引退詐欺師、異世界で聖女の相談役になる

naomikoryo

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第2章:街の片隅で、奇跡と嘘を語る

第11話『夜、偽りの天使が訪れる』

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それは、風の音がやけに静かに聞こえる夜だった。

教会の子供たちが床につき、シスター・マリアもロウソクを手に祈りを捧げていた頃。
セシリアはまだ眠れずにいた。

寝間着の上から薄い羽織を着て、木枠の窓を開けると、空は星が一面に広がっていた。
目を閉じれば、静寂と光が心にしみ込んでくる。
その時——

「こんばんは、セシリア様」

不意に、声がした。

驚いて振り返ると、そこには見知らぬ少女が立っていた。

年の頃は、十代後半。
金の巻き髪、透き通るような肌。
薄いドレスに羽衣のような外套をまとい、どこか現実味のない“美しさ”を湛えていた。

「あ、あの……どなた……ですか?」

「わたくしは、ただの通りすがりです。
けれど……あなたを見て、どうしても話したくなってしまいました」

その微笑みは、穏やかで、優しく、どこか懐かしさを誘う。
セシリアは不思議と、怖さを感じなかった。

(まるで……天使みたい……)

少女は、ベンチへと静かに腰を下ろした。

「あなたは……本当に“祝福”を信じておられるのですか?」

「……え?」

「神の祝福。癒し。祈りの力。
わたくし、昔……似たような立場にいたことがあって。
でも、人は変わるんです。“信じていたもの”さえ、簡単に崩れてしまう」

その言葉に、セシリアは息を呑んだ。

少女は視線を落とし、囁くように続ける。

「……聖女と呼ばれていたわたくしにも、“偽物”と罵られた日がありました。
その時、誰も味方をしてくれなかった。
だから……あなたが、少しでも傷つかずにすむなら、今のうちに手放してほしいんです」

「手放す……?」

「そう。聖女という名も。祝福という責務も。
このままだと、あなたもきっと……痛い思いをする」

少女の目は、まっすぐだった。
だがその奥には、“何かを諦めた人”の光があった。

(……この人は、何かを……失った?)

セシリアの胸が、妙にざわつく。

「わたしは……」

その時。
後ろの扉が開く音がした。

「遅くまでおしゃべりとは、随分と珍しいね」

マーヴィンの声だった。

少女がふっと振り返り、優雅に立ち上がる。

「……お邪魔だったようですね。
ですが、最後に一言だけ」

セシリアに、もう一度だけ微笑む。

「“聖女”という名は、人を救うと同時に、人を壊すこともある。
それだけは……忘れないで」

そのまま、音もなく、闇の中へ溶けるように姿を消した。



静寂が戻った夜。

セシリアは、まだ何かに囚われたような顔で立ち尽くしていた。

「……マーヴィン様。今の方……」

「“誰”かではない。“何を言ったか”が重要だ」

マーヴィンは彼女の横に立ち、夜空を見上げた。

「“やめた方がいい”と忠告する声は、常に善意の皮をかぶって現れる。
だがね、善意というのは……ときに、“選択肢を奪う刃”になるんだ」

「……でも、あの人の言葉は……」

「優しかった。だからこそ危険だ。
人を迷わせるのは、怒りでも恐れでもない。“優しさ”なんだよ。
君が今、心を揺らされているのが、その証拠さ」

セシリアは、拳を握った。

「わたし……そんなことで、揺らいだら、祝福を使う資格なんて……」

「揺らぐことに意味がある。
揺れずに立っているだけの者に、祝福なんて振れないよ」

マーヴィンは、そっとセシリアの肩に手を置いた。

「大丈夫だよ。君が立ち止まっても、歩けなくなっても、
誰かが隣に立って、支えればいい。
それだけで、人は“進んだ”ことになる」

セシリアの目に、涙が浮かんでいた。

でも、それは怯えや不安の涙ではなかった。

「……ありがとうございます、マーヴィン様」

「どういたしまして。相談役だからね。……あくまで、相談役」



その夜。
マーヴィンは自室の片隅に、そっと一文を記す。

【記録 52】
外部の“意図された接触”あり。対象:セシリア。
派遣者不明。動機は“自信の剥奪”と思われる。
セシリア、揺れるも回復。信念、なお不確か。

彼はペンを置き、ため息をついた。

(……ああいうやり口は、政治ではなく、“心理戦”だ。
グラディス、まだ本気じゃない。……むしろ、これは試し撃ち)

「こっちがどこまで、守れるか。
……面白くなってきたな」
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