

 しかし、女は答えなかった。

 ただ、微かに笑ったように見えた。

「とりあえず走らせました。でもね、バックミラーを見るたびに、違和感が募るんです」

 「違和感?」

「ええ。その女の顔が、少しずつ白くなっていくんです。」

 私はゾッとした。

 運転手は、少し声を潜めた。

「最初は気のせいかと思いました。でも、明らかに顔色が変わっている。
 最初は普通の人間の肌色だったのに、次第に……白い、というか、青白くなっていくんです」

 私は背筋を伸ばした。

「それで?」

「しばらく走った後、とうとう耐えられなくなって、私は後ろを振り向いたんです」

 そして——

「そこには、白い顔の女が、じっとこちらを見ていました。」

 私は全身の毛が逆立つのを感じた。

「……それで?」

「振り向いた瞬間、その女はスッと消えました」

 「……消えた?」

「はい。後部座席は、もぬけの殻。ドアも窓も開いていないのに、ですよ?」

 運転手は、ハンドルを握りながら続けた。

「私は、あまりのことに、車を停めました。そして、シートを触ったんです」

 「……何かあったんですか?」

「ええ。シートが、まだ冷たかったんです。」

 私は、息を呑んだ。

 それは、単なる夢や錯覚ではない。

 本当に、そこに“何か”がいたのだ。

「それ以来、夜の乗客が怖くなりましたよ」

 運転手は、笑いながら言った。

 だが、その表情はどこか硬い。

「……それ以来、その女を見ていないんですか?」

「いえ。今でも、たまに現れます。」

 私は、ぞっとした。

「本当に?」

「ええ。実際、この話をしている間に……」

 運転手は、ちらりとバックミラーを見た。

 そして、私にも見るように言った。

 私は、恐る恐るバックミラーを覗き込んだ。

 すると——

 後部座席に、ぼんやりと“白いもの”が映っていた。

 私は悲鳴を上げそうになった。

「運転手さん!止めてください!」

 運転手は、静かに頷き、車を止めた。

 私は急いでドアを開け、外に飛び出した。

 だが——

 もう一度、タクシーを見たとき、私は全身が凍りついた。

 後部座席には、誰も乗っていなかった。

 私は、運転手を見た。

 運転手は、静かに微笑んでいた。

「怖がらせてしまいましたね」

 私は、何も言えずに立ち尽くした。

 タクシーは、ゆっくりと走り出した。

「いや、こんな所で降ろされても…」

 料金も払っていないのに、何故かタクシーは止まらずに走っていく。

 そして、そのテールランプが消えた瞬間——

 私は気づいてしまった。

 あのタクシーには、最初から運転手すら乗っていなかったのではないか、と。

 いや、タクシー自体も存在していたのか?

***********************************

 それ以来、私は栃木で夜中にタクシーに乗ることを避けている。

 なぜなら、今でも夜の山道では、**「乗せてはいけない客」**を拾うタクシーが走っているという。

 もし、夜道でタクシーを拾ったとき——

 バックミラーを決して見てはいけない。

 なぜなら、その時、あなたのすぐ後ろに——

 白い顔の女が、微笑んでいるかもしれないから。

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

洒落にならない怖い話【短編集】

鍵谷端哉
ホラー
【累計55万PV突破‼】 話題作「アンケートに答えたら、人生が終わった話」が10万PVを記録。 日常に潜む“逃げ場のない恐怖”を集めた、戦慄の短編集。 その違和感は、もう始まっている。 帰り道、誰もいないはずの部屋、何気ない会話。 どこにでもある日常が、ある瞬間、取り返しのつかない異常へと変わる。 意味が分かると凍りつく話。 理由もなく、ただ追い詰められていく話。 そして、最後の一行で現実がひっくり返る話。 1話1000〜2000文字。隙間時間で読める短編ながら、 読み終えたあと、ふとした静寂が怖くなる。 これはすべて、どこかで起きていてもおかしくない話。 ――あなたのすぐ隣でも。 洒落にならない実話風・創作ホラー。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。