瑞樹と桜子：新婚隣人の恋バナ対決

第1章：再会の偶然

　朝の陽射しが大きな窓から差し込み、新築の家のリビングを明るく照らしている。
カーテンを揺らす風に、桜子は深く息を吸い込んだ。
結婚して半年。
最初は慣れない家事や夫との生活に戸惑ったが、ようやくこの家に住むことが「日常」として馴染んできた。

　そんな穏やかな朝に、隣の家が賑やかだった。
昨日から引っ越し業者が出入りし、新しい住人がやってくるらしい。
桜子の家の隣には、最近完成したばかりの建売住宅が並んでいる。
モデルハウスのような佇まいのそれらが、ようやく住人を迎えることになったのだ。

「どんな人が住むんだろう？」

　近所付き合いがほとんどない新興住宅地だが、隣人とはうまくやっていきたい。
桜子は、夫の圭介が仕事に出かけたあと、簡単なクッキーを焼き、挨拶の準備をした。
そして、昼過ぎ。
そろそろ落ち着いた頃だろうと、焼きたてのクッキーを持って隣家のインターホンを押した。

「はーい！」

　明るくはつらつとした女性の声が聞こえた。
ドアが開き、現れたのは……驚くほど見覚えのある顔。

「え……？」

　一瞬、自分の目を疑った。まさかの相手に、桜子は思わず固まる。

「……え？ 
　桜子？」

　同じように驚きの表情を浮かべる相手。
大きな瞳がさらに見開かれ、長い髪を耳にかける仕草は、高校時代と変わらない。

「瑞希……？」

　信じられない。
こんなところで、こんな形で再会するなんて。

「えーっ！？ 
　何この偶然！！」

　瑞希は大げさに驚きながらも、すぐに破顔し、桜子の手をぎゅっと握った。
その笑顔は昔と変わらない、快活で負けず嫌いな瑞希のままだった。

　瑞希は高校時代、桜子の最大のライバルだった。
成績は常にトップ争い、模試の結果が貼り出されるたびに互いの順位をチェックし、試験のたびにどちらが上か競い合っていた。
性格も正反対で、桜子は冷静沈着、瑞希は感情豊か。
けれど、どこか馬が合い、無意識のうちにお互いを意識していた。

「ちょっと待って、こんな偶然ある？
　まさか桜子が隣の家に住んでるなんて！」

「それこっちのセリフ。
　ていうか、なんでここに？ 
　いや、結婚したの？」

　桜子の問いに、瑞希は得意げに左手の薬指を見せた。
キラリと光る指輪がそこにある。

「そうなのよ、私も新婚！
　旦那の転勤でこっちに引っ越してきたの！」

「えーっ！ まさかの新婚同士！」

　思わぬ共通点に、二人は顔を見合わせて笑った。

「とりあえず上がってよ。
　せっかくだからお茶しない？」

「うん、ちょうどいいタイミングだった！」

　瑞希の家に招かれ、桜子は新築の香りが残るリビングへと足を踏み入れた。
　シンプルながらもおしゃれなインテリアに、思わず「いい家だね」と感嘆の声を漏らす。

「でしょ？ 
　旦那と一緒にいろいろ選んだの。
　まぁ、ほぼ私の趣味だけど」

「うちも似たようなもん。
　結局、女の意見が通るんだよね」

「そうそう！」

　久しぶりの再会にもかかわらず、話はすぐに弾んだ。
　お互いの結婚生活、夫の仕事、家の購入まで、次々と話題が飛び交う。
　そして、自然と昔話へと話が移った。

「ねぇ、桜子。
　高校の時のこと覚えてる？」

「そりゃあ、覚えてるよ。
　あんたと私、毎回成績バトルしてたもんね」

「ほんと、負けたくなかったよねー」

「それはこっちのセリフ」

　二人はくすくすと笑い合う。
　しかし、瑞希が突然ニヤリと笑い、いたずらっぽく言った。

「ねぇ、せっかくだからさ。
　又バトルしない？」

「え？」

「そうね…
　お互いの恋愛遍歴でも比べてみない？」

「……は？」

「私たち、勉強ではずっと競ってたじゃん？ 
　じゃあ、恋愛でもどっちが『いい恋』してたか比べようよ」

「いやいや、そんなの比べるものじゃ……」

「ほら、昔の話なら旦那も気にしないでしょ？」

　瑞希は楽しそうに身を乗り出す。
　その表情を見て、桜子は呆れながらも笑った。

「しょうがないなぁ。
　でも、私の恋バナ、結構すごいよ？」

「望むところ！」

　こうして、思わぬ形で始まった恋バナ対決。

　それは、二人の関係を再び熱くさせるきっかけになるのだった——。