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第3章:灰と炎の預言
第10話『赦しの弾丸』
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——君は決して悪くないよ。またいつか、生まれ変わった時に逢おう
それが最後の言葉だった。
白い息がこぼれる冬の夜、高層ビルの屋上。
銃口がマーヴィンの胸に向けられ、引き金が静かに絞られた。
彼は微笑み、優しく唇を重ねた。
そして、自ら後ろへと身を投げた。
あの時、あの女は泣いていた。
涙を流しながら、「私もすぐに後を追うから」と呟いた。
――だが、撃ったのは彼女だった。
引き金を引いたのは、迷いではなく、嫉妬だった。
(それでも、あの時……彼女の目は、どこまでも“まっすぐ”だった)
異世界に転移してから、マーヴィンはそのことを思い出すのを避けてきた。
“過去”に囚われると、言葉が鈍る。
“感情”に縛られると、嘘が使いにくくなる。
それが彼の生き方だった。
だが今、彼の前に――エルナ・ヴァレンタインという名の“あの女”が立っていた。
もちろん、容姿も名も違う。
だが、言葉の節回し。語るリズム。
何よりも、あの声に宿る“哀しみの静けさ”。
間違いなく、あれは――地球で彼を撃った女警官、クラリッサ・ハーグレイヴだった。
(なぜ、君がここにいる?)
(そして、何を“赦しに来た”んだ?)
—
その日、教会の裏庭。
マーヴィンは一人で整備中の井戸に腰掛けていた。
いつものように周囲を観察していた彼の元に、エルナが歩み寄る。
「お一人のようでしたので」
「珍しい。あなたが“わざわざ話しかけに来る”なんて」
「……少しだけ、個人的なことを」
マーヴィンは一瞬、警戒の色を見せたが、それを悟らせない笑みで応じる。
「じゃあ、俺も少しだけ“個人的に”応じよう。
どうした、“クラリッサ”?」
その名を聞いた瞬間、エルナの顔から血の気が引いた。
沈黙。
風の音だけが、二人の間を満たした。
「……やっぱり、気づいていたのね」
「なにせ、死に際に君の声を聞いてるからな。忘れようがない」
エルナ――クラリッサは、静かに首を振った。
「わたしも……あの夜、死んだと思ってたの。
あなたを撃って、あなたが落ちていって。
わたしも、拳銃を握ったまま自分の頭に向けて……でも、撃てなかった」
「撃てなかった女が、今度は“神の祝福者”になって現れる。皮肉だな」
「……目を覚ましたら、ここにいた。
名前も知らない世界。
誰にも過去を話せなくて……それでも、目の前の人を救おうと思った。
それだけが、わたしの償いだった」
「償い?」
マーヴィンの声が、少しだけ強くなる。
「俺は、あの夜、君に“また逢おう”って言った。
俺を撃ったその手を、咎めもしなかった。
それなのに……君は“赦されてない”と思い込んでる」
クラリッサの目に、苦しみの色が浮かぶ。
「赦されてなかったんじゃない。
……わたしが、自分を赦せなかったの」
「……」
「あなたを撃ったのは、任務じゃなかった。
“他の女のことを見てるあなたが許せなかった”。
……ただ、それだけの、子供みたいな嫉妬」
言葉を絞るように吐き出す彼女に、マーヴィンはしばらく何も言わなかった。
(そんな理由で、俺は撃たれた。だが――)
彼は立ち上がり、クラリッサの前に歩み寄った。
「嫉妬するほど、俺を想ってた。それでいいじゃないか。
それが“本当の気持ち”なら、俺はあの一発、別に嫌じゃなかった」
クラリッサは、息を呑んだ。
「……ほんと、あなたって……」
マーヴィンは笑う。
「この世界でも、俺は“言葉だけで生きてる”んだ。
君の嘘も、痛みも、祈りも、全部――わかるさ」
そして、ふと、彼は視線を遠くに投げた。
「だけどな、クラリッサ。
君がここで“制度の聖女”として、セシリアを押しのけようとしてるなら――
それだけは赦さない。
俺が守るのは、君じゃない。
“あの子の祈り”だ」
クラリッサは、唇を噛み締めた。
そして、静かに言った。
「……あの子は、“神に選ばれてる”。
それも、ただの祝福者なんかじゃない。
“真の聖女”として、世界を左右する存在よ」
「……」
「でも、その力は“心”に引っ張られる。
彼女が壊れたら、その祝福は――“災厄”になる」
マーヴィンの目が細まる。
「……それを防ぐために、君は来たってことか」
「そう。
わたしは“彼女を守るため”に、神殿に従ってここにいる」
「それでも、俺は“セシリアの心”を守る。
制度じゃない。使命でもない。
……彼女自身が、祈りたいと思うその気持ちを、誰よりも信じたい」
二人の視線が、強く交錯した。
かつての裏切りと赦し。
今の信頼と誓い。
それは過去と現在の“赦しの弾丸”として、互いの心に撃ち込まれていた。
—
その夜。
セシリアは、教会の塔の上で星を見ていた。
風が吹き、髪が揺れる。
(わたしは、まだ“選ばれて”いない)
(でも、わたしの“祈り”は、わたしだけのもの)
そして彼女は、そっと胸元のロザリオを握った。
「マーヴィン様……
わたし、もう“逃げない”って決めました」
「だからどうか……わたしが迷った時、そばにいてください」
その願いは、星の向こうに届いたかはわからない。
だが、それでも祈る。
彼女は――“聖女”だから。
それが最後の言葉だった。
白い息がこぼれる冬の夜、高層ビルの屋上。
銃口がマーヴィンの胸に向けられ、引き金が静かに絞られた。
彼は微笑み、優しく唇を重ねた。
そして、自ら後ろへと身を投げた。
あの時、あの女は泣いていた。
涙を流しながら、「私もすぐに後を追うから」と呟いた。
――だが、撃ったのは彼女だった。
引き金を引いたのは、迷いではなく、嫉妬だった。
(それでも、あの時……彼女の目は、どこまでも“まっすぐ”だった)
異世界に転移してから、マーヴィンはそのことを思い出すのを避けてきた。
“過去”に囚われると、言葉が鈍る。
“感情”に縛られると、嘘が使いにくくなる。
それが彼の生き方だった。
だが今、彼の前に――エルナ・ヴァレンタインという名の“あの女”が立っていた。
もちろん、容姿も名も違う。
だが、言葉の節回し。語るリズム。
何よりも、あの声に宿る“哀しみの静けさ”。
間違いなく、あれは――地球で彼を撃った女警官、クラリッサ・ハーグレイヴだった。
(なぜ、君がここにいる?)
(そして、何を“赦しに来た”んだ?)
—
その日、教会の裏庭。
マーヴィンは一人で整備中の井戸に腰掛けていた。
いつものように周囲を観察していた彼の元に、エルナが歩み寄る。
「お一人のようでしたので」
「珍しい。あなたが“わざわざ話しかけに来る”なんて」
「……少しだけ、個人的なことを」
マーヴィンは一瞬、警戒の色を見せたが、それを悟らせない笑みで応じる。
「じゃあ、俺も少しだけ“個人的に”応じよう。
どうした、“クラリッサ”?」
その名を聞いた瞬間、エルナの顔から血の気が引いた。
沈黙。
風の音だけが、二人の間を満たした。
「……やっぱり、気づいていたのね」
「なにせ、死に際に君の声を聞いてるからな。忘れようがない」
エルナ――クラリッサは、静かに首を振った。
「わたしも……あの夜、死んだと思ってたの。
あなたを撃って、あなたが落ちていって。
わたしも、拳銃を握ったまま自分の頭に向けて……でも、撃てなかった」
「撃てなかった女が、今度は“神の祝福者”になって現れる。皮肉だな」
「……目を覚ましたら、ここにいた。
名前も知らない世界。
誰にも過去を話せなくて……それでも、目の前の人を救おうと思った。
それだけが、わたしの償いだった」
「償い?」
マーヴィンの声が、少しだけ強くなる。
「俺は、あの夜、君に“また逢おう”って言った。
俺を撃ったその手を、咎めもしなかった。
それなのに……君は“赦されてない”と思い込んでる」
クラリッサの目に、苦しみの色が浮かぶ。
「赦されてなかったんじゃない。
……わたしが、自分を赦せなかったの」
「……」
「あなたを撃ったのは、任務じゃなかった。
“他の女のことを見てるあなたが許せなかった”。
……ただ、それだけの、子供みたいな嫉妬」
言葉を絞るように吐き出す彼女に、マーヴィンはしばらく何も言わなかった。
(そんな理由で、俺は撃たれた。だが――)
彼は立ち上がり、クラリッサの前に歩み寄った。
「嫉妬するほど、俺を想ってた。それでいいじゃないか。
それが“本当の気持ち”なら、俺はあの一発、別に嫌じゃなかった」
クラリッサは、息を呑んだ。
「……ほんと、あなたって……」
マーヴィンは笑う。
「この世界でも、俺は“言葉だけで生きてる”んだ。
君の嘘も、痛みも、祈りも、全部――わかるさ」
そして、ふと、彼は視線を遠くに投げた。
「だけどな、クラリッサ。
君がここで“制度の聖女”として、セシリアを押しのけようとしてるなら――
それだけは赦さない。
俺が守るのは、君じゃない。
“あの子の祈り”だ」
クラリッサは、唇を噛み締めた。
そして、静かに言った。
「……あの子は、“神に選ばれてる”。
それも、ただの祝福者なんかじゃない。
“真の聖女”として、世界を左右する存在よ」
「……」
「でも、その力は“心”に引っ張られる。
彼女が壊れたら、その祝福は――“災厄”になる」
マーヴィンの目が細まる。
「……それを防ぐために、君は来たってことか」
「そう。
わたしは“彼女を守るため”に、神殿に従ってここにいる」
「それでも、俺は“セシリアの心”を守る。
制度じゃない。使命でもない。
……彼女自身が、祈りたいと思うその気持ちを、誰よりも信じたい」
二人の視線が、強く交錯した。
かつての裏切りと赦し。
今の信頼と誓い。
それは過去と現在の“赦しの弾丸”として、互いの心に撃ち込まれていた。
—
その夜。
セシリアは、教会の塔の上で星を見ていた。
風が吹き、髪が揺れる。
(わたしは、まだ“選ばれて”いない)
(でも、わたしの“祈り”は、わたしだけのもの)
そして彼女は、そっと胸元のロザリオを握った。
「マーヴィン様……
わたし、もう“逃げない”って決めました」
「だからどうか……わたしが迷った時、そばにいてください」
その願いは、星の向こうに届いたかはわからない。
だが、それでも祈る。
彼女は――“聖女”だから。
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