26 / 53
第3章:灰と炎の預言
第9話『声の正体』
しおりを挟む
夜。
教会の礼拝堂には誰もいなかった。
石造りの壁に蝋燭の灯がちらちらと揺れ、セシリアの影が長く床に伸びている。
彼女は、ひとり祭壇の前に跪き、静かに両手を組んでいた。
だが、祈りの言葉は出てこなかった。
口を動かそうとすると、なぜか喉が詰まる。
(……私がここにいることは、まだ意味があるのだろうか)
エルナの到来以来、町の人々の態度は急激に変わった。
かつて毎朝訪れていた子ども連れの母親たちも、今は別の広場に設けられた“第二祈祷所”に通うようになったという。
その祈祷所の前には、きちんと神殿の印が掲げられ、銀の鐘が据えられている。
そこに立つエルナは、まるで神の代弁者のようだった。
(……でも、あの人の言葉には、“熱”がない)
そう、セシリアは感じていた。
完璧で美しくて、間違いのない祝福を与える彼女から、なぜか“温もり”が感じられなかった。
そして、そのことに誰も気づかないことが、余計に怖かった。
(わたしの祈りは……間違っているの?)
そのとき、背後から声がした。
「……君の祈りが、間違ってるなら、俺なんか最初から生きてちゃいけない」
マーヴィンだった。
彼は、礼拝堂の柱に背を預け、いつもの飄々とした笑みで立っていた。
「マーヴィン様……」
「夜更かし、よくないよ。
明日も君には“信じられる祈り”を配る仕事があるんだから」
セシリアは苦笑しながら立ち上がった。
けれど、すぐに問いがこぼれる。
「ねえ……わたしの祈りって、本当に……誰かの力になっていると思いますか?」
マーヴィンは、一瞬目を伏せた。
そして、いつになく静かな声で答えた。
「祈りってね。
言葉じゃない。
でも、言葉に乗せないと、誰にも伝わらない」
「……?」
「たとえば、“がんばって”って言葉。
それだけなら、無責任にも、冷たくもなる。
でも、“君のことを思ってる”って心から言ったなら、それは祈りになる」
「……そうかもしれません」
「君の祈りには、“言葉にならない願い”がある。
だから人が泣ける。
あのエルナには、それが――ない」
セシリアが顔を上げた。
「……マーヴィン様、もしかして……あの方のこと、何か知ってるんですか?」
マーヴィンは返事をしなかった。
だがその目は、過去の深いところを見ていた。
(あの声……あの語り口……そしてあの笑み)
(“あれ”は……“地球”の女だ)
彼がその違和感に気づいたのは、初対面のほんの一瞬――
ごく微かに発された、“英語のアクセント”だった。
祝福の言葉の中に、ごく僅かだが地球のイントネーションが混じっていた。
しかもそれは、マーヴィンが“死んだあの日”、彼を撃った美人警官の声と――ほとんど、同じだった。
(まさか……あの時、あのビルから俺が落ちたあと――)
マーヴィンは、当時の記憶を思い返す。
―
『ごめんなさいマーヴィン、私もすぐ後を追うから』
『君は悪くないよ。――またいつか、生まれ変わった時に逢おう』
―
そして、マーヴィンが飛び降りた“あの瞬間”、確かに誰かの声が、頭の中に響いた。
「選ばれし“騙しの言葉”よ、次の世界でその力を使え」
「これは報いではない。“選択”だ」
その“声”が、彼だけに与えられたのではなかったとしたら?
(もしかすると……彼女も、“同じ声”に導かれて、ここに来たのか?)
「……まさか、あの女まで……」
「え?」
「いや、こっちの話だよ。
ただ、もう少し“掘って”みる必要がありそうだ」
セシリアは不安そうに見つめる。
「エルナ様って、危険な方なのですか……?」
マーヴィンは少し考えてから、静かに言った。
「……あの女は、“信じて祈る人間”じゃない。
“信じさせて、従わせる”ために祈ってる。
……それが、制度の聖女というものだ」
セシリアの胸に、言葉では表せない痛みが走った。
「……でも、それじゃ……」
「君は、“自分のために祈る”。
それがいい。
君は、“人を救いたい”じゃなく、“痛みに寄り添いたい”と思ってる。
それは本物だ。
それに勝てる偽りなんて、この世にない」
セシリアの目に、涙がにじんだ。
(わたしは、誰かに必要とされたくて、祈っていた)
(でも今、マーヴィン様に“在っていい”と言われて……)
(初めて……わたしは、わたしを信じてもいいと思えた)
彼女はそっと、マーヴィンの袖を握った。
「……ありがとう。
わたし、やっぱり……“聖女”として、あなたの隣にいたいです」
その一言に、マーヴィンの心がわずかに揺れた。
(……君はまだ何も知らない。
俺がどんな過去を持ち、どれほど多くの人を“信じさせてきた”か)
(それでも……君が俺の隣に立ちたいと言ってくれるなら――)
「……ああ。俺も、君の隣を選ぶよ。
この世界の真実がどうであれ、君の祈りだけは、守り抜く」
—
しかし、その夜。
エルナは教会の離れにある部屋で、鏡の前に立っていた。
そして、誰もいない部屋で、静かに呟いた。
「マーヴィン……やっぱり、あなたもここにいたのね」
鏡に映る瞳は、冷たく、哀しかった。
「でも、今度こそ――あなたを“撃たない”と誓ったのよ」
「……わたしは、あなたを救うために、この世界に来たのだから」
教会の礼拝堂には誰もいなかった。
石造りの壁に蝋燭の灯がちらちらと揺れ、セシリアの影が長く床に伸びている。
彼女は、ひとり祭壇の前に跪き、静かに両手を組んでいた。
だが、祈りの言葉は出てこなかった。
口を動かそうとすると、なぜか喉が詰まる。
(……私がここにいることは、まだ意味があるのだろうか)
エルナの到来以来、町の人々の態度は急激に変わった。
かつて毎朝訪れていた子ども連れの母親たちも、今は別の広場に設けられた“第二祈祷所”に通うようになったという。
その祈祷所の前には、きちんと神殿の印が掲げられ、銀の鐘が据えられている。
そこに立つエルナは、まるで神の代弁者のようだった。
(……でも、あの人の言葉には、“熱”がない)
そう、セシリアは感じていた。
完璧で美しくて、間違いのない祝福を与える彼女から、なぜか“温もり”が感じられなかった。
そして、そのことに誰も気づかないことが、余計に怖かった。
(わたしの祈りは……間違っているの?)
そのとき、背後から声がした。
「……君の祈りが、間違ってるなら、俺なんか最初から生きてちゃいけない」
マーヴィンだった。
彼は、礼拝堂の柱に背を預け、いつもの飄々とした笑みで立っていた。
「マーヴィン様……」
「夜更かし、よくないよ。
明日も君には“信じられる祈り”を配る仕事があるんだから」
セシリアは苦笑しながら立ち上がった。
けれど、すぐに問いがこぼれる。
「ねえ……わたしの祈りって、本当に……誰かの力になっていると思いますか?」
マーヴィンは、一瞬目を伏せた。
そして、いつになく静かな声で答えた。
「祈りってね。
言葉じゃない。
でも、言葉に乗せないと、誰にも伝わらない」
「……?」
「たとえば、“がんばって”って言葉。
それだけなら、無責任にも、冷たくもなる。
でも、“君のことを思ってる”って心から言ったなら、それは祈りになる」
「……そうかもしれません」
「君の祈りには、“言葉にならない願い”がある。
だから人が泣ける。
あのエルナには、それが――ない」
セシリアが顔を上げた。
「……マーヴィン様、もしかして……あの方のこと、何か知ってるんですか?」
マーヴィンは返事をしなかった。
だがその目は、過去の深いところを見ていた。
(あの声……あの語り口……そしてあの笑み)
(“あれ”は……“地球”の女だ)
彼がその違和感に気づいたのは、初対面のほんの一瞬――
ごく微かに発された、“英語のアクセント”だった。
祝福の言葉の中に、ごく僅かだが地球のイントネーションが混じっていた。
しかもそれは、マーヴィンが“死んだあの日”、彼を撃った美人警官の声と――ほとんど、同じだった。
(まさか……あの時、あのビルから俺が落ちたあと――)
マーヴィンは、当時の記憶を思い返す。
―
『ごめんなさいマーヴィン、私もすぐ後を追うから』
『君は悪くないよ。――またいつか、生まれ変わった時に逢おう』
―
そして、マーヴィンが飛び降りた“あの瞬間”、確かに誰かの声が、頭の中に響いた。
「選ばれし“騙しの言葉”よ、次の世界でその力を使え」
「これは報いではない。“選択”だ」
その“声”が、彼だけに与えられたのではなかったとしたら?
(もしかすると……彼女も、“同じ声”に導かれて、ここに来たのか?)
「……まさか、あの女まで……」
「え?」
「いや、こっちの話だよ。
ただ、もう少し“掘って”みる必要がありそうだ」
セシリアは不安そうに見つめる。
「エルナ様って、危険な方なのですか……?」
マーヴィンは少し考えてから、静かに言った。
「……あの女は、“信じて祈る人間”じゃない。
“信じさせて、従わせる”ために祈ってる。
……それが、制度の聖女というものだ」
セシリアの胸に、言葉では表せない痛みが走った。
「……でも、それじゃ……」
「君は、“自分のために祈る”。
それがいい。
君は、“人を救いたい”じゃなく、“痛みに寄り添いたい”と思ってる。
それは本物だ。
それに勝てる偽りなんて、この世にない」
セシリアの目に、涙がにじんだ。
(わたしは、誰かに必要とされたくて、祈っていた)
(でも今、マーヴィン様に“在っていい”と言われて……)
(初めて……わたしは、わたしを信じてもいいと思えた)
彼女はそっと、マーヴィンの袖を握った。
「……ありがとう。
わたし、やっぱり……“聖女”として、あなたの隣にいたいです」
その一言に、マーヴィンの心がわずかに揺れた。
(……君はまだ何も知らない。
俺がどんな過去を持ち、どれほど多くの人を“信じさせてきた”か)
(それでも……君が俺の隣に立ちたいと言ってくれるなら――)
「……ああ。俺も、君の隣を選ぶよ。
この世界の真実がどうであれ、君の祈りだけは、守り抜く」
—
しかし、その夜。
エルナは教会の離れにある部屋で、鏡の前に立っていた。
そして、誰もいない部屋で、静かに呟いた。
「マーヴィン……やっぱり、あなたもここにいたのね」
鏡に映る瞳は、冷たく、哀しかった。
「でも、今度こそ――あなたを“撃たない”と誓ったのよ」
「……わたしは、あなたを救うために、この世界に来たのだから」
0
あなたにおすすめの小説
五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~
よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】
多くの応援、本当にありがとうございます!
職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。
持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。
偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。
「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。
草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。
頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男――
年齢なんて関係ない。
五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!
『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』
宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?
無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった!
「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」
主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!
台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに
にしのくみすた
ファンタジー
【空を飛ぶ魔女たちの、もちもち百合ファンタジー・コメディ!】
台風の夜、魔女はホウキで空を翔け――嵐と戦う!
この街で台風と戦うのは、ホウキで飛ぶ魔女の仕事だ。
空を飛ぶ魔女に憧れながらも、魔法が使えない体質のため夢を諦めたモチコ。
台風の夜、嵐に襲われて絶体絶命のピンチに陥ったモチコを救ったのは、
誰よりも速く夜空を飛ぶ“疾風迅雷の魔女”ミライアだった。
ひょんな事からミライアの相方として飛ぶことになったモチコは、
先輩のミライアとともに何度も台風へ挑み、だんだんと成長していく。
ふたりの距離が少しずつ近づいていくなか、
ミライアがあやしい『実験』をしようと言い出して……?
史上最速で空を飛ぶことにこだわる変な先輩と、全く飛べない地味メガネの後輩。
ふたりは夜空に浮かんだホウキの上で、今夜も秘密の『実験』を続けていく――。
空を飛ぶ魔女たちの、もちもち百合ファンタジー・コメディ!
【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった
黒崎隼人
ファンタジー
貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった!
辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。
一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。
追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!
『召喚ニートの異世界草原記』
KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。
ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。
剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。
――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。
面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。
そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。
「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。
昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。
……だから、今度は俺が――。
現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。
少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。
引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。
※こんな物も召喚して欲しいなって
言うのがあればリクエストして下さい。
出せるか分かりませんがやってみます。
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~
松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。
異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。
「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。
だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。
牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。
やがて彼は知らされる。
その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。
金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、
戦闘より掃除が多い異世界ライフ。
──これは、汚れと戦いながら世界を救う、
笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる