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第3章:灰と炎の預言
第8話『聖女ふたり』
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その女は、絵画から抜け出したように美しかった。
金のように輝くブロンドを優美な編み込みにまとめ、神殿の正装――銀糸の法衣を風に揺らしていた。
まっすぐに伸びた背筋。
静かな微笑み。
そして、言葉の端々ににじむ気品と確信。
彼女の名は――エルナ・ヴァレンタイン。
王都神殿直属の祝福者。
神の教理を完全に修め、数多くの儀式を務めてきた“正規聖女”だった。
彼女は、セシリアとマーヴィンの前に、あたかも“最初からそこにいたかのような自然さ”で立っていた。
「初めまして、セシリア様。
……このたび、正式な任命を受けて、この地に派遣されました。
貴女の祈りと活動については、王都でも話題になっています。
こうしてお目にかかれて、光栄です」
その声は、柔らかく、優しい。
だが不思議と、“反論の余地”がないように感じさせる響きがあった。
セシリアは礼をしながら、微かに視線を揺らした。
「……わたしも、貴女のことは……少し聞いています。
ようこそ……この町へ」
マーヴィンは、口元に笑みを浮かべたまま、彼女をじっと見つめていた。
(なるほど。なるほど、ね……)
優雅、端正、礼儀正しい。
だがその目――瞳の奥には、計算された“均衡”がある。
まるで、ひとつひとつの言動が、既に予定された“答え合わせ”のように滑らかだ。
(……これは、“作られた存在”だ)
彼は脳裏で記憶を探った。
この“話し方”――この“空気”。
どこかで、似たものに出会っている。
(……違う、“聴いた”ことがある)
マーヴィンの中に、微かな違和感と既視感が交錯した。
「それでは、教会内の案内を――」
セシリアが言いかけたそのとき、エルナはやんわりと微笑んで応じた。
「ありがとうございます。
ですが、その前に少しだけ、町の様子を歩いて見てきます。
神の恩寵は、人々の営みの中にこそ宿ると申しますから」
「……はい」
セシリアの声には、目に見えない“壁”のようなものがあった。
(この人は、私とは違う……)
—
数時間後。
マーヴィンは、ひとり裏庭の石畳に腰を下ろしていた。
夕日が差し込む中、風に揺れる木々の音だけが静かに耳に入る。
そこに、エルナが現れた。
「……やはり、貴方が“相談役”ですね」
「ええ。正式な肩書きではありませんが、“彼女の隣に立つ者”としては、最適な立場だと自負しています」
マーヴィンは軽く微笑んだ。
「それにしても……貴女は、ずいぶんと“よくできている”。
非の打ち所がない。
……完璧に“作られた信仰者”に見える」
エルナもまた、笑みを絶やさなかった。
「お褒めに預かり光栄です。
ですが、“作られた”などとおっしゃられると、少々寂しくなりますね。
……わたしは、“選ばれた”だけですから」
「選ばれた存在が、誰かを押しのけてここに来たとしたら――
その“選定基準”を疑いたくもなる」
「疑いは、信仰を磨く礫になります。
どうぞ、疑ってください。
わたしは、“証明できる存在”ですから」
その言葉の裏には、“君たちは証明できない”という静かな刃が含まれていた。
マーヴィンはその刃に気づきながら、わざと目を細めた。
「なるほど。ではもうひとつ、質問を」
「どうぞ」
「あなたの“信仰”とは、“教理”の暗記ですか?
それとも、“命の痛みを知って、それを想える心”のことですか?」
エルナはその瞬間、ほんのわずか――本当にわずかに、眉を動かした。
だがすぐに、いつもの微笑みで応じる。
「両方です。
教理は“心”を守るためにあり、痛みは“祈り”の理由になる。
わたしは、それを“両方持つ者”として、この地に来ました」
「……完璧すぎる答えですね」
マーヴィンは立ち上がり、軽く礼をした。
「ただし、人は“完璧すぎる者”を見て、時に疑問を抱く。
そのときに必要なのは、正解ではなく――“感情”ですよ、エルナ様」
彼女の目に、何かが走った。
それは感情ではなく――“反応”だった。
マーヴィンはその一瞬を、確かに見た。
(やはり、“あれ”か。……何者なんだ、君は)
—
夜。
セシリアは、マーヴィンの書斎に現れた。
手には、神殿からの正式な通達文が握られている。
「……わたし、“聖女”じゃなくなるのかもしれませんね」
その言葉は、どこか遠くの出来事のように聞こえた。
「神殿からは、“交代”ではなく“共存”という言い方をされています。
でも、実際は……今までわたしに来ていた人たちが、
明日からはエルナ様の方へ行くでしょう」
マーヴィンは静かに答えた。
「……それでも、君の祈りが“無くなる”わけじゃない。
たとえ誰も聞かなくても、たとえ認められなくても――
“祈り続けること”が、君の“聖女としての証明”だ」
セシリアは、ゆっくりと目を閉じた。
「……わたし、まだ信じたい。
信じていたい。
この場所で、誰かのために祈っている自分を」
「なら、それでいい。
君は“聖女”でなくても、“セシリア”であることに価値がある」
彼女は小さく笑った。
「……ありがとう、マーヴィン様。
わたし、少しだけ強くなれた気がします」
—
しかしその頃、神殿へ密かに送られた報告書の中には、こう記されていた。
『セシリア・ミリエルは“潜在的覚醒者”の可能性あり。
状況次第では、神殿の枠を超えた“奇跡の再現”が起こり得る。
ただし、“彼女の心の支え”が崩れた場合、逆方向の顕現も想定される。
要監視。対象:マーヴィン・クロード』
そして、報告書の末尾には、差出人の名が記されていた。
――エルナ・ヴァレンタイン
金のように輝くブロンドを優美な編み込みにまとめ、神殿の正装――銀糸の法衣を風に揺らしていた。
まっすぐに伸びた背筋。
静かな微笑み。
そして、言葉の端々ににじむ気品と確信。
彼女の名は――エルナ・ヴァレンタイン。
王都神殿直属の祝福者。
神の教理を完全に修め、数多くの儀式を務めてきた“正規聖女”だった。
彼女は、セシリアとマーヴィンの前に、あたかも“最初からそこにいたかのような自然さ”で立っていた。
「初めまして、セシリア様。
……このたび、正式な任命を受けて、この地に派遣されました。
貴女の祈りと活動については、王都でも話題になっています。
こうしてお目にかかれて、光栄です」
その声は、柔らかく、優しい。
だが不思議と、“反論の余地”がないように感じさせる響きがあった。
セシリアは礼をしながら、微かに視線を揺らした。
「……わたしも、貴女のことは……少し聞いています。
ようこそ……この町へ」
マーヴィンは、口元に笑みを浮かべたまま、彼女をじっと見つめていた。
(なるほど。なるほど、ね……)
優雅、端正、礼儀正しい。
だがその目――瞳の奥には、計算された“均衡”がある。
まるで、ひとつひとつの言動が、既に予定された“答え合わせ”のように滑らかだ。
(……これは、“作られた存在”だ)
彼は脳裏で記憶を探った。
この“話し方”――この“空気”。
どこかで、似たものに出会っている。
(……違う、“聴いた”ことがある)
マーヴィンの中に、微かな違和感と既視感が交錯した。
「それでは、教会内の案内を――」
セシリアが言いかけたそのとき、エルナはやんわりと微笑んで応じた。
「ありがとうございます。
ですが、その前に少しだけ、町の様子を歩いて見てきます。
神の恩寵は、人々の営みの中にこそ宿ると申しますから」
「……はい」
セシリアの声には、目に見えない“壁”のようなものがあった。
(この人は、私とは違う……)
—
数時間後。
マーヴィンは、ひとり裏庭の石畳に腰を下ろしていた。
夕日が差し込む中、風に揺れる木々の音だけが静かに耳に入る。
そこに、エルナが現れた。
「……やはり、貴方が“相談役”ですね」
「ええ。正式な肩書きではありませんが、“彼女の隣に立つ者”としては、最適な立場だと自負しています」
マーヴィンは軽く微笑んだ。
「それにしても……貴女は、ずいぶんと“よくできている”。
非の打ち所がない。
……完璧に“作られた信仰者”に見える」
エルナもまた、笑みを絶やさなかった。
「お褒めに預かり光栄です。
ですが、“作られた”などとおっしゃられると、少々寂しくなりますね。
……わたしは、“選ばれた”だけですから」
「選ばれた存在が、誰かを押しのけてここに来たとしたら――
その“選定基準”を疑いたくもなる」
「疑いは、信仰を磨く礫になります。
どうぞ、疑ってください。
わたしは、“証明できる存在”ですから」
その言葉の裏には、“君たちは証明できない”という静かな刃が含まれていた。
マーヴィンはその刃に気づきながら、わざと目を細めた。
「なるほど。ではもうひとつ、質問を」
「どうぞ」
「あなたの“信仰”とは、“教理”の暗記ですか?
それとも、“命の痛みを知って、それを想える心”のことですか?」
エルナはその瞬間、ほんのわずか――本当にわずかに、眉を動かした。
だがすぐに、いつもの微笑みで応じる。
「両方です。
教理は“心”を守るためにあり、痛みは“祈り”の理由になる。
わたしは、それを“両方持つ者”として、この地に来ました」
「……完璧すぎる答えですね」
マーヴィンは立ち上がり、軽く礼をした。
「ただし、人は“完璧すぎる者”を見て、時に疑問を抱く。
そのときに必要なのは、正解ではなく――“感情”ですよ、エルナ様」
彼女の目に、何かが走った。
それは感情ではなく――“反応”だった。
マーヴィンはその一瞬を、確かに見た。
(やはり、“あれ”か。……何者なんだ、君は)
—
夜。
セシリアは、マーヴィンの書斎に現れた。
手には、神殿からの正式な通達文が握られている。
「……わたし、“聖女”じゃなくなるのかもしれませんね」
その言葉は、どこか遠くの出来事のように聞こえた。
「神殿からは、“交代”ではなく“共存”という言い方をされています。
でも、実際は……今までわたしに来ていた人たちが、
明日からはエルナ様の方へ行くでしょう」
マーヴィンは静かに答えた。
「……それでも、君の祈りが“無くなる”わけじゃない。
たとえ誰も聞かなくても、たとえ認められなくても――
“祈り続けること”が、君の“聖女としての証明”だ」
セシリアは、ゆっくりと目を閉じた。
「……わたし、まだ信じたい。
信じていたい。
この場所で、誰かのために祈っている自分を」
「なら、それでいい。
君は“聖女”でなくても、“セシリア”であることに価値がある」
彼女は小さく笑った。
「……ありがとう、マーヴィン様。
わたし、少しだけ強くなれた気がします」
—
しかしその頃、神殿へ密かに送られた報告書の中には、こう記されていた。
『セシリア・ミリエルは“潜在的覚醒者”の可能性あり。
状況次第では、神殿の枠を超えた“奇跡の再現”が起こり得る。
ただし、“彼女の心の支え”が崩れた場合、逆方向の顕現も想定される。
要監視。対象:マーヴィン・クロード』
そして、報告書の末尾には、差出人の名が記されていた。
――エルナ・ヴァレンタイン
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