44 / 53
第5章:火の聖都と銀の処刑人
第3話『聖女審問』
しおりを挟む
翌朝、礼拝塔にある神政会議の大聖堂には、
白と金の法衣を纏った神官たちが静かに集っていた。
会場の中央には、半円形の議席席が並び、
その上段には火の神に仕えるという“五公”の姿が並ぶ。
荘厳な装飾に囲まれた空間は、
どこか神聖というより緊張を強いるための設計のようだった。
セシリアとマーヴィンは、
イレーヌの導きでその中央壇へと足を進める。
セシリアは少し緊張した様子だったが、
その歩みに乱れはなかった。
(誰かの声が、届くかもしれない場所。
なら、私は“聞くため”にここに立つ)
彼女の心は、いつも通りだった。
ただ――
上段席の最奥に、一際異質な気配があった。
銀の仮面をつけた、黒衣の人物。
他の神官たちが顔を明らかにしているなか、
その者だけは、仮面で表情を封じたまま沈黙していた。
イレーヌが小さくつぶやく。
「……あれが、処刑人《銀面のカイ》」
「そいつが今回の審問の“最終判定者”か?」
「ええ。表には出てこないけれど……異端とみなされれば、
“火刑”の執行許可が下るのも、あの者の決断です」
「ずいぶん静かな処刑人だな」
「火に焼かれた者の声は、必要以上に語られなくなる。
――彼もまた、過去に一度“声を失って”います」
マーヴィンは、視線をカイに向けた。
その仮面の奥にあるものを読み取ろうとしたが――まるで鏡のように、何も映らなかった。
やがて、審問が開始される。
中央壇に立ったセシリアに、神官長が低く問いかける。
「セシリア・リュミエール。
汝は“神より与えられし奇跡”を起こす者と称されている。
まず、信仰を語れ。汝にとって、祈りとは何か?」
セシリアは、一瞬だけ視線を伏せた。
そして、迷わず答えた。
「わたしにとって祈りとは――
“まだ、言葉にならない気持ち”を、
誰かに届けたいという願い……だと思います」
神官たちがざわめく。
「奇跡を求めぬ祈りか?」
「結果を伴わぬものに、神は応じるのか?」
「では次に問う。
“奇跡”とは、誰が起こすものか?」
「……奇跡は、神様が起こすもの……だと思っていました。
でも今は、そうではなくて……“想いが集まった時、そこに奇跡が生まれる”のだと、思うようになりました」
沈黙。
神官長は厳しい目を向ける。
「……つまり、汝は、奇跡が神の力ではないと申すか?」
マーヴィンが口を挟む前に、セシリアははっきり言った。
「いいえ。神様は“わたしたちの想い”を、きっと受け取ってくれる。
その“受け取る”ことこそが奇跡であって……
“神が与える”というより、“一緒に起こす”もの、なのだと信じています」
さらにざわめきが広がる。
その時だった。
*
「――まことに、独自解釈が過ぎる」
冷たい声が会場に響いた。
銀の仮面の男――カイ=ヴェロスが立ち上がったのだ。
沈黙の処刑人として知られる男が、口を開いた。
その事実だけで、会場の空気が一変した。
「想いの集まりが奇跡を生む?
では、その“想い”が憎悪であったなら?
憤怒、怨嗟、復讐であったなら?」
「神は、それも“奇跡”として与えるのか?」
セシリアは、苦しそうに唇を噛んだ。
だが――その背を、マーヴィンがそっと押した。
「答えなくていい。ここからは、俺の番だ」
マーヴィンは壇の中央へと進む。
「処刑人殿。
あなたの問いは確かに正しい。
“想い”が暴走すれば、それは奇跡どころか災厄になる。
だが――」
「それでも我々は、想いを止められない。
祈らずにはいられない。
誰もが、誰かに届いてほしいと願ってる。
……たとえ、それが届かぬまま終わるとしても、だ」
「それを“奇跡に値しない”と切り捨てるのは、
もはや神官ではなく、“裁き手”の役割だろう?」
沈黙が降りる。
マーヴィンは、さらに続けた。
「このセシリアという少女は、
“届かない祈りを否定しない”者です」
「祈ったのに助からなかった者。
何度も願ったのに救われなかった者。
そのすべてに、“まだ終わってない”と言える者なんです」
「それを、“独自解釈”と呼ぶなら……
――それでいい。
だが、彼女の祈りが人の心を変えてきたことは、
この都でも証明されるはずです」
「この都が、奇跡を忘れたのなら――
もう一度、“想い”を信じるとこから始めればいい」
その時、セシリアがマーヴィンの背に小さく呟いた。
「……マーヴィン様、ありがとう」
彼女の目は、まっすぐカイを見ていた。
処刑人は、その視線をしばらく受け止め――
そして、何も言わずに席へ戻った。
*
やがて、神政会議の長が口を開く。
「この者、“即時認定”の決議に入りたい」
「“正規聖女ではないが、祈りを導く者”として、
神政の庇護下に置くことを条件とし、
“火の都での信仰活動”を一時許可する――」
マーヴィンはその言葉に、すぐ反応した。
「条件付きとは……本音が透けてますね」
「“認めてやるが、外れたら燃やす”と、そういうことですか?」
神官長は声を低めた。
「それは――秩序のためだ」
「秩序のために命を燃やすことが、
神に仕える者のすることですか?」
そう言い返したマーヴィンの目は、
ほんの少しだけ、“何かを過去に焼かれた者”のような色をしていた。
その後、審問は形式上の了承とともに幕を下ろした。
セシリアとマーヴィンはその場を後にするが――
銀の仮面の奥で、カイの目だけが、最後まで彼らを見送っていた。
その瞳には、怒りでも嘲りでもない、
何かを思い出すような、苦しみの影が宿っていた。
白と金の法衣を纏った神官たちが静かに集っていた。
会場の中央には、半円形の議席席が並び、
その上段には火の神に仕えるという“五公”の姿が並ぶ。
荘厳な装飾に囲まれた空間は、
どこか神聖というより緊張を強いるための設計のようだった。
セシリアとマーヴィンは、
イレーヌの導きでその中央壇へと足を進める。
セシリアは少し緊張した様子だったが、
その歩みに乱れはなかった。
(誰かの声が、届くかもしれない場所。
なら、私は“聞くため”にここに立つ)
彼女の心は、いつも通りだった。
ただ――
上段席の最奥に、一際異質な気配があった。
銀の仮面をつけた、黒衣の人物。
他の神官たちが顔を明らかにしているなか、
その者だけは、仮面で表情を封じたまま沈黙していた。
イレーヌが小さくつぶやく。
「……あれが、処刑人《銀面のカイ》」
「そいつが今回の審問の“最終判定者”か?」
「ええ。表には出てこないけれど……異端とみなされれば、
“火刑”の執行許可が下るのも、あの者の決断です」
「ずいぶん静かな処刑人だな」
「火に焼かれた者の声は、必要以上に語られなくなる。
――彼もまた、過去に一度“声を失って”います」
マーヴィンは、視線をカイに向けた。
その仮面の奥にあるものを読み取ろうとしたが――まるで鏡のように、何も映らなかった。
やがて、審問が開始される。
中央壇に立ったセシリアに、神官長が低く問いかける。
「セシリア・リュミエール。
汝は“神より与えられし奇跡”を起こす者と称されている。
まず、信仰を語れ。汝にとって、祈りとは何か?」
セシリアは、一瞬だけ視線を伏せた。
そして、迷わず答えた。
「わたしにとって祈りとは――
“まだ、言葉にならない気持ち”を、
誰かに届けたいという願い……だと思います」
神官たちがざわめく。
「奇跡を求めぬ祈りか?」
「結果を伴わぬものに、神は応じるのか?」
「では次に問う。
“奇跡”とは、誰が起こすものか?」
「……奇跡は、神様が起こすもの……だと思っていました。
でも今は、そうではなくて……“想いが集まった時、そこに奇跡が生まれる”のだと、思うようになりました」
沈黙。
神官長は厳しい目を向ける。
「……つまり、汝は、奇跡が神の力ではないと申すか?」
マーヴィンが口を挟む前に、セシリアははっきり言った。
「いいえ。神様は“わたしたちの想い”を、きっと受け取ってくれる。
その“受け取る”ことこそが奇跡であって……
“神が与える”というより、“一緒に起こす”もの、なのだと信じています」
さらにざわめきが広がる。
その時だった。
*
「――まことに、独自解釈が過ぎる」
冷たい声が会場に響いた。
銀の仮面の男――カイ=ヴェロスが立ち上がったのだ。
沈黙の処刑人として知られる男が、口を開いた。
その事実だけで、会場の空気が一変した。
「想いの集まりが奇跡を生む?
では、その“想い”が憎悪であったなら?
憤怒、怨嗟、復讐であったなら?」
「神は、それも“奇跡”として与えるのか?」
セシリアは、苦しそうに唇を噛んだ。
だが――その背を、マーヴィンがそっと押した。
「答えなくていい。ここからは、俺の番だ」
マーヴィンは壇の中央へと進む。
「処刑人殿。
あなたの問いは確かに正しい。
“想い”が暴走すれば、それは奇跡どころか災厄になる。
だが――」
「それでも我々は、想いを止められない。
祈らずにはいられない。
誰もが、誰かに届いてほしいと願ってる。
……たとえ、それが届かぬまま終わるとしても、だ」
「それを“奇跡に値しない”と切り捨てるのは、
もはや神官ではなく、“裁き手”の役割だろう?」
沈黙が降りる。
マーヴィンは、さらに続けた。
「このセシリアという少女は、
“届かない祈りを否定しない”者です」
「祈ったのに助からなかった者。
何度も願ったのに救われなかった者。
そのすべてに、“まだ終わってない”と言える者なんです」
「それを、“独自解釈”と呼ぶなら……
――それでいい。
だが、彼女の祈りが人の心を変えてきたことは、
この都でも証明されるはずです」
「この都が、奇跡を忘れたのなら――
もう一度、“想い”を信じるとこから始めればいい」
その時、セシリアがマーヴィンの背に小さく呟いた。
「……マーヴィン様、ありがとう」
彼女の目は、まっすぐカイを見ていた。
処刑人は、その視線をしばらく受け止め――
そして、何も言わずに席へ戻った。
*
やがて、神政会議の長が口を開く。
「この者、“即時認定”の決議に入りたい」
「“正規聖女ではないが、祈りを導く者”として、
神政の庇護下に置くことを条件とし、
“火の都での信仰活動”を一時許可する――」
マーヴィンはその言葉に、すぐ反応した。
「条件付きとは……本音が透けてますね」
「“認めてやるが、外れたら燃やす”と、そういうことですか?」
神官長は声を低めた。
「それは――秩序のためだ」
「秩序のために命を燃やすことが、
神に仕える者のすることですか?」
そう言い返したマーヴィンの目は、
ほんの少しだけ、“何かを過去に焼かれた者”のような色をしていた。
その後、審問は形式上の了承とともに幕を下ろした。
セシリアとマーヴィンはその場を後にするが――
銀の仮面の奥で、カイの目だけが、最後まで彼らを見送っていた。
その瞳には、怒りでも嘲りでもない、
何かを思い出すような、苦しみの影が宿っていた。
0
あなたにおすすめの小説
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった!
「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」
主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~
ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。
休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。
啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。
異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。
これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる