怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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58)タクシーに乗る女

タクシー運転手の間で語られる、決して乗せてはいけない客の話がある。

 「深夜、雨の日、女を乗せてはいけない」

 それは、昔から全国各地で伝わる怪談のひとつだったが、近年になって、あるドライバーが実際に体験した出来事が話題になっている。

***********************************

 都内で個人タクシーを営むYさん(50代)は、その夜もいつも通り仕事をしていた。

 時刻は午前2時。

 雨が降り続き、街はしんと静まり返っていた。

 「今日は客が少ないな……」

 そう思いながら、人気のない裏通りを流していると、ふと前方に人影が見えた。

 白い服の女が、傘もささずに立っていた。

 濡れた髪が顔に張り付いている。

 Yさんは、思わずブレーキを踏んだ。

 そして、無意識にドアを開けた——。

 女は無言のまま、静かに後部座席に乗り込んだ。

 「お客さん、どちらまで?」

 Yさんがルームミラー越しに見ると、女は伏し目がちで、ゆっくりと口を開いた。

 「……○○霊園まで」

 その地名を聞いた瞬間、Yさんの背筋がぞわっとした。

 ○○霊園は、都内でも有名な墓地だった。

 「夜中に霊園? 冗談だろ……」

 だが、客がいる限り、行かないわけにはいかない。

 「わかりました」

 Yさんは、静かに車を走らせた。

 タクシーは、静まり返った夜道を進む。

 しかし、Yさんは違和感を覚え始めた。

 ルームミラーを見るたびに、女の姿が薄れていくのだ。

 最初ははっきり見えていたのに、徐々に輪郭がぼやけてきた。

 「……おかしいな」

 もう一度ミラーを見る。

 だが——

 女の顔が、こちらをじっと見つめていた。

 それも、真っ黒な目で。

「ここで降ります」
 Yさんは、恐怖で汗をかきながら、アクセルを踏み込んだ。

 早く霊園に着いて、客を降ろしたかった。

 そして、目的地が近づいたとき——

 女が、突然囁いた。

 「……ここで、降ります」

 タクシーは、霊園の手前に差し掛かっていた。

 「本当に、ここで?」

 後ろを振り向くと——

 女は、いなかった。

 車のドアは開いておらず、シートには水滴の跡だけが残っていた。

 Yさんは、ぞっとしてメーターを確認した。

 運賃が、ちょうど「4440円」になっていた。

 4は「死」の数字。

 まるで、何かの呪いのように感じた。

 「こんなことって……」

 そう思いながら、助手席に置いていた売上表を確認すると——

 そこには、こう書かれていた。

 「ありがとうございました」

 それは、女の手書きの文字だった。

 翌日、Yさんは同業者のタクシー仲間にこの話をした。

 すると、ある年配のドライバーが、静かに言った。

 「それ、俺も聞いたことある」

 「昔な、深夜の雨の日に、白い服の女を乗せたドライバーがいたんだと」

 「そいつも霊園に向かったらしいが……」

 Yさんは、息を呑んだ。

 「どうなったんです?」

 「次の日、タクシーごと、崖下で見つかったらしい」

 「ブレーキ痕はなく、ハンドルを切ることもなく、そのまま落ちたってよ」

 「でもな、不思議なことがある」

 「その事故車のメーターも、**『4440円』になってたらしいんだ」

***********************************

 もし、あなたが深夜にタクシーを拾うことがあれば——

 雨の日に、白い服の女を乗せるのはやめておけ。

 そして、もし——

 目的地が霊園だったら、絶対に運転席のミラーを見てはいけない。

 なぜなら、その瞬間——

 あなたの後ろに、もうひとり座っているかもしれないから。

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