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第4章:偽りの祝福者たち
最終話『最後の語り手』
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静けさが町を包んでいた。
あの夜、セシリアの祈りが町を包み込んだ瞬間、
人々の心から、重くのしかかっていた“怒り”と“悲しみ”が、
音もなくほどけていった。
街路は静かに輝き、
人々は口にしないまま、涙をこぼした。
まるで、長い長い夢から醒めたような朝だった。
だが、マーヴィンの胸には、
一つだけ、まだ解かれていない“問い”が残っていた。
ゼル=クレイン――
あの男は、あの場に姿を見せなかった。
群衆を揺さぶったのは、すべて“信徒たち”の行動。
ゼル本人は、どこにも現れなかった。
(なぜだ……なぜ、あの場に“奴”はいなかった)
(何を恐れた? それとも、まだ“仕掛け”があるのか……?)
そう考える間もなく、マーヴィンのもとに一枚の紙が届いた。
差出人は記されていない。
だが、その筆跡は、マーヴィンの記憶に刻まれていた。
「最後の対話を、あの丘の上で」
「君が、“語り手”であるならば」
(……来たか)
マーヴィンは、外套を羽織り、誰にも告げずに出発した。
—
町外れ、小高い丘。
その場所は、町を見下ろすようにしてぽつんと佇む、古い祭壇の跡だった。
苔むした石の上に、黒い法衣をまとった男が立っていた。
ゼル=クレイン。
彼はマーヴィンが現れたのを見ても、動じることなく言った。
「来てくれて、感謝する」
「礼はいらんよ。どうせ、お前はここで“最後の言葉”を吐く気なんだろ」
マーヴィンは無造作に歩を進める。
「お前の信徒たちは、あの夜、祈りを思い出した。
怒りも、嘆きも、“祈りのうち”にあった。
セシリアがそれを示した。
もうお前の教えに“すがる必要”はない」
ゼルは一瞬だけ微笑んだ。
「それでも、私は信じている。
“救われない者”の祈りが、もっとも純粋だと」
「お前はまだ、それを“純粋”と言い切るのか」
「祈りとは、絶望とともに生まれる。
誰もが希望を抱いて祈るのではない。
時には、神を呪いながらも祈る。
それでも、祈らずにはいられない人間の“哀しさ”が、私は好きだった」
マーヴィンは足を止める。
「……お前、“救われたくなかった”のか」
ゼルは、ゆっくりと目を伏せた。
「かつて、私は修道院で祈っていた。
毎日、何百人の“願い”を記し、神に捧げた。
だが――ある日、妹が病に倒れた。
私の唯一の家族だった」
「私は誰よりも祈った。
誰よりも信じていた。
だが……彼女は、救われなかった」
マーヴィンはその言葉を、遮らなかった。
ゼルは続ける。
「だから私は、“届かない祈り”を、忘れないことにした。
語られなかった声を、聴き続ける者になった。
……そうすれば、いつか神も気づくだろうと」
「ならば、お前の願いは“復讐”じゃなかったんだな」
ゼルは静かにうなずいた。
「私は、“語られなかった祈り”を語るためだけに、生きてきた。
……だが、今なら分かる。
私が本当に欲しかったのは、“誰かにその祈りを聴いてほしかった”ということだ」
「マーヴィン。
君は、“誰かのために祈る力”を持っている。
それは、私にはできなかったことだ」
風が吹いた。
ゼルの黒衣が揺れる。
「君に、頼みがある」
「なんだ?」
ゼルは懐から、一冊の小さな祈祷日記を取り出した。
古びた布で綴られたそれには、
無数の名前と願いが、ぎっしりと記されていた。
「これは、私がこれまでに出会った人々の祈りを記した本だ。
叶わなかったものばかりだが……
どうか、これだけは“語り続けて”くれないか」
マーヴィンはそれを受け取り、じっと見つめた。
その指が、静かに表紙を撫でる。
「語るさ。
それが、俺の役目なんだろ。
“嘘でもなく、真実だけでもない”……
語り継がれる声が、祈りを残すんだ」
ゼルは小さく、微笑んだ。
「……ありがとう。
これで、ようやく、眠れる気がする」
そう言って、彼はふっと、腰を下ろした。
祭壇の石の上。
まるで、長い旅を終えた者のように、
その身体はゆっくりと、静かに横たわっていった。
—
その夜。
マーヴィンは祈祷室に戻り、
セシリアとともに、ゼルから託された祈祷日記を開いた。
「これは……」
「誰にも届かなかった声だ。
でも、もう“語り手”がいる。
君と俺が――語っていく限り、彼らの祈りは生き続ける」
セシリアは、涙をこぼした。
「わたし……祈ります。
届かなかった祈りを、
いつか、誰かが受け取れるように」
マーヴィンは、そっと隣に座り、微笑む。
「その時、俺が“導入の一文”を書こう。
“これは、とある町に残された祈りの記録である”……ってな」
セシリアは笑い、そっと目を閉じた。
新たな朝が、二人の頭上に差し込んできていた。
そして――
物語は、静かに幕を閉じた。
あの夜、セシリアの祈りが町を包み込んだ瞬間、
人々の心から、重くのしかかっていた“怒り”と“悲しみ”が、
音もなくほどけていった。
街路は静かに輝き、
人々は口にしないまま、涙をこぼした。
まるで、長い長い夢から醒めたような朝だった。
だが、マーヴィンの胸には、
一つだけ、まだ解かれていない“問い”が残っていた。
ゼル=クレイン――
あの男は、あの場に姿を見せなかった。
群衆を揺さぶったのは、すべて“信徒たち”の行動。
ゼル本人は、どこにも現れなかった。
(なぜだ……なぜ、あの場に“奴”はいなかった)
(何を恐れた? それとも、まだ“仕掛け”があるのか……?)
そう考える間もなく、マーヴィンのもとに一枚の紙が届いた。
差出人は記されていない。
だが、その筆跡は、マーヴィンの記憶に刻まれていた。
「最後の対話を、あの丘の上で」
「君が、“語り手”であるならば」
(……来たか)
マーヴィンは、外套を羽織り、誰にも告げずに出発した。
—
町外れ、小高い丘。
その場所は、町を見下ろすようにしてぽつんと佇む、古い祭壇の跡だった。
苔むした石の上に、黒い法衣をまとった男が立っていた。
ゼル=クレイン。
彼はマーヴィンが現れたのを見ても、動じることなく言った。
「来てくれて、感謝する」
「礼はいらんよ。どうせ、お前はここで“最後の言葉”を吐く気なんだろ」
マーヴィンは無造作に歩を進める。
「お前の信徒たちは、あの夜、祈りを思い出した。
怒りも、嘆きも、“祈りのうち”にあった。
セシリアがそれを示した。
もうお前の教えに“すがる必要”はない」
ゼルは一瞬だけ微笑んだ。
「それでも、私は信じている。
“救われない者”の祈りが、もっとも純粋だと」
「お前はまだ、それを“純粋”と言い切るのか」
「祈りとは、絶望とともに生まれる。
誰もが希望を抱いて祈るのではない。
時には、神を呪いながらも祈る。
それでも、祈らずにはいられない人間の“哀しさ”が、私は好きだった」
マーヴィンは足を止める。
「……お前、“救われたくなかった”のか」
ゼルは、ゆっくりと目を伏せた。
「かつて、私は修道院で祈っていた。
毎日、何百人の“願い”を記し、神に捧げた。
だが――ある日、妹が病に倒れた。
私の唯一の家族だった」
「私は誰よりも祈った。
誰よりも信じていた。
だが……彼女は、救われなかった」
マーヴィンはその言葉を、遮らなかった。
ゼルは続ける。
「だから私は、“届かない祈り”を、忘れないことにした。
語られなかった声を、聴き続ける者になった。
……そうすれば、いつか神も気づくだろうと」
「ならば、お前の願いは“復讐”じゃなかったんだな」
ゼルは静かにうなずいた。
「私は、“語られなかった祈り”を語るためだけに、生きてきた。
……だが、今なら分かる。
私が本当に欲しかったのは、“誰かにその祈りを聴いてほしかった”ということだ」
「マーヴィン。
君は、“誰かのために祈る力”を持っている。
それは、私にはできなかったことだ」
風が吹いた。
ゼルの黒衣が揺れる。
「君に、頼みがある」
「なんだ?」
ゼルは懐から、一冊の小さな祈祷日記を取り出した。
古びた布で綴られたそれには、
無数の名前と願いが、ぎっしりと記されていた。
「これは、私がこれまでに出会った人々の祈りを記した本だ。
叶わなかったものばかりだが……
どうか、これだけは“語り続けて”くれないか」
マーヴィンはそれを受け取り、じっと見つめた。
その指が、静かに表紙を撫でる。
「語るさ。
それが、俺の役目なんだろ。
“嘘でもなく、真実だけでもない”……
語り継がれる声が、祈りを残すんだ」
ゼルは小さく、微笑んだ。
「……ありがとう。
これで、ようやく、眠れる気がする」
そう言って、彼はふっと、腰を下ろした。
祭壇の石の上。
まるで、長い旅を終えた者のように、
その身体はゆっくりと、静かに横たわっていった。
—
その夜。
マーヴィンは祈祷室に戻り、
セシリアとともに、ゼルから託された祈祷日記を開いた。
「これは……」
「誰にも届かなかった声だ。
でも、もう“語り手”がいる。
君と俺が――語っていく限り、彼らの祈りは生き続ける」
セシリアは、涙をこぼした。
「わたし……祈ります。
届かなかった祈りを、
いつか、誰かが受け取れるように」
マーヴィンは、そっと隣に座り、微笑む。
「その時、俺が“導入の一文”を書こう。
“これは、とある町に残された祈りの記録である”……ってな」
セシリアは笑い、そっと目を閉じた。
新たな朝が、二人の頭上に差し込んできていた。
そして――
物語は、静かに幕を閉じた。
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