怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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72)藁人形の家

昔から、日本には「丑の刻参り(うしのこくまいり)」という呪術がある。
 丑三つ時(午前2時頃)、神社の御神木に藁人形を五寸釘で打ち付け、憎い相手を呪う——。

 しかし、これはただの儀式ではない。

 「呪いをかけた者も、無事では済まない」
 「打ち込んだ釘の音を聞かれたら、呪いは自分に返る」

 この話は、実際にあった出来事である。

***********************************

 Sさん(30代・男性)は、不動産業を営んでいた。

 ある日、彼の会社に**「格安の中古物件」**の話が持ち込まれた。

 三方を山に囲まれた寂れた村にある古い家——。

 「どうして、こんなに安いんですか?」

 売主は、妙に歯切れが悪かった。

 「いや……ちょっと、訳ありでして……」

 さらに調べてみると、この家は何度も持ち主が変わり、そのたびに誰も長く住めなかったという。

 Sさんは興味を持ち、現地へ向かうことにした。

 家は、想像以上に古びていた。

 庭の木々は伸び放題、玄関の扉には薄く黒ずんだ手形がいくつもついている。

 「なんか、気味悪いな……」

 中に入ると、古い木造の造りで、床はところどころ沈んでいた。

 しかし、一番奇妙だったのは——

 押し入れの奥に、古びた藁人形が落ちていたことだった。

 頭部には、五寸釘が突き刺さっていた。

 Sさんは、その家に一泊してみることにした。

 「どうせ迷信だろう」

 そう思いながら、畳の上に布団を敷いた。

 しかし、深夜——

 「カン……カン……」

 どこからか、金属を打ち付ける音が聞こえた。

 Sさんは、ハッとして飛び起きた。

 「カン……カン……」

 音は、庭の方から聞こえてくる。

 恐る恐る窓を開けた。

 そして、Sさんは見た——。

 庭の御神木の前に、白い着物の女が立っていた。

 女の顔は、髪で隠れて見えない。

 しかし、手には木槌を持ち、藁人形を木に打ち付けていた。

 「カン……カン……」

 その音が、静かな夜に響く。

 Sさんは、全身が凍りついた。

 「……呪い……?」

 その時——

 女が、ゆっくりとこちらを向いた。

 Sさんは、悲鳴を上げそうになった。

 女の顔には、目も鼻も口もなかった。

 まるで、藁人形のような無機質な顔——。

 しかし、その“何もない顔”が——

 Sさんの方へ歩いてきた。

 「……嘘だろ……」

 Sさんは、ガタガタと震えた。

 女は、何かを囁いた。

 しかし、その声は、Sさんの耳元から聞こえた。

 気がつくと、Sさんは畳の上に倒れていた。

 朝日が差し込み、夜の出来事がまるで幻のように思えた。

 しかし——

 昨夜、押し入れにあったはずの藁人形が消えていた。

 さらに、庭の御神木には——

 五寸釘が、深く打ち込まれていた。

 Sさんは、急いで村の古老に話を聞いた。

 すると、古老は深いため息をついた。

 「……やっぱり、まだおるんじゃな……」

 「やっぱり?」

 「あの家では、昔、女が丑の刻参りをしていたんじゃ」

 「呪いの儀式……?」

 「そうじゃ。そして——ある日、その女は死んだ」

 Sさんは、背筋が寒くなった。

 「しかしな……呪いというのは、相手だけじゃなく、己にも返ってくるんじゃよ」

 その夜、Sさんはホテルに泊まった。

 しかし、夜中——

 「カン……カン……」

 また、あの音が聞こえた。

 まさか、ここまで追ってきたのか?

 Sさんは恐る恐る振り向いた。

 そこには——

 白い着物の女が立っていた。

 「聞いてしまったな?」

 Sさんは、恐怖で意識を失った。

***********************************

 もし、あなたが古い家に泊まることがあれば——

 夜中に「カン……カン……」という音が聞こえても、決して覗いてはいけない。

 そして、もし——

 白い着物の女がこちらを向いたら。

 その瞬間、あなたも——

 呪いの一部になってしまうのだから。

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