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第5章:火の聖都と銀の処刑人
第1話『ひとつの夜、ひとつの祈り』
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火の聖都からの使者が教会に現れたのは、夕暮れのころだった。
深紅の外套を纏い、白銀の封蝋がついた分厚い文書を差し出す彼らに、
子どもたちは興味津々の目を向け、マーヴィンは沈黙したままその封筒を受け取った。
「火の神政会議より、聖女セシリア殿へ」
「正式な“信仰調査”を目的とした表敬招待です」
そう、使者は告げた。
それは、いかにも丁寧な言葉づかいだったが――
その実、「お前の存在が国家にとって危険かどうかを見極める」という意味にほかならない。
封筒を開いたマーヴィンの顔が、一瞬だけ険しくなった。
しかしすぐに、笑みを作って言った。
「へえ……わざわざ“火の国”からお出ましとは、ずいぶんと丁寧なことだな」
セシリアが近づいてきて、肩越しに文面を覗き込む。
「これは……」
彼女の表情は、穏やかで、しかし微かに不安を滲ませていた。
マーヴィンは彼女の肩に手を置き、子どもたちに聞こえないように囁く。
「向こうは、おそらく“神の奇跡”を独占したい。
その中で、君のような“民の間で支持された聖女”は、都合が悪いんだ」
「……なら、行くべきじゃないんじゃ……?」
「いや、逆だ」
「こういう時は、逃げたほうが“物語をねじ曲げられる”」
「語られる前に、先に“語っておく”ほうが得策さ」
マーヴィンのその言葉に、セシリアは小さく頷いた。
「わかりました。わたし、行きます。
――でも、教会の子たちが心配です」
すると、奥から声が飛んだ。
「だったら、わたしが残るわ!」
そう言って前に出てきたのは、エルナだった。
セシリアの旅に一度同行し、そして傷を負って戻ってきた彼女。
今では、孤児たちの面倒をよく見てくれている。
エルナは堂々と手を腰に当て、笑って見せた。
「みんな、わたしのこと“怒ると怖い”って思ってるし、
わりとしっかり言うこと聞いてくれるのよ」
「それに……今のセシリア様は、わたしがいなくてもちゃんと“聖女”だわ」
セシリアは目を丸くし、そして涙ぐみながらエルナに抱きついた。
「ありがとう……ありがとう、エルナ……!」
「しっかり帰ってきなさいよ。わたし、ここで待ってるから」
夕暮れの光が、二人の背を照らす。
その日、教会には穏やかな祝福の気配が満ちていた。
――だが、夜は別の顔を持っていた。
*
夜半。
すでに子どもたちも眠りについたころ、マーヴィンの部屋の扉が静かに開かれた。
軋む音すらないほど、静かな動作。
その足取りで現れたのは――エルナだった。
白い寝巻のまま、長い髪を緩く束ねた彼女は、いつもの勝ち気な表情とは違い、
何かを押し殺したような面差しで、部屋の奥に佇むマーヴィンを見つめていた。
「……入っていい?」
マーヴィンは椅子に腰かけて本を読んでいたが、ページを閉じて静かに言った。
「こんな夜中に来るってことは、“理由”があるんだろ?」
「……うん、ある」
「でも、それは言葉にはしたくない」
エルナは、そっと近づく。
蝋燭の火が、彼女の頬を淡く照らす。
その瞳の奥にあるのは、“一度だけの願い”だった。
「今夜だけ……一度でいいから」
「わたし、誰かに“必要とされていた”って、思いたいの」
マーヴィンはその言葉を、真剣に受け止めていた。
女としての欲望ではなかった。
ただ、彼女は“聖女ではない自分”が、この物語の片隅で忘れられていくのを、
ほんの少しだけ、怖れただけだった。
マーヴィンはゆっくりと立ち上がり、言葉もなく、彼女の肩を抱いた。
エルナの身体は、小さく震えていた。
「……ありがとう」
「あなたって、ずるい人よ」
「知ってるさ」
「誰にも捕まらないで、誰にも縛られない。
でも……そのくせ、ちゃんと人を救っていく」
「だから余計に、腹立つのよ」
マーヴィンは黙って、彼女の髪を撫でた。
何も言わず、何も約束せず、
ただ、今夜だけの“祈り”を、胸の中で受け止めていた。
やがて、灯りは消えた。
夜は深く静かに更けていった。
*
翌朝、セシリアとマーヴィンは、
陽が昇る前の薄明りの中、荷車に揺られて出発した。
見送りに立ったエルナは、
いつものように腕を組み、勝ち気な笑みを浮かべていた。
「行ってらっしゃい、“聖女様”!」
「はい! 必ず戻ります!」
セシリアは元気よく手を振り、
マーヴィンは何も言わずに、ただ帽子を軽く傾けた。
馬車が遠ざかる。
その背中を、エルナはまっすぐ見つめていた。
(忘れないで。
わたしの祈りも、ちゃんと届いてるんだから)
風が吹く。
火の都への旅路が、静かに幕を開けた。
深紅の外套を纏い、白銀の封蝋がついた分厚い文書を差し出す彼らに、
子どもたちは興味津々の目を向け、マーヴィンは沈黙したままその封筒を受け取った。
「火の神政会議より、聖女セシリア殿へ」
「正式な“信仰調査”を目的とした表敬招待です」
そう、使者は告げた。
それは、いかにも丁寧な言葉づかいだったが――
その実、「お前の存在が国家にとって危険かどうかを見極める」という意味にほかならない。
封筒を開いたマーヴィンの顔が、一瞬だけ険しくなった。
しかしすぐに、笑みを作って言った。
「へえ……わざわざ“火の国”からお出ましとは、ずいぶんと丁寧なことだな」
セシリアが近づいてきて、肩越しに文面を覗き込む。
「これは……」
彼女の表情は、穏やかで、しかし微かに不安を滲ませていた。
マーヴィンは彼女の肩に手を置き、子どもたちに聞こえないように囁く。
「向こうは、おそらく“神の奇跡”を独占したい。
その中で、君のような“民の間で支持された聖女”は、都合が悪いんだ」
「……なら、行くべきじゃないんじゃ……?」
「いや、逆だ」
「こういう時は、逃げたほうが“物語をねじ曲げられる”」
「語られる前に、先に“語っておく”ほうが得策さ」
マーヴィンのその言葉に、セシリアは小さく頷いた。
「わかりました。わたし、行きます。
――でも、教会の子たちが心配です」
すると、奥から声が飛んだ。
「だったら、わたしが残るわ!」
そう言って前に出てきたのは、エルナだった。
セシリアの旅に一度同行し、そして傷を負って戻ってきた彼女。
今では、孤児たちの面倒をよく見てくれている。
エルナは堂々と手を腰に当て、笑って見せた。
「みんな、わたしのこと“怒ると怖い”って思ってるし、
わりとしっかり言うこと聞いてくれるのよ」
「それに……今のセシリア様は、わたしがいなくてもちゃんと“聖女”だわ」
セシリアは目を丸くし、そして涙ぐみながらエルナに抱きついた。
「ありがとう……ありがとう、エルナ……!」
「しっかり帰ってきなさいよ。わたし、ここで待ってるから」
夕暮れの光が、二人の背を照らす。
その日、教会には穏やかな祝福の気配が満ちていた。
――だが、夜は別の顔を持っていた。
*
夜半。
すでに子どもたちも眠りについたころ、マーヴィンの部屋の扉が静かに開かれた。
軋む音すらないほど、静かな動作。
その足取りで現れたのは――エルナだった。
白い寝巻のまま、長い髪を緩く束ねた彼女は、いつもの勝ち気な表情とは違い、
何かを押し殺したような面差しで、部屋の奥に佇むマーヴィンを見つめていた。
「……入っていい?」
マーヴィンは椅子に腰かけて本を読んでいたが、ページを閉じて静かに言った。
「こんな夜中に来るってことは、“理由”があるんだろ?」
「……うん、ある」
「でも、それは言葉にはしたくない」
エルナは、そっと近づく。
蝋燭の火が、彼女の頬を淡く照らす。
その瞳の奥にあるのは、“一度だけの願い”だった。
「今夜だけ……一度でいいから」
「わたし、誰かに“必要とされていた”って、思いたいの」
マーヴィンはその言葉を、真剣に受け止めていた。
女としての欲望ではなかった。
ただ、彼女は“聖女ではない自分”が、この物語の片隅で忘れられていくのを、
ほんの少しだけ、怖れただけだった。
マーヴィンはゆっくりと立ち上がり、言葉もなく、彼女の肩を抱いた。
エルナの身体は、小さく震えていた。
「……ありがとう」
「あなたって、ずるい人よ」
「知ってるさ」
「誰にも捕まらないで、誰にも縛られない。
でも……そのくせ、ちゃんと人を救っていく」
「だから余計に、腹立つのよ」
マーヴィンは黙って、彼女の髪を撫でた。
何も言わず、何も約束せず、
ただ、今夜だけの“祈り”を、胸の中で受け止めていた。
やがて、灯りは消えた。
夜は深く静かに更けていった。
*
翌朝、セシリアとマーヴィンは、
陽が昇る前の薄明りの中、荷車に揺られて出発した。
見送りに立ったエルナは、
いつものように腕を組み、勝ち気な笑みを浮かべていた。
「行ってらっしゃい、“聖女様”!」
「はい! 必ず戻ります!」
セシリアは元気よく手を振り、
マーヴィンは何も言わずに、ただ帽子を軽く傾けた。
馬車が遠ざかる。
その背中を、エルナはまっすぐ見つめていた。
(忘れないで。
わたしの祈りも、ちゃんと届いてるんだから)
風が吹く。
火の都への旅路が、静かに幕を開けた。
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