怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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62)鹿の目(奈良県)

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奈良県といえば、古都の美しさと共に、鹿のいる街として有名だ。
 観光客は可愛らしい鹿たちにせんべいを与え、その姿を写真に収める。

 しかし、地元の人々の間では、決して近づいてはいけない鹿がいると囁かれている。

 「夜の奈良公園で、鹿の目を覗き込んではいけない」
 「そこには、人とは違う何かが宿っているから」

 これは、実際に起きた出来事である。

***********************************

 大学生のTさん(20歳・男性)は、奈良県内の大学に通っていた。

 ある夜、彼は友人のAとBと共に、ふざけ半分で肝試しをしようと奈良公園へ向かった。

 時刻は午前1時。

 「夜の奈良公園って、ちょっと不気味だな……」

 Bがそう呟く。

 夜の公園は静まり返り、昼間の賑やかさが嘘のようだった。

 「鹿、いるかな?」

 Aが笑いながらライトを照らすと、確かに数頭の鹿がいた。

 しかし——

 鹿たちは、じっと彼らを見つめていた。

 「なんか、こっち見てない?」

 Tさんは、鹿たちの様子が気になった。

 昼間なら人懐っこく近寄ってくる鹿たちが、動かずにじっと彼らを見つめている。

 「うわ、目が光ってる……」

 Bがライトを当てると、鹿の目が不気味に光った。

 普通なら反射する程度のはずなのに——

 まるで、鹿の目の奥に“何か”が潜んでいるように見えた。

 「ちょっと、近づいてみようぜ」

 Aが興味本位で鹿に近寄ろうとした。

 しかし、その瞬間——

 鹿が、スッと後ずさった。

 「え?」

 普通、鹿は人が近づくと走って逃げる。

 しかし、その鹿は違った。

 まるで、人間のように、後ずさった。

 「な、なんかおかしくね?」

 Tさんは、背筋が寒くなった。

 そして、彼は気づいた。

 その鹿は、目の奥に“人の顔”を宿していた。

 「もうやめようぜ!」

 Tさんは、AとBを引っ張り、その場を離れようとした。

 しかし——

 「……ねえ……」

 かすかな声が聞こえた。

 「え?」

 Tさんが振り向くと、鹿は微動だにせず、じっとこちらを見ていた。

 しかし、その口元が——

 わずかに動いていた。

 「おい、行こう!」

 TさんとBは、パニックになりながら走り出した。

 しかし、Aの姿がない。

 「A!? どこ行った!?」

 Bが叫んだ。

 だが、Aの返事はなかった。

 慌てて戻ると、そこには——

 Aが、鹿と向かい合って立っていた。

 Aの顔は、どこかぼんやりしていた。

 そして、鹿の目をじっと覗き込んでいた。

 「A! やめろ!」

 Tさんが肩を掴もうとした、その瞬間——

 Aは、ふっと消えた。

 TさんとBは、必死で警察に通報した。

 しかし、翌朝になってもAは見つからなかった。

 だが——

 奈良公園の鹿たちは、じっと彼らを見つめていた。

 そして、一頭の鹿の目に——

 Aの顔が映っていた。

 その後、Tさんは地元の老人にこの話をした。

 すると、老人は小さく頷いた。

 「……やっぱりな」

 「やっぱり?」

 「夜の奈良公園の鹿は、時々“人を取り込む”んだよ」

 「取り込む?」

 「鹿にはね、昔から“神の使い”がいるとされてきた」

 「だが、中には“人を喰う鹿”もいるんだよ」

「目を覗き込むな」
 老人は続けた。

 「夜の鹿の目を覗いたらダメだ」

 「なぜなら、そこには——“取り込まれた魂”が宿っているからだ」

 Tさんは、震えた。

 Aは、鹿の目を覗いてしまった。

 だから、消えたのか?

***********************************

 もし、あなたが奈良公園を訪れるなら——

 決して、夜の鹿の目を覗き込んではいけない。

 そして、もし——

 鹿の目に、人の顔が映っていたら。

 その瞬間、あなたも——

 次の「奈良の鹿」になるのだから。
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