怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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55)消えた観客

ライブ会場——。
 音楽と歓声が満ちる空間。
 だが、時にその熱狂の裏には、決して語られてはならない異変が潜んでいる。

 「ライブ中に消える観客がいる」
 「チケットの記録には存在しないはずの人物が映っている」

 これは、実際に起きた、あるライブ会場での出来事である。

***********************************

 Hさんは、都内のライブイベントの運営スタッフをしていた。

 その日、彼は某有名バンドのライブを担当していた。
 会場は満員。観客の熱気に包まれ、イベントは大成功するはずだった。

 しかし、開場前のチケットチェックの際、Hさんは違和感を覚えた。

 「このチケット、リストにないんですが……」

 受付スタッフが差し出したのは、一枚の古びたチケットだった。

 それは、今日のライブのものではなかった。

 印刷された日付は30年前。

 当然、そんなチケットで入れるはずがない。

 「悪質なイタズラか……?」

 Hさんは、受付にいた若い女性を見た。

 彼女は、異様に色白で、古いバンドTシャツを着ていた。

 「……昔のファンかな?」

 しかし、気になったのは彼女の瞳だった。

 どこか焦点が合っておらず、まるで遠くを見つめているようだった。

 だが、混雑していたこともあり、Hさんはそれ以上気にせず会場へ入れた。

 ライブが始まり、場内は熱狂に包まれた。

 Hさんもステージ袖でモニターを確認しながら進行を見守っていた。

 だが、途中で異変に気づいた。

 1席だけ、誰もいないはずの席が、埋まっている。

 「……?」

 そこには、さっきの色白の女性が座っていた。

 おかしい。

 その席は、当日キャンセルで空席のはずだった。

 Hさんは、無線で警備スタッフに確認した。

 「キャンセル席に誰か座ってるぞ」

 しかし、返ってきた答えは——

 「誰も座っていませんよ?」

 Hさんは、背筋が冷たくなった。

 Hさんは、場内の監視カメラを確認することにした。

 しかし、そこに映っていたのは——

 空席だった。

 しかし、ライブを撮影しているカメラには——

 彼女が映っていた。

 異なる視点で、存在が変わる。

 「これは……」

 Hさんは、嫌な予感を覚えた。

 そして、ふとカメラの映像を巻き戻すと——

 彼女は、ライブが進むにつれて徐々に薄くなっていた。

 まるで、音とともに消えていくかのように。

「楽しかった」
 ライブが終わると、Hさんは急いで観客が出ていく様子を確認した。

 しかし、例の女性の姿はどこにもなかった。

 スタッフ全員で確認したが、彼女は誰にも目撃されていなかった。

 そして、その夜——

 Hさんのもとに、ライブ会場の掃除をしていた清掃員から連絡が入った。

 「すみません、楽屋に変なものが残ってるんですけど……」

 Hさんが楽屋へ向かうと、そこには——

 30年前のライブチケットが、置かれていた。

 そして、その裏には、こう書かれていた。

 「楽しかった」

 Hさんは、その後、30年前のライブについて調べた。

 すると、驚くべき事実が判明した。

 ちょうど30年前、同じ会場で事故が起きていたのだ。

 ライブ中、興奮した観客の一人がステージへ押し寄せようとし、将棋倒しになった。

 その中に、若い女性がいた。

 彼女は圧死し、その場で命を落としたという。

 そして、彼女が持っていたチケットは——

 最後まで使われることのなかった、幻の席だった。

 それ以来、そのライブ会場では奇妙な目撃証言が相次いでいる。

 ・「チケットを見せると、リストにない名前がある」
 ・「空席のはずの席に、誰かが座っている」
 ・「ライブが終わると、誰もいない席に『楽しかった』と書かれたメモが残る」

 そして、あるアーティストがインタビューでこう語った。

 「俺のライブで、一番熱心に歌ってくれた子がいた。
 でも、あとで知ったんだ。その子は、この世にいないって——」

***********************************

 もし、あなたがライブ会場へ行くなら——

 席の隣に、知らない誰かがいないか確かめてほしい。

 そして、もし——

 公演後、席に「楽しかった」と書かれた紙が残されていたら。

 それは、彼女が——

 「もう一度、ライブを楽しみに来た」証拠なのだから。

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