怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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126)『水をあげてはいけません』

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部屋のインテリアに、緑が欲しかっただけだった。

 コンクリートの壁、白い机、無機質な照明。
 その中に一つ、観葉植物を置けば、部屋の雰囲気が変わると思った。

 購入したのは、駅前の小さな園芸ショップ。
 年老いた女性が一人でやっている、古びた店。

 植物の名前は書かれていなかった。
 だが、不思議と惹きつけられる造形だった。

 小さな壺のような鉢から、細く捻じれた蔓が伸びている。
 葉は丸く、濃い緑。中心にはわずかに赤みがさしている。

 レジに持っていくと、女性はこう言った。

 「この子には、絶対に水をあげないでくださいね」

 水をあげてはいけない。

 そんな植物、聞いたことがない。

 「乾燥地帯の種とかですか?」と尋ねると、女性は曖昧に笑った。

 「……ええ、まあ。とにかく、濡らすと起きるんです。
  育てるというより、“置いておく”だけでいいんですよ」

 その時は、ただの風変わりな注意だと思った。

 水をあげない植物なら、管理も楽だ。インテリアにはもってこいだ。

 それが、“あんな風に”成長するなんて思ってもいなかった。

 部屋のデスクに置いたその日から、植物はわずかに動いたような気がしていた。

 気のせいだと思っていた。
 だが、ある朝、蔓の先がコンセントに絡みついていた。

 引っ張ってもびくともしない。

 その蔓は、まるで“電気を吸っている”ように小刻みに震えていた。

 それから毎日、植物はほんのわずかずつ姿を変えていった。

 ・葉がざらざらとした手のひらのような質感に変わる
 ・蔓が夜になるとわずかにうねる音が聞こえる
 ・部屋に**“濡れた土の匂い”**が漂うようになる

 まるで、そこに「何か別の生き物」がいるような感覚。

 それでも、水をあげることはなかった。あの老婆の言葉が、なぜか頭から離れなかった。

 事件は、“水”をこぼした日だった。

 深夜、眠気に負けてコップを倒してしまった。

 中身がデスクにこぼれ、植物の鉢にも染みてしまう。

 「……やば」

 あわててタオルで拭こうとしたが、時すでに遅し。

 蔓が――びくん、と跳ねた。

 そして、そのまま“鉢の中に音もなく吸い込まれていった”。

 翌朝。

 植物は、2倍の大きさになっていた。

 蔓は床まで垂れ、鉢の中からは心臓のような脈動音が微かに聞こえていた。

 部屋の湿度が異常に高い。

 エアコンをつけても、窓を開けても、まるで部屋ごと“呼吸している”ような感覚があった。

 不安になり、購入した園芸店を再び訪れた。

 だが店は、跡形もなく消えていた。

 テナントごと空になっていたのだ。
 周囲の商店の話では、「そんな園芸店、最初からなかった」という。

 確かにそこにいた老婆の顔が、思い出せない。

 夜、眠りに落ちるとき。

 耳元で、植物の声が聞こえた。

 > 「のどが かわいた」

 > 「もっと のませて」

 ある日、目覚めると部屋の隅に水溜りができていた。

 床に、水の形で人型が浮かんでいた。

 壁には、水で書かれたような文字がにじんでいた。

 > 「みずをあげたのは あなた」

 > 「あなたが めざめさせた」

 鉢を捨てようとした。

 だが、玄関に出ると蔓が足に絡みつき、倒れた。

 倒れた拍子に、腕に裂傷ができた。

 床に垂れた血を、蔓が――吸った。

 じゅる、じゅる、と。

 赤い血液を、嬉しそうに飲み込んでいく音がした。

 最後の夜。

 天井まで伸びた蔓が、部屋を這い尽くしていた。

 葉はもはや、人の掌の形をしていた。

 中心には赤い斑点――まるで、眼球のように“こちらを見ていた”。

 植物が、こう囁いた。

 > 「もう、にんげんはいらない」

 > 「あとは わたしが 育つだけ」

 目を閉じた瞬間、蔓が首に絡みついた。

 ぬるり、とした感触。

 最後に見たのは、**鉢の中で脈動する“心臓のような芽”**が、笑っていたことだった。

◆エピローグ
 数週間後、空き部屋の点検に来た管理会社の男性が奇妙なものを見つけた。

 部屋の中央に、異常に育った観葉植物。
 鉢の中には、人間のような“歯”が一列に並んでいた。

 部屋の壁には、こう書かれていた。

 > 「水を あげてしまいました」
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