怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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43)お盆の浜辺(茨城県)

茨城県の海岸線は、夏になると多くの観光客で賑わう。
 しかし、地元の人々は決して**「お盆の夜に浜辺へ行ってはいけない」**と言う。

 「その夜、海には“帰ってくる者”がいるから」

 「絶対に、呼ばれても振り向いてはいけない」

 なぜなら、その瞬間——

 「海の底へ連れて行かれる」

***********************************

 これは、茨城県出身のYさんが体験した出来事だ。

 Yさんは大学進学を機に東京へ出たが、お盆休みに久しぶりに地元へ帰ってきた。
 実家の周囲は何も変わらず、幼い頃に遊んだ浜辺もそのままだった。

 家族が寝静まった深夜、Yさんは懐かしさに駆られ、一人で浜辺へ向かった。

 しかし、祖母だけはYさんを見て、不安そうに言った。

 「お盆の夜に、海へ行くもんじゃないよ」

 Yさんは笑って「大丈夫だよ」と言ったが、祖母はただ黙っていた。

 浜辺に着くと、波の音が静かに響いていた。

 海は穏やかだったが、どこか不気味な雰囲気が漂っている。

 Yさんは、砂浜に座って波を眺めた。

 すると、ふと奇妙なことに気がついた。

 「……あれ? さっきから、誰かが沖に立っている?」

 Yさんの視線の先——

 暗い海の中に、人影がぽつんと立っていた。

 最初は、海水浴客かと思った。
 しかし、お盆の夜に海に入る者などいるだろうか?

 しかも、その影は——

 波に揺られることなく、じっと立っている。

 それどころか、こちらをじっと見ているように思えた。

 Yさんは、背筋が寒くなった。

 波の音に混じって——

 「……おーい」

 「……こっちにおいで」

 微かな声が聞こえた。

 Yさんは、ハッとした。

 間違いない。

 あの影が、こちらを呼んでいる。

 だが、その声は——

 懐かしい声だった。

 Yさんは、息を呑んだ。

 「……まさか……」

 Yさんは、小さい頃によく一緒に遊んだ親友・Sを思い出した。

 Sは、小学3年生の夏——

 この海で溺れて亡くなった。

 Yさんと一緒に遊んでいたが、一瞬の隙にSの姿が消え——

 そのまま、帰らぬ人となったのだ。

 Sの遺体が見つかったのは、事故から3日後だった。

 しかし、その顔は——

 まるで何かに引きずり込まれたように、恐怖で歪んでいたという。

 Yさんの全身に冷たい汗が滲んだ。

 まさか、あれは——

 Sなのか?

 その時、また声がした。

 「Y……おいでよ……」

 はっきりと、Yさんの名前を呼んだ。

 Yさんの足が、勝手に前へ動きかける。

 「来て……一緒に泳ごう……」

 波打ち際に足がつく。

 しかし、Yさんは祖母の言葉を思い出した。

 「お盆の夜に海へ行ったら、決して呼ばれても振り向いてはいけない」

 必死に目を閉じ、耳を塞いだ。

 「違う……違う……!」

 その時——

 ザバァッ!!

 波が大きく弾け、足元が引きずられそうになった。

 目を開けると、海から白い手が伸びていた。

 水面から無数の白い手が現れ、砂浜へ向かって伸びている。

 それは、海で亡くなった者たちの手だった。

 Yさんは、全力で後ずさった。

 そして、最後にもう一度——

 海の中の影を見た。

 そこには、かつての親友・Sがいた。

 だが——

 その顔は、生前のものではなかった。

 黒く空洞になった目、歪んだ口。

 Sは、悲しげに手を伸ばしていた。

 「Y……来て……」

 Yさんは、叫びながら浜辺を駆け出した。

 翌朝、祖母に昨夜の出来事を話した。

 祖母は、深く頷いた。

 「……お前、呼ばれたんだな」

 「呼ばれた……?」

 「お盆になると、海には“迎えに来る者”がいるんだよ」

 祖母の言葉に、Yさんは背筋が凍った。

 「……じゃあ、Sは……」

 祖母は、静かに言った。

 「Sは、お前を迎えに来たんだよ」

 「でも……なんで俺は助かったんだ?」

 祖母は、ポケットから小さなお守りを出した。

 「お前が昔、ばあちゃんにもらったお守り、まだ持ってるか?」

 Yさんは、ハッとした。

 首にかけていた小さなお守り——それが、Sからの誘いを振り切らせてくれたのかもしれない。

***********************************

 それ以来、Yさんは二度とお盆の夜の浜辺には近づかなくなった。

 しかし、ある年の夏——

 地元の友人が、浜辺でこんなものを見つけた。

 「Y、遊ぼう」

 砂浜に、そう書かれた足跡が残っていたという。

 もし、あなたが茨城県の浜辺を訪れるなら——

 お盆の夜に決して海へ近づいてはいけない。

 なぜなら、その海では——

 今も“帰ってくる者”が、あなたを待っているかもしれない。

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