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第5章:火の聖都と銀の処刑人
第2話『火の都アグニス』
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朝靄を抜けて、馬車が聖都アグニスの外郭に辿り着いた時、
セシリアは思わずその息を呑んだ。
「……まるで、炎が凍ってるみたい……」
彼女の目に映ったのは、赤金色の石造りの街並み。
まるで陽光を吸い込んだように煌めく巨大な聖塔、
それを取り巻くように連なる整然とした神殿群と礼拝堂。
そのすべてが、一糸乱れぬ秩序と荘厳さに包まれていた。
「これが“火の都”か……想像よりずっと整ってるな」
マーヴィンは馬車の幌を少し持ち上げ、周囲を観察していた。
教会の鐘の音が町全体に響き渡り、
人々はまるで機械仕掛けのように同時に膝をつき、祈りの姿勢を取る。
その様子に、セシリアは思わず言葉を失った。
「……みんな、時間ぴったりに祈ってる……」
「信仰というより、訓練だな。
こういう“時間と儀式に縛られた祈り”は、奇跡を“管理”しようとする体制の現れだ」
「……管理、ですか?」
「祈りが奇跡を起こすなら、管理すれば奇跡も手に入る。
連中はそう思ってるんだろうな」
その言葉に、セシリアは何か言いかけたが、口をつぐんだ。
(祈りって、そういうものじゃない……はずなのに)
彼女の中に小さな違和感が芽生える。
*
やがて馬車は、街の中心にそびえる“礼拝塔前広場”へ到着した。
広場の中心には巨大な火炎の意匠が刻まれた噴水があり、
その周囲を白装束の神官たちが静かに歩いている。
そして、その中で唯一――赤と黒の戦装束を纏った一人の女剣士が、
マーヴィンたちを出迎えるようにして立っていた。
「お出迎えとはずいぶん丁寧だな。……貴族か、それとも軍人か?」
そう問いかけたマーヴィンに、その女剣士は眉一つ動かさず答える。
「私は火の聖都直属、第四騎士団《焔衛》副団長、
イレーヌ=ファルヴィエル。神政会議より、貴殿らの護衛を任じられている」
その声は澄んでいて、硬質だった。
髪は銀白、眼差しは燃えるような紅。
細身の身体に軽やかな鎧を纏い、腰には神聖なる火剣《ルフレ=シル》を帯びていた。
なにより、その姿勢と気配が――まったく隙を見せない。
(これは……正真正銘の“剣の人間”だな)
マーヴィンは内心、静かに舌を巻いた。
イレーヌはセシリアに目を向け、一歩前へ。
「貴女が“野に立つ聖女”と噂されるセシリア・リュミエール殿か」
「は、はい……」
「“噂”と呼ばれるほどのことは……」
「貴女の存在は、神政会議内でも意見が割れている。
我々の秩序に混乱をもたらす危険因子と見る者も多い。
故に、私は監視も兼ねて同行する。誤解なきよう」
(ずいぶんストレートだな……)
マーヴィンは苦笑しながら割り込む。
「なるほど、監視役ってわけか。
じゃあ、これからは四六時中一緒ってことだな?」
「任務ですので。
必要とあらば、貴方が何を囁こうと、耳を塞ぐ訓練もしております」
「そりゃ残念。
俺の囁きに負けた女は、これまで何人もいたんだけどな」
「……あいにく、私は“物語”よりも“事実”を好みます」
一瞬の言葉の切り返し。
イレーヌの口元が、かすかに上がったのを、マーヴィンは見逃さなかった。
(おや……意外と、冗談の通じるタイプか)
一方、セシリアは二人のやり取りに何か言おうとして、黙った。
言葉では言い表せない、小さなもやもやが胸の奥に残っていた。
(マーヴィン様、ああいう雰囲気も得意なのね……)
(いやいや、別に……何か気になるとか、そういうのじゃなくて……)
(……でも、ちょっとだけ。ほんの、ほんのちょっとだけ……)
頬が微かに熱くなる。
しかしそのことを自覚するには、まだ少し時間がかかりそうだった。
*
その後、彼らは聖都内の特別客人宿舎に通され、
翌日の“公会議謁見”までの自由時間を与えられた。
夜、マーヴィンはバルコニーから街を眺めていた。
礼拝の時間が過ぎた街は、人の気配が薄く、
まるで“信仰が去った後の抜け殻”のように静まり返っていた。
「……この街、信じてるのは“奇跡”じゃなくて、“奇跡が起きる仕組み”なんだな」
呟いたそのとき。
背後で、扉をノックする音がした。
「……入れ」
現れたのは、イレーヌだった。
「騎士団の配置確認を終えました。今後の移動予定を確認しておきます」
「ご苦労さん。まさか副団長様がわざわざ出向いてくれるとは」
「それが任務ですので」
淡々と答えながらも、イレーヌはマーヴィンの隣に立ち、夜の街を見下ろした。
「この都は、いつか崩れます」
「……ほう?」
「人々の祈りが、儀式に縛られていくほど、奇跡は応えなくなる。
火の神は、燃えたぎる想いに応じるもの――
なのに今、この都には、“燃える声”がほとんどない」
「お前は、それを放っておくのか?」
「……私は、“燃える者”が現れるのを待っています」
マーヴィンはわずかに目を細めた。
(その候補に、セシリアが入っているということか……)
イレーヌはマーヴィンに横目を向け、微かに笑った。
「貴方の言葉も、わずかに火花を散らすようですね。
……少しだけ、興味が湧きました」
「そりゃ光栄だ。
ただし、火花で終わるか、大火になるかは……君次第だ」
二人の視線が交錯する。
その夜、火の都には、わずかに風が吹いていた。
それは、“燃えない祈り”の町に、
何かが変わり始める予兆のようでもあった。
セシリアは思わずその息を呑んだ。
「……まるで、炎が凍ってるみたい……」
彼女の目に映ったのは、赤金色の石造りの街並み。
まるで陽光を吸い込んだように煌めく巨大な聖塔、
それを取り巻くように連なる整然とした神殿群と礼拝堂。
そのすべてが、一糸乱れぬ秩序と荘厳さに包まれていた。
「これが“火の都”か……想像よりずっと整ってるな」
マーヴィンは馬車の幌を少し持ち上げ、周囲を観察していた。
教会の鐘の音が町全体に響き渡り、
人々はまるで機械仕掛けのように同時に膝をつき、祈りの姿勢を取る。
その様子に、セシリアは思わず言葉を失った。
「……みんな、時間ぴったりに祈ってる……」
「信仰というより、訓練だな。
こういう“時間と儀式に縛られた祈り”は、奇跡を“管理”しようとする体制の現れだ」
「……管理、ですか?」
「祈りが奇跡を起こすなら、管理すれば奇跡も手に入る。
連中はそう思ってるんだろうな」
その言葉に、セシリアは何か言いかけたが、口をつぐんだ。
(祈りって、そういうものじゃない……はずなのに)
彼女の中に小さな違和感が芽生える。
*
やがて馬車は、街の中心にそびえる“礼拝塔前広場”へ到着した。
広場の中心には巨大な火炎の意匠が刻まれた噴水があり、
その周囲を白装束の神官たちが静かに歩いている。
そして、その中で唯一――赤と黒の戦装束を纏った一人の女剣士が、
マーヴィンたちを出迎えるようにして立っていた。
「お出迎えとはずいぶん丁寧だな。……貴族か、それとも軍人か?」
そう問いかけたマーヴィンに、その女剣士は眉一つ動かさず答える。
「私は火の聖都直属、第四騎士団《焔衛》副団長、
イレーヌ=ファルヴィエル。神政会議より、貴殿らの護衛を任じられている」
その声は澄んでいて、硬質だった。
髪は銀白、眼差しは燃えるような紅。
細身の身体に軽やかな鎧を纏い、腰には神聖なる火剣《ルフレ=シル》を帯びていた。
なにより、その姿勢と気配が――まったく隙を見せない。
(これは……正真正銘の“剣の人間”だな)
マーヴィンは内心、静かに舌を巻いた。
イレーヌはセシリアに目を向け、一歩前へ。
「貴女が“野に立つ聖女”と噂されるセシリア・リュミエール殿か」
「は、はい……」
「“噂”と呼ばれるほどのことは……」
「貴女の存在は、神政会議内でも意見が割れている。
我々の秩序に混乱をもたらす危険因子と見る者も多い。
故に、私は監視も兼ねて同行する。誤解なきよう」
(ずいぶんストレートだな……)
マーヴィンは苦笑しながら割り込む。
「なるほど、監視役ってわけか。
じゃあ、これからは四六時中一緒ってことだな?」
「任務ですので。
必要とあらば、貴方が何を囁こうと、耳を塞ぐ訓練もしております」
「そりゃ残念。
俺の囁きに負けた女は、これまで何人もいたんだけどな」
「……あいにく、私は“物語”よりも“事実”を好みます」
一瞬の言葉の切り返し。
イレーヌの口元が、かすかに上がったのを、マーヴィンは見逃さなかった。
(おや……意外と、冗談の通じるタイプか)
一方、セシリアは二人のやり取りに何か言おうとして、黙った。
言葉では言い表せない、小さなもやもやが胸の奥に残っていた。
(マーヴィン様、ああいう雰囲気も得意なのね……)
(いやいや、別に……何か気になるとか、そういうのじゃなくて……)
(……でも、ちょっとだけ。ほんの、ほんのちょっとだけ……)
頬が微かに熱くなる。
しかしそのことを自覚するには、まだ少し時間がかかりそうだった。
*
その後、彼らは聖都内の特別客人宿舎に通され、
翌日の“公会議謁見”までの自由時間を与えられた。
夜、マーヴィンはバルコニーから街を眺めていた。
礼拝の時間が過ぎた街は、人の気配が薄く、
まるで“信仰が去った後の抜け殻”のように静まり返っていた。
「……この街、信じてるのは“奇跡”じゃなくて、“奇跡が起きる仕組み”なんだな」
呟いたそのとき。
背後で、扉をノックする音がした。
「……入れ」
現れたのは、イレーヌだった。
「騎士団の配置確認を終えました。今後の移動予定を確認しておきます」
「ご苦労さん。まさか副団長様がわざわざ出向いてくれるとは」
「それが任務ですので」
淡々と答えながらも、イレーヌはマーヴィンの隣に立ち、夜の街を見下ろした。
「この都は、いつか崩れます」
「……ほう?」
「人々の祈りが、儀式に縛られていくほど、奇跡は応えなくなる。
火の神は、燃えたぎる想いに応じるもの――
なのに今、この都には、“燃える声”がほとんどない」
「お前は、それを放っておくのか?」
「……私は、“燃える者”が現れるのを待っています」
マーヴィンはわずかに目を細めた。
(その候補に、セシリアが入っているということか……)
イレーヌはマーヴィンに横目を向け、微かに笑った。
「貴方の言葉も、わずかに火花を散らすようですね。
……少しだけ、興味が湧きました」
「そりゃ光栄だ。
ただし、火花で終わるか、大火になるかは……君次第だ」
二人の視線が交錯する。
その夜、火の都には、わずかに風が吹いていた。
それは、“燃えない祈り”の町に、
何かが変わり始める予兆のようでもあった。
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