引退詐欺師、異世界で聖女の相談役になる

naomikoryo

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第3章:灰と炎の預言

第9話『声の正体』

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夜。
教会の礼拝堂には誰もいなかった。

石造りの壁に蝋燭の灯がちらちらと揺れ、セシリアの影が長く床に伸びている。
彼女は、ひとり祭壇の前に跪き、静かに両手を組んでいた。

だが、祈りの言葉は出てこなかった。
口を動かそうとすると、なぜか喉が詰まる。

(……私がここにいることは、まだ意味があるのだろうか)

エルナの到来以来、町の人々の態度は急激に変わった。
かつて毎朝訪れていた子ども連れの母親たちも、今は別の広場に設けられた“第二祈祷所”に通うようになったという。

その祈祷所の前には、きちんと神殿の印が掲げられ、銀の鐘が据えられている。
そこに立つエルナは、まるで神の代弁者のようだった。

(……でも、あの人の言葉には、“熱”がない)

そう、セシリアは感じていた。
完璧で美しくて、間違いのない祝福を与える彼女から、なぜか“温もり”が感じられなかった。

そして、そのことに誰も気づかないことが、余計に怖かった。

(わたしの祈りは……間違っているの?)

そのとき、背後から声がした。

「……君の祈りが、間違ってるなら、俺なんか最初から生きてちゃいけない」

マーヴィンだった。
彼は、礼拝堂の柱に背を預け、いつもの飄々とした笑みで立っていた。

「マーヴィン様……」

「夜更かし、よくないよ。
明日も君には“信じられる祈り”を配る仕事があるんだから」

セシリアは苦笑しながら立ち上がった。
けれど、すぐに問いがこぼれる。

「ねえ……わたしの祈りって、本当に……誰かの力になっていると思いますか?」

マーヴィンは、一瞬目を伏せた。
そして、いつになく静かな声で答えた。

「祈りってね。
言葉じゃない。
でも、言葉に乗せないと、誰にも伝わらない」

「……?」

「たとえば、“がんばって”って言葉。
それだけなら、無責任にも、冷たくもなる。
でも、“君のことを思ってる”って心から言ったなら、それは祈りになる」

「……そうかもしれません」

「君の祈りには、“言葉にならない願い”がある。
だから人が泣ける。
あのエルナには、それが――ない」

セシリアが顔を上げた。

「……マーヴィン様、もしかして……あの方のこと、何か知ってるんですか?」

マーヴィンは返事をしなかった。
だがその目は、過去の深いところを見ていた。

(あの声……あの語り口……そしてあの笑み)

(“あれ”は……“地球”の女だ)

彼がその違和感に気づいたのは、初対面のほんの一瞬――
ごく微かに発された、“英語のアクセント”だった。

祝福の言葉の中に、ごく僅かだが地球のイントネーションが混じっていた。

しかもそれは、マーヴィンが“死んだあの日”、彼を撃った美人警官の声と――ほとんど、同じだった。

(まさか……あの時、あのビルから俺が落ちたあと――)

マーヴィンは、当時の記憶を思い返す。


『ごめんなさいマーヴィン、私もすぐ後を追うから』
『君は悪くないよ。――またいつか、生まれ変わった時に逢おう』


そして、マーヴィンが飛び降りた“あの瞬間”、確かに誰かの声が、頭の中に響いた。

「選ばれし“騙しの言葉”よ、次の世界でその力を使え」
「これは報いではない。“選択”だ」

その“声”が、彼だけに与えられたのではなかったとしたら?

(もしかすると……彼女も、“同じ声”に導かれて、ここに来たのか?)

「……まさか、あの女まで……」

「え?」

「いや、こっちの話だよ。
ただ、もう少し“掘って”みる必要がありそうだ」

セシリアは不安そうに見つめる。

「エルナ様って、危険な方なのですか……?」

マーヴィンは少し考えてから、静かに言った。

「……あの女は、“信じて祈る人間”じゃない。
“信じさせて、従わせる”ために祈ってる。
……それが、制度の聖女というものだ」

セシリアの胸に、言葉では表せない痛みが走った。

「……でも、それじゃ……」

「君は、“自分のために祈る”。
それがいい。
君は、“人を救いたい”じゃなく、“痛みに寄り添いたい”と思ってる。
それは本物だ。
それに勝てる偽りなんて、この世にない」

セシリアの目に、涙がにじんだ。

(わたしは、誰かに必要とされたくて、祈っていた)
(でも今、マーヴィン様に“在っていい”と言われて……)
(初めて……わたしは、わたしを信じてもいいと思えた)

彼女はそっと、マーヴィンの袖を握った。

「……ありがとう。
わたし、やっぱり……“聖女”として、あなたの隣にいたいです」

その一言に、マーヴィンの心がわずかに揺れた。

(……君はまだ何も知らない。
俺がどんな過去を持ち、どれほど多くの人を“信じさせてきた”か)

(それでも……君が俺の隣に立ちたいと言ってくれるなら――)

「……ああ。俺も、君の隣を選ぶよ。
この世界の真実がどうであれ、君の祈りだけは、守り抜く」



しかし、その夜。

エルナは教会の離れにある部屋で、鏡の前に立っていた。

そして、誰もいない部屋で、静かに呟いた。

「マーヴィン……やっぱり、あなたもここにいたのね」

鏡に映る瞳は、冷たく、哀しかった。

「でも、今度こそ――あなたを“撃たない”と誓ったのよ」

「……わたしは、あなたを救うために、この世界に来たのだから」
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