怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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119)『わたしの声、聞こえてる?』

それは、ライブ配信を終えてから数分後のことだった。

 SNSのDM通知がひとつ届いた。

 > 「あなたの配信に、わたしの声が入ってるんです。
 >  ……もう、死んでるはずなのに」

 送り主の名前には見覚えがなかった。
 正直、いつもの悪質な釣りか、怖い話系のネタだと思った。

 でも、DMには続きがあった。

 > 「3分12秒。『音が割れてる』ってコメントが流れてたところです。
 >  そこ、わたしの声です。聞いてください。お願い。
 >  あなたしか、気づいてくれないから」

 配信者として活動を始めて2年。

 大手ではないが、同時視聴者は300人を超えるようになり、そこそこ固定リスナーもついてきていた。

 配信内容は、ゲーム実況と雑談。いわゆる「顔出しなし・声だけ」の深夜トーク枠だ。

 声には少しだけ自信がある。
 喋ることは得意じゃないけれど、人の話を引き出すのは得意だとよく言われる。

 ――だから、たぶん、俺の配信には“何か”が寄ってきたのだと思う。

 メッセージが気になり、アーカイブを開いた。

 件の3分12秒。ホラーゲーム実況の、ちょうど盛り上がった場面だった。

 自分の声が「うわ、これヤバいやつだなー」なんて喋ってる裏で、コメント欄に《音割れてる?》《誰か叫んだ?》と流れていた。

 ヘッドホンをして、音量を上げる。

 3分10秒――12秒。

 たしかに、自分の声のすぐ後ろで、別の“声”が重なっていた。

 細く、かすれた、囁くような声。

 「……たすけて……ねぇ……わたし……」

 血の気が引いた。

 再生位置を戻し、もう一度聞いた。

 間違いなく、自分のマイクには入っていない音だった。
 周囲に人はいない。音声フィルターもオンにしていた。

 それなのに――誰かの“生の声”が、そこにあった。

 しかも、自分の声と同じ空間にいるような音の距離感。

 念のため、他の配信アーカイブもチェックしてみた。

 すると、2週間ほど前から、別の配信でも“女の声”がかすかに混ざっていた。

 「……こっち、見て……」
 「……ねぇ……どうして……」
 「……忘れたの……?」

 最初はノイズに紛れていたそれが、日を追うごとに明瞭になっている。

 だが、コメント欄では誰も本気にしていない。
 せいぜい「マイク壊れてる?」「誰かいる?」といった軽い反応が流れているだけ。

 DMの送り主に返信してみた。

 > 「あなたは誰ですか?」

 返ってきたのは、短いメッセージ。

 > 「ミユです。
 >  ……覚えてないんですか?」

 ミユ。
 その名前には、微かに覚えがあった。

 たしか、配信初期にときどきコメントをくれていた常連リスナー。

 ハンドルネームは「@miyu_033」。
 たまに感想を送ってくれたり、ゲームの攻略情報を教えてくれたりした人。

 だが、ある時期を境に、完全にコメントが途絶えていた。

 アカウントを検索してみた。

 出てこない。

 代わりに、リスナーのまとめ掲示板にひとつの書き込みがあった。

 > 【悲報】ミユって人、去年自殺してたらしい。
 > ガチでびっくり。
 > なんか配信中に「わたし、もういないよ」ってDM送ったって話もあった。

 ……冗談のはずだ。

 けれど、それからの配信中、音に異変が現れ始めた。

 ・マイクのノイズキャンセリングが突然オフになる
 ・誰もいないのに、後ろで物音がする
 ・喋っている最中、自分の声に“違うイントネーション”が混ざる

 そして、何より恐ろしかったのは――

 ある夜の配信で、自分の声が勝手に喋り続けていたこと。

 口を閉じていても、画面上の波形は反応し、配信は続いていた。

 その声は、こう繰り返していた。

 > 「わたしの声、聞こえてる?
 >  あなたの声と、まぜてるの。
 >  これでずっと、いっしょにいられる」

 その夜、夢を見た。

 真っ暗な部屋。マイクだけがぽつんと置かれている。

 その前に、小さな女の子が座っている。

 長い黒髪。制服のような服。顔は見えない。

 彼女がマイクに向かってこう言う。

 「声ってね、死んでも残るの。
  あなたが聞いてくれたら、わたし、ここにいられるの」

 目が覚めると、口元にマイクが当てられていた。

 自分が寝ながら“何かを喋っていた”のだ。

 翌日、配信をやめることを決めた。

 機材を売り払い、アカウントも削除した。

 だが、どんなに消しても、DMだけは届き続けた。

 別アカウント、別メール、匿名チャット――手を変え品を変え、“彼女”は声を送り続けてきた。

 最後に届いたメッセージ。

 > 「ねぇ、ひとつになろうよ。
 >  わたし、ずっとあなたの声になりたかったの。
 >  そしたら、あなたの言葉は、もうわたしのものだよね」

 今。

 僕はもう、配信をしていない。

 でも――
 たまに、YouTubeを開くと、自分の声そっくりな新しいチャンネルがあることに気づく。

 まったく知らない名前で、ゲーム実況をしている。

 画面にはこう書かれていた。

 > 「声が素敵って言われるの、うれしいな」
 > 「今夜も、聞いてくれてありがとう」

 ……その声は、僕の声であり、ミユの声でもあった。

◆エピローグ
 あなたが今、聞いている“その声”。

 本当に、ひとりの人間の声だけですか?

 どこかに、
 もう“この世にいない”誰かの声が――まざっていませんか?

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