怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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125)『親切な人』

このアパートに引っ越してきてから、隣人に親切にされることが増えた。

 隣の部屋に住んでいるのは、五十代くらいの女性。小柄でいつもニコニコしている、いわゆる“おせっかいおばちゃん”タイプだった。

 初対面の時から手作りの漬物をくれたり、駅前のドラッグストアの安売り情報を教えてくれたりと、田舎の親戚のような親しさがあった。

 最初はありがたかった。

 知らない土地での一人暮らし。こういうご近所づきあいも悪くない、と思っていた。

 でも、それは“最初のうちだけ”だった。

 朝、玄関を出ると靴が揃えられていた。

 「……あれ、こんな風に置いたっけ?」

 思い当たる節はなかったが、気にしないことにした。

 次の日の朝は、傘が干してあった。

 濡れてもいないのに。しかも、傘立てではなくドアノブにかけてあった。

 その日から、ちょっとした違和感が積み重なっていった。

 ・ポストのチラシが抜かれている
 ・洗濯物のハンガーの位置が微妙に変わっている
 ・夜、カーテンを閉め忘れると、翌朝カーテンが閉まっている

 誰かが、部屋の外で生活を“整えてくれている”。

 ……親切、のつもりなのか?

 ある日、インターフォンが鳴いた。

 画面には隣人の女性。

 「この間、おかず作りすぎちゃってね。これ、食べてちょうだい」

 断る理由もなく、受け取った。
 が、そのとき女性がぽろりとこう言った。

 「あなた、昨日はコンビニ弁当だったでしょ。あれ、脂っこくて体に悪いわよ」

 「……見てたんですか?」

 女性は笑って首を傾げた。

 「見てたんじゃなくて、わかるの。あなたのことなら何でも。」

 その日から、ポストに封筒が届くようになった。

 差出人はなし。中には、手書きのメモが一枚だけ。

 > 「今日のあなたの服、似合ってました。
 >  でも赤は、あまり好きじゃないです」

 次の日はこうだった。

 > 「最近、夜更かししてるのね。
 >  肌、荒れてきてるわよ。気をつけて」

 そしてある日、こう書かれたメモが届いた。

 > 「これは“あなたのため”なの。
 >  あなたが幸せになるように、わたしが見ててあげるから」

 警察に相談するほどのことではない。

 でも、“どこまで見られているのか”がわからない。

 スマホ? パソコン? ポスト? 監視カメラ?

 部屋の中は……大丈夫だよな?

 試しに、寝る前に玄関の鍵を二重にした。

 翌朝。

 ドアノブに、鍵のスペアがぶら下がっていた。

 > 「ダブルロックだと、わたしが困るでしょ」

 逃げるように外泊した。

 ビジネスホテルに泊まり、スマホも電源を切って。

 何も通知も、メッセージも来なかった。

 翌朝、部屋に戻ると、ポストに分厚いノートが入っていた。

 表紙には、“あなたの生活ノート”と手書きされていた。

 中には、俺の一日の行動が、分刻みで記録されていた。

 > 起床:6:52
 > 洗顔:6:55(やや眠そう。水の温度ぬるめ)
 > 出発:7:22(ネクタイの色:グレー。昨日と同じ靴)

 > 帰宅:21:36
 > 入浴:21:40(長風呂。疲れていた?)
 > 消灯:23:10(寝つき悪そうだった)

 そして、最後のページに、こう書かれていた。

 > 「だいじょうぶ。あなたがちゃんと生きてるか、
 >  わたしが全部、見ててあげるからね」

 気が狂いそうだった。

 無断侵入の可能性を警察に伝えたが、証拠不十分で動けないという。

 管理会社に相談しても、「ご近所トラブル」として扱われただけだった。

 引っ越しを決めた。

 次の物件も決まり、荷造りも終えた。

 やっと、逃げられる。

 引っ越しの当日、最後の掃除をしていたとき。

 押し入れの天袋から、“カメラのレンズ”が覗いていた。

 それは、こちらを見ていた。

 あのノートの文字が、脳裏に浮かぶ。

 > 「あなたがちゃんと生きてるか、
 > わたしが全部、見ててあげるからね」

 新居。

 やっと平穏な生活が戻ってきた。

 朝、玄関を出ると、足元に何かが置かれていた。

 折りたたまれた紙。

 開くと、あの字でこう書かれていた。

 > 「あなたは、ここでもわたしに見守られてるのよ。
 >  だって、わたしは“親切な人”だから」

◆エピローグ
 あなたの隣人、とても親切な人ですよね。

 困ったときに助けてくれるし、気遣ってくれる。

 でもその親切、どこまでが“あなたのため”で――
 どこからが“その人のため”なんでしょうね?

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