怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

文字の大きさ
126 / 147

126)『水をあげてはいけません』

部屋のインテリアに、緑が欲しかっただけだった。

 コンクリートの壁、白い机、無機質な照明。
 その中に一つ、観葉植物を置けば、部屋の雰囲気が変わると思った。

 購入したのは、駅前の小さな園芸ショップ。
 年老いた女性が一人でやっている、古びた店。

 植物の名前は書かれていなかった。
 だが、不思議と惹きつけられる造形だった。

 小さな壺のような鉢から、細く捻じれた蔓が伸びている。
 葉は丸く、濃い緑。中心にはわずかに赤みがさしている。

 レジに持っていくと、女性はこう言った。

 「この子には、絶対に水をあげないでくださいね」

 水をあげてはいけない。

 そんな植物、聞いたことがない。

 「乾燥地帯の種とかですか?」と尋ねると、女性は曖昧に笑った。

 「……ええ、まあ。とにかく、濡らすと起きるんです。
  育てるというより、“置いておく”だけでいいんですよ」

 その時は、ただの風変わりな注意だと思った。

 水をあげない植物なら、管理も楽だ。インテリアにはもってこいだ。

 それが、“あんな風に”成長するなんて思ってもいなかった。

 部屋のデスクに置いたその日から、植物はわずかに動いたような気がしていた。

 気のせいだと思っていた。
 だが、ある朝、蔓の先がコンセントに絡みついていた。

 引っ張ってもびくともしない。

 その蔓は、まるで“電気を吸っている”ように小刻みに震えていた。

 それから毎日、植物はほんのわずかずつ姿を変えていった。

 ・葉がざらざらとした手のひらのような質感に変わる
 ・蔓が夜になるとわずかにうねる音が聞こえる
 ・部屋に**“濡れた土の匂い”**が漂うようになる

 まるで、そこに「何か別の生き物」がいるような感覚。

 それでも、水をあげることはなかった。あの老婆の言葉が、なぜか頭から離れなかった。

 事件は、“水”をこぼした日だった。

 深夜、眠気に負けてコップを倒してしまった。

 中身がデスクにこぼれ、植物の鉢にも染みてしまう。

 「……やば」

 あわててタオルで拭こうとしたが、時すでに遅し。

 蔓が――びくん、と跳ねた。

 そして、そのまま“鉢の中に音もなく吸い込まれていった”。

 翌朝。

 植物は、2倍の大きさになっていた。

 蔓は床まで垂れ、鉢の中からは心臓のような脈動音が微かに聞こえていた。

 部屋の湿度が異常に高い。

 エアコンをつけても、窓を開けても、まるで部屋ごと“呼吸している”ような感覚があった。

 不安になり、購入した園芸店を再び訪れた。

 だが店は、跡形もなく消えていた。

 テナントごと空になっていたのだ。
 周囲の商店の話では、「そんな園芸店、最初からなかった」という。

 確かにそこにいた老婆の顔が、思い出せない。

 夜、眠りに落ちるとき。

 耳元で、植物の声が聞こえた。

 > 「のどが かわいた」

 > 「もっと のませて」

 ある日、目覚めると部屋の隅に水溜りができていた。

 床に、水の形で人型が浮かんでいた。

 壁には、水で書かれたような文字がにじんでいた。

 > 「みずをあげたのは あなた」

 > 「あなたが めざめさせた」

 鉢を捨てようとした。

 だが、玄関に出ると蔓が足に絡みつき、倒れた。

 倒れた拍子に、腕に裂傷ができた。

 床に垂れた血を、蔓が――吸った。

 じゅる、じゅる、と。

 赤い血液を、嬉しそうに飲み込んでいく音がした。

 最後の夜。

 天井まで伸びた蔓が、部屋を這い尽くしていた。

 葉はもはや、人の掌の形をしていた。

 中心には赤い斑点――まるで、眼球のように“こちらを見ていた”。

 植物が、こう囁いた。

 > 「もう、にんげんはいらない」

 > 「あとは わたしが 育つだけ」

 目を閉じた瞬間、蔓が首に絡みついた。

 ぬるり、とした感触。

 最後に見たのは、**鉢の中で脈動する“心臓のような芽”**が、笑っていたことだった。

◆エピローグ
 数週間後、空き部屋の点検に来た管理会社の男性が奇妙なものを見つけた。

 部屋の中央に、異常に育った観葉植物。
 鉢の中には、人間のような“歯”が一列に並んでいた。

 部屋の壁には、こう書かれていた。

 > 「水を あげてしまいました」

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

洒落にならない怖い話【短編集】

鍵谷端哉
ホラー
【累計55万PV突破‼】 話題作「アンケートに答えたら、人生が終わった話」が10万PVを記録。 日常に潜む“逃げ場のない恐怖”を集めた、戦慄の短編集。 その違和感は、もう始まっている。 帰り道、誰もいないはずの部屋、何気ない会話。 どこにでもある日常が、ある瞬間、取り返しのつかない異常へと変わる。 意味が分かると凍りつく話。 理由もなく、ただ追い詰められていく話。 そして、最後の一行で現実がひっくり返る話。 1話1000〜2000文字。隙間時間で読める短編ながら、 読み終えたあと、ふとした静寂が怖くなる。 これはすべて、どこかで起きていてもおかしくない話。 ――あなたのすぐ隣でも。 洒落にならない実話風・創作ホラー。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。