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第2章:街の片隅で、奇跡と嘘を語る
第10話『悪意の種、まかれる』
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静かな朝だった。
だが、その静けさの奥には、何か濁ったものが潜んでいた。
教会前の石畳を、いつものように子供たちが走り回る。
セシリアは花に水をやり、マーヴィンは焙煎した豆の香りを楽しむ。
変わらぬ朝――
……のはずだった。
「なあ、聞いたか?」
「うん……あの聖女さま……本当は、ああ見えて……」
「いやいや、表の顔と裏の顔があるらしいよ。
“祝福”だって、本当に神の力かどうか……」
市場の隅、井戸端、酒場の陰。
“噂”が、蛇のように這い出していた。
それは、事実にすら届かない曖昧な話。
だが、人の心に疑いの種をまくには、十分だった。
その日。
教会を訪れる人の数は、確かに減っていた。
門の前で立ち止まり、迷う人。
一度は足を向け、踵を返す者。
それでも、何人かは訪れた。
中には目を伏せ、落ち着かない様子で椅子に座る者もいた。
セシリアは、その全てにいつもと同じ微笑みで接した。
だが、マーヴィンには分かっていた。
(彼女は気づいている。人の“目”の変化に。
だが、それを“気にしないように”している)
そして、それが一番心を削るのだということも。
「マーヴィン様……」
教会の裏庭で、セシリアが小さく口を開いた。
「……わたし、何か、間違えたんでしょうか」
マーヴィンは、一呼吸置いてから言った。
「いいや。君は、何も間違えていない。
だが、“正しさ”は、それだけでは人に伝わらないんだ」
「……どうして、こんなことに……?」
「それが、“疑い”という感情の性質さ。
誰かが意図的にまいた種であっても、
“疑う理由”さえあれば、人はその芽を育ててしまう」
「じゃあ……どうすれば、止められるんでしょうか」
「止めない」
セシリアが、はっと顔を上げる。
「否定や弁明は、“真実が揺れている”という証明になる。
だから、我々は噂と争わない。
ただ、“違う物語”を語る」
「……物語?」
「“噂”が語られるなら、私たちも語ればいい。
人が信じたくなるような、“もう一つの物語”を」
—
その夜。
マーヴィンは、教会の広場に小さな篝火を灯した。
その周囲に、子供たちと自警団、そして数人の町人たちが集まった。
「今夜は、昔話でもしようかと思ってね」
彼はそう言い、一本の木椅子に腰を下ろす。
「とある国に、“光の声”を持つ少女がいた。
彼女の祈りは、人々の痛みを和らげ、心を照らした。
だがある日、誰かが言った。『あの光は、嘘かもしれない』と」
子供たちは目を見開き、大人たちも耳を傾ける。
「光は、本当に嘘だったのか? それは誰にも分からない。
だが、少女の元にやってきた人々は、誰も“嘘だった”とは言わなかった。
皆、彼女の声で救われたと、口々に語った。
だから、光が本物かどうかなんて……もう、どうでもよくなったんだ」
静かな沈黙。
「人はね、真実よりも“信じたいもの”を信じる。
君たちが、信じたいと思うものは、何かな?」
子供たちが、ぽつりと口にする。
「……聖女さまのこと」
「うん、セシリアが笑うと、怖いのが消えるんだ」
誰かが拍手をした。
それが広がり、やがて場を包む優しい音になった。
—
その火の輪の外。
一人の老婆が、遠くから様子を見ていた。
「……こんな話をするとはね。あの男、やはりただ者じゃない」
彼女は、魔導士ギルドから派遣された“情報精査人”だった。
噂を監視し、真実と虚構の境界を見極める役目。
彼女は、静かに首を振った。
「“否定しないことで、噂を塗り替える”……これは、策略ではない。
この男は……“語る者”そのものだ」
—
次の日。
教会前に、再び人の列ができていた。
決して長くはない。
だが、その一人一人が、まっすぐにセシリアの方を見ていた。
「……マーヴィン様」
「どうかしたかい?」
「……なんだか、涙が出そうです」
「“疑われた者”に、最も効く薬は、“信じてくれる者の笑顔”だよ」
セシリアは、少し泣きそうな顔で笑った。
—
同じころ。
王都・宰相府。
グラディスの元に、報告が届く。
「噂、広まる前に反転。
民の反応、沈静化。
対応の中心は“相談役マーヴィン”による演説的語り。
公的反論・告発は一切なし」
グラディスは静かに書類を閉じた。
「なるほど。噂に噂を返すか……
言葉を“武器”ではなく、“盾”として使うとは」
彼の口元がわずかに歪む。
「お前の“やり口”……少しずつ、見えてきたぞ。マーヴィン」
だが、その静けさの奥には、何か濁ったものが潜んでいた。
教会前の石畳を、いつものように子供たちが走り回る。
セシリアは花に水をやり、マーヴィンは焙煎した豆の香りを楽しむ。
変わらぬ朝――
……のはずだった。
「なあ、聞いたか?」
「うん……あの聖女さま……本当は、ああ見えて……」
「いやいや、表の顔と裏の顔があるらしいよ。
“祝福”だって、本当に神の力かどうか……」
市場の隅、井戸端、酒場の陰。
“噂”が、蛇のように這い出していた。
それは、事実にすら届かない曖昧な話。
だが、人の心に疑いの種をまくには、十分だった。
その日。
教会を訪れる人の数は、確かに減っていた。
門の前で立ち止まり、迷う人。
一度は足を向け、踵を返す者。
それでも、何人かは訪れた。
中には目を伏せ、落ち着かない様子で椅子に座る者もいた。
セシリアは、その全てにいつもと同じ微笑みで接した。
だが、マーヴィンには分かっていた。
(彼女は気づいている。人の“目”の変化に。
だが、それを“気にしないように”している)
そして、それが一番心を削るのだということも。
「マーヴィン様……」
教会の裏庭で、セシリアが小さく口を開いた。
「……わたし、何か、間違えたんでしょうか」
マーヴィンは、一呼吸置いてから言った。
「いいや。君は、何も間違えていない。
だが、“正しさ”は、それだけでは人に伝わらないんだ」
「……どうして、こんなことに……?」
「それが、“疑い”という感情の性質さ。
誰かが意図的にまいた種であっても、
“疑う理由”さえあれば、人はその芽を育ててしまう」
「じゃあ……どうすれば、止められるんでしょうか」
「止めない」
セシリアが、はっと顔を上げる。
「否定や弁明は、“真実が揺れている”という証明になる。
だから、我々は噂と争わない。
ただ、“違う物語”を語る」
「……物語?」
「“噂”が語られるなら、私たちも語ればいい。
人が信じたくなるような、“もう一つの物語”を」
—
その夜。
マーヴィンは、教会の広場に小さな篝火を灯した。
その周囲に、子供たちと自警団、そして数人の町人たちが集まった。
「今夜は、昔話でもしようかと思ってね」
彼はそう言い、一本の木椅子に腰を下ろす。
「とある国に、“光の声”を持つ少女がいた。
彼女の祈りは、人々の痛みを和らげ、心を照らした。
だがある日、誰かが言った。『あの光は、嘘かもしれない』と」
子供たちは目を見開き、大人たちも耳を傾ける。
「光は、本当に嘘だったのか? それは誰にも分からない。
だが、少女の元にやってきた人々は、誰も“嘘だった”とは言わなかった。
皆、彼女の声で救われたと、口々に語った。
だから、光が本物かどうかなんて……もう、どうでもよくなったんだ」
静かな沈黙。
「人はね、真実よりも“信じたいもの”を信じる。
君たちが、信じたいと思うものは、何かな?」
子供たちが、ぽつりと口にする。
「……聖女さまのこと」
「うん、セシリアが笑うと、怖いのが消えるんだ」
誰かが拍手をした。
それが広がり、やがて場を包む優しい音になった。
—
その火の輪の外。
一人の老婆が、遠くから様子を見ていた。
「……こんな話をするとはね。あの男、やはりただ者じゃない」
彼女は、魔導士ギルドから派遣された“情報精査人”だった。
噂を監視し、真実と虚構の境界を見極める役目。
彼女は、静かに首を振った。
「“否定しないことで、噂を塗り替える”……これは、策略ではない。
この男は……“語る者”そのものだ」
—
次の日。
教会前に、再び人の列ができていた。
決して長くはない。
だが、その一人一人が、まっすぐにセシリアの方を見ていた。
「……マーヴィン様」
「どうかしたかい?」
「……なんだか、涙が出そうです」
「“疑われた者”に、最も効く薬は、“信じてくれる者の笑顔”だよ」
セシリアは、少し泣きそうな顔で笑った。
—
同じころ。
王都・宰相府。
グラディスの元に、報告が届く。
「噂、広まる前に反転。
民の反応、沈静化。
対応の中心は“相談役マーヴィン”による演説的語り。
公的反論・告発は一切なし」
グラディスは静かに書類を閉じた。
「なるほど。噂に噂を返すか……
言葉を“武器”ではなく、“盾”として使うとは」
彼の口元がわずかに歪む。
「お前の“やり口”……少しずつ、見えてきたぞ。マーヴィン」
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