引退詐欺師、異世界で聖女の相談役になる

naomikoryo

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第3章:灰と炎の預言

第11話『祈りの選択』

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その朝、町の空気は妙に澄んでいた。

風は穏やかで、空は晴れている。
だが、人々の足取りには、重い迷いが宿っていた。
今日は、神殿の使者が教会を訪れ、“聖女の資格”について正式な判断を下す日だった。

それは、ただの儀式でもなければ、象徴的な発表でもない。
この町に、二人の聖女は“要らない”という、制度側の理屈が先にあった。



「……なるほどね」

マーヴィンは、手紙を見つめながら声を漏らした。

前日夜、神殿から届いた通知には、こうあった。

『神殿は、祝福者エルナ・ヴァレンタインを正式な聖女とし、
セシリア・ミリエルの任命を一時凍結とする。
ただし、凍結に伴い、町の住民による“祈りの信任”を行う』

つまり、民の意志によってセシリアが再び認められれば、
神殿もその決定を尊重する“建前”を採る、ということだった。

「……信任式、ですか」

セシリアは、静かにその言葉を繰り返す。
だが、瞳は揺れていない。

「私に必要なのは、肩書きでも称号でもなく――
“祈る理由”です。
だから、受けます。この“選択”を」

「……ああ、君はそう言うと思った」

マーヴィンは、笑いながら頷いた。

(セシリアは、“信仰の形式”にすがらない。
だからこそ、本物なんだ)



信任式は、町の中央広場で行われることになった。
前回の審問と同様に、簡易の祭壇と、住民による“署名”による形が取られた。

エルナ・ヴァレンタインは、神殿の礼服を完璧に着こなし、静かに祈りの姿勢を見せていた。
その姿は、まるで神話から抜け出した信仰の化身。
誰もがうっとりと見つめるほどだった。

その隣、木製の台に立ったセシリアは、白い服にシンプルなロザリオ。
緊張していないと言えば嘘になるが、彼女の瞳はどこまでも澄んでいた。

司会の神官が声を上げる。

「本日、王都神殿の指示により、“町の祈りの象徴”を定めるための
民意の信任式を執り行います。
ここに立つ二人の祈り手、どちらを“町の聖女”として選ぶか――
あなたの心の声を、記してください」

広場の中央に、簡素な署名台が設けられた。
人々が一人、また一人と、名を記していく。

(この瞬間に、人の心の揺れが見える)

マーヴィンは広場の端で、静かに人々を見つめていた。

(形式、安心、保証――それを求めるならエルナ。
けれど、“寄り添う声”を求めるなら、セシリアだ)

書き込まれた名前は布に記録されていく。
投票は夕刻まで。

セシリアは、姿勢を崩さず、その場に立ち続けた。



午後。

署名は徐々にエルナ優勢の傾向を見せていた。

商人、役人、神殿関係者――制度に寄りかかる者たちは当然エルナに署名する。
だが、セシリアに署名する者もいた。

子どもたち、薬草師の老婆、かつてセシリアの祈りで命を救われた母親。
言葉を交わさず、ただ静かに筆を走らせた人々は、皆“本心”でそれを記していた。

(いいぞ……まだ、届いている)

マーヴィンはその光景を見つめながら、心の中で静かに祈った。

(お前たちの“痛み”に、耳を傾けたあの子の祈りは、
誰よりも優しく、誰よりもまっすぐだった。
どうか……それを選んでくれ)



そして、夕刻。

日が傾き、司会者が開票結果を告げた。

「……本日をもって、“町の祈りの象徴”として、
過半数の信任を得た者は――」

一拍の間。

「……セシリア・ミリエルと、決定されました」

その場に、ざわめきが走る。
エルナを選んだ者たちからは失望の声が、セシリアを選んだ者たちは静かに涙を流した。

セシリア本人は、まるでそれが他人事であるかのように、静かに頭を下げた。

「ありがとうございます。
……わたしは、これからも祈ります。
神さまの声が聞こえなくても。
人の声が届かなくても。
わたし自身が、そう在りたいから」

マーヴィンは、その言葉に心の中で深く頷いた。

(お前は……もう、“本物の聖女”だ)



夜。

エルナは、教会の外の小道でマーヴィンと向かい合っていた。

「……おめでとう、マーヴィン。
“彼女”が選ばれたのね」

「選ばれたんじゃない。
彼女が“在り続けた”ことが、人の心を動かしただけさ」

エルナは静かに微笑んだ。

「……あの子は、今のわたしよりずっと強い。
本物の祈りは、いつも“心の中”にあるのね」

「それでも、君の祈りも否定しない。
……なぜなら、君は“俺を撃った”ことより、
“俺を赦そうとした”女だから」

その一言に、クラリッサ――エルナの目に、初めて涙が浮かんだ。

「ありがとう……マーヴィン」



その頃、セシリアは塔の上で、星空を見ていた。

風が優しく吹く中、彼女は小さく呟いた。

「神さま……
わたしの祈りが、誰かの心を灯せるなら、
この命、ずっと“祈り”に捧げます」

その声は、風に乗って夜空へと溶けていった。
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