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第4章:偽りの祝福者たち
第5話『導かれし言葉』
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教会の書庫に、一冊の“触れてはいけない”書があった。
羊皮紙に記されたその文字は古く、通常の神殿教義とは明らかに異なる記述が並んでいる。
「――“影の祝福”?」
マーヴィンは眉間に皺を寄せながら、頁をなぞる。
書にはこう記されていた。
『祈りは光に属するものではない。
それは影の底でも成り立つ“向けられた意志”である。』
『闇の中で祈った者は、光を知らずとも救われ得る。
だがそれを“歪めた意志”が用いれば、祈りは呪いへと転ずる。』
(これが、ゼルの言う“逆祝福”の原型……か)
マーヴィンは指を止めた。
ゼル=クレインは神を否定しているわけではない。
“祈りの機能”そのものを、光から闇へ転換させている。
“救われなかった祈り”に宿る絶望。
それを“届かないままに祈る力”に変えることで、
本来“神に属すはずの奇跡”を、人の怨念と欲望の中に再構築しているのだ。
(まるで、“別の神”を作ろうとしているみたいだな……)
マーヴィンは、書の最終ページに記された一文に目を止める。
『闇に堕ちた祈りを癒すには、
ただ一人、“痛みを抱えた祈り手”の声が必要である。』
(……痛みを抱えた、祈り手)
マーヴィンはその言葉に、ふとセシリアの顔を思い浮かべた。
彼女は“汚れなき聖女”ではない。
何度も、傷つき、迷い、恐れながら、それでも祈りを続けている。
そうだ――“完全無欠な祈り”ではなく、“壊れながら捧げる祈り”こそが、本物だ。
マーヴィンは書を閉じ、静かに立ち上がった。
一方そのころ、町の南端。
かつて礼拝堂だった石造りの小聖堂。
今は廃墟と化したその建物の中に、“逆祝福の儀式”が行われていた。
ゼル=クレインは、その中心に立っていた。
目の前に跪くのは、一人の男――かつて教会で救われなかった病人。
男は深く息を吸い、目を閉じた。
「……俺は祈った。あの娘の前で、必死に……
けど、妻は死んだ。子も……間に合わなかった……
なら、祈りに何の意味がある……?」
ゼルは静かに手を伸ばす。
「意味など、最初からなかった。
お前は“救われなかった者”として、
新たな祈りを捧げるがいい。
怒りを――悲しみを――“形”にして」
その瞬間、男の手元に置かれた白い花が、黒く染まっていく。
その花から、空気のような、だが確かに重たい“気”が広がる。
それは、セシリアの“浄化された祈り”とは正反対のもの。
負の感情を“美しく包み直した”だけの仮面のような力。
そして、それは町の一部の空気に――確かに、染み込んでいく。
ゼルは薄く笑いながら、言葉を続けた。
「祈りが神のみに属する時代は終わる。
これからは――人の感情が神となる時代だ」
—
夕方。
マーヴィンは書庫から戻り、セシリアのいる祈祷室へ向かった。
彼女は小さな女の子の手を握り、何かを諭していた。
「大丈夫。怖くなったら、こうして自分の胸に手を当てて……
“ありがとう”って、心の中で言ってみて。
そうすると、あなたの中の“優しい部分”が応えてくれるから」
女の子が、ちいさく頷く。
そのやり取りを見ていたマーヴィンは、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
セシリアが少女を見送ったあと、彼女は気づいて微笑んだ。
「マーヴィン様、何か……見つかったのですか?」
「ああ。祈りの成り立ちの……少し変わった側面だ」
「変わった、とは?」
「“祈り”は光の行為と思われがちだが、
本来は“心の向き”に過ぎない。
光でも、闇でも、どちらでもいい。
――大事なのは、“想いを向ける相手がいる”ということだ」
セシリアは目を見開き、そしてそっと頷いた。
「……それ、すごくわかる気がします。
わたし、今までずっと“祈らなきゃ”って思ってましたけど……
誰かを思っている時は、もう、それだけで“祈っている”のかもしれませんね」
マーヴィンは、少し口元を緩めた。
「そうだ。君の祈りは、もう届いている。
それを“止めようとしている奴”がいるだけだ」
「ゼル=クレイン……」
「奴は、祈りの“構造”を操作している。
それも、かなり緻密に。
“救われなかった人の心”に取り入り、
“光の祈り”と“闇の祈り”をすり替えていく」
「……どうすれば、止められるのでしょうか」
マーヴィンは彼女の瞳をじっと見つめた。
「“痛みを抱えた祈り手”だけが、それを打ち破れる。
俺にはできない。
君にしか、できない」
セシリアの胸が、静かに熱くなる。
不安もある。
怖さもある。
でも――彼女は、微笑んで頷いた。
「わたし、やってみます。
だって、“わたしにしかできない”のなら……」
マーヴィンは静かに彼女の肩に手を置いた。
「君はもう、十分に“祈れる人間”だ。
あとは、君がそれを“選ぶ”だけだ」
—
その夜。
町の一角――とある老夫婦の家で、
突然、“逆祝福”の儀式による暴走が起きる。
室内が黒く染まり、老夫婦が苦しむ中、
セシリアとマーヴィンが駆けつける。
セシリアは恐れずに踏み出し、祈りを捧げる。
「届かなくてもいい。
それでも、わたしは――あなたたちの“そばにいます”」
彼女の言葉と祈りに、黒い気はゆっくりと後退し、
最後には一筋の涙と共に、空気が澄み渡った。
老夫婦は手を取り合い、泣きながら礼を言った。
マーヴィンはその光景を見ながら、心の中でつぶやいた。
(ゼル。お前は、祈りを“奪う”ことに必死だが、
俺たちは、祈りを“返す”だけでいいんだ)
そしてその夜、風の中に、ふと“声”が囁いた。
「いいぞ、語り手よ。
その言葉が、やがて“世界を塗り替える”」
羊皮紙に記されたその文字は古く、通常の神殿教義とは明らかに異なる記述が並んでいる。
「――“影の祝福”?」
マーヴィンは眉間に皺を寄せながら、頁をなぞる。
書にはこう記されていた。
『祈りは光に属するものではない。
それは影の底でも成り立つ“向けられた意志”である。』
『闇の中で祈った者は、光を知らずとも救われ得る。
だがそれを“歪めた意志”が用いれば、祈りは呪いへと転ずる。』
(これが、ゼルの言う“逆祝福”の原型……か)
マーヴィンは指を止めた。
ゼル=クレインは神を否定しているわけではない。
“祈りの機能”そのものを、光から闇へ転換させている。
“救われなかった祈り”に宿る絶望。
それを“届かないままに祈る力”に変えることで、
本来“神に属すはずの奇跡”を、人の怨念と欲望の中に再構築しているのだ。
(まるで、“別の神”を作ろうとしているみたいだな……)
マーヴィンは、書の最終ページに記された一文に目を止める。
『闇に堕ちた祈りを癒すには、
ただ一人、“痛みを抱えた祈り手”の声が必要である。』
(……痛みを抱えた、祈り手)
マーヴィンはその言葉に、ふとセシリアの顔を思い浮かべた。
彼女は“汚れなき聖女”ではない。
何度も、傷つき、迷い、恐れながら、それでも祈りを続けている。
そうだ――“完全無欠な祈り”ではなく、“壊れながら捧げる祈り”こそが、本物だ。
マーヴィンは書を閉じ、静かに立ち上がった。
一方そのころ、町の南端。
かつて礼拝堂だった石造りの小聖堂。
今は廃墟と化したその建物の中に、“逆祝福の儀式”が行われていた。
ゼル=クレインは、その中心に立っていた。
目の前に跪くのは、一人の男――かつて教会で救われなかった病人。
男は深く息を吸い、目を閉じた。
「……俺は祈った。あの娘の前で、必死に……
けど、妻は死んだ。子も……間に合わなかった……
なら、祈りに何の意味がある……?」
ゼルは静かに手を伸ばす。
「意味など、最初からなかった。
お前は“救われなかった者”として、
新たな祈りを捧げるがいい。
怒りを――悲しみを――“形”にして」
その瞬間、男の手元に置かれた白い花が、黒く染まっていく。
その花から、空気のような、だが確かに重たい“気”が広がる。
それは、セシリアの“浄化された祈り”とは正反対のもの。
負の感情を“美しく包み直した”だけの仮面のような力。
そして、それは町の一部の空気に――確かに、染み込んでいく。
ゼルは薄く笑いながら、言葉を続けた。
「祈りが神のみに属する時代は終わる。
これからは――人の感情が神となる時代だ」
—
夕方。
マーヴィンは書庫から戻り、セシリアのいる祈祷室へ向かった。
彼女は小さな女の子の手を握り、何かを諭していた。
「大丈夫。怖くなったら、こうして自分の胸に手を当てて……
“ありがとう”って、心の中で言ってみて。
そうすると、あなたの中の“優しい部分”が応えてくれるから」
女の子が、ちいさく頷く。
そのやり取りを見ていたマーヴィンは、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
セシリアが少女を見送ったあと、彼女は気づいて微笑んだ。
「マーヴィン様、何か……見つかったのですか?」
「ああ。祈りの成り立ちの……少し変わった側面だ」
「変わった、とは?」
「“祈り”は光の行為と思われがちだが、
本来は“心の向き”に過ぎない。
光でも、闇でも、どちらでもいい。
――大事なのは、“想いを向ける相手がいる”ということだ」
セシリアは目を見開き、そしてそっと頷いた。
「……それ、すごくわかる気がします。
わたし、今までずっと“祈らなきゃ”って思ってましたけど……
誰かを思っている時は、もう、それだけで“祈っている”のかもしれませんね」
マーヴィンは、少し口元を緩めた。
「そうだ。君の祈りは、もう届いている。
それを“止めようとしている奴”がいるだけだ」
「ゼル=クレイン……」
「奴は、祈りの“構造”を操作している。
それも、かなり緻密に。
“救われなかった人の心”に取り入り、
“光の祈り”と“闇の祈り”をすり替えていく」
「……どうすれば、止められるのでしょうか」
マーヴィンは彼女の瞳をじっと見つめた。
「“痛みを抱えた祈り手”だけが、それを打ち破れる。
俺にはできない。
君にしか、できない」
セシリアの胸が、静かに熱くなる。
不安もある。
怖さもある。
でも――彼女は、微笑んで頷いた。
「わたし、やってみます。
だって、“わたしにしかできない”のなら……」
マーヴィンは静かに彼女の肩に手を置いた。
「君はもう、十分に“祈れる人間”だ。
あとは、君がそれを“選ぶ”だけだ」
—
その夜。
町の一角――とある老夫婦の家で、
突然、“逆祝福”の儀式による暴走が起きる。
室内が黒く染まり、老夫婦が苦しむ中、
セシリアとマーヴィンが駆けつける。
セシリアは恐れずに踏み出し、祈りを捧げる。
「届かなくてもいい。
それでも、わたしは――あなたたちの“そばにいます”」
彼女の言葉と祈りに、黒い気はゆっくりと後退し、
最後には一筋の涙と共に、空気が澄み渡った。
老夫婦は手を取り合い、泣きながら礼を言った。
マーヴィンはその光景を見ながら、心の中でつぶやいた。
(ゼル。お前は、祈りを“奪う”ことに必死だが、
俺たちは、祈りを“返す”だけでいいんだ)
そしてその夜、風の中に、ふと“声”が囁いた。
「いいぞ、語り手よ。
その言葉が、やがて“世界を塗り替える”」
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