お絢さま風雲録 ~恋に学びに奔走中!名家のお嬢様、町を変える!?

naomikoryo

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第二十六話「旅立ちとふたりの夢」

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 十一月も中頃、紅葉が一段と深まり、町の通りを彩る木々が風に舞うようになった頃。

 「……この封筒、届いていたんです」

 そう言って、絢子が差し出したのは、一通の手紙だった。

 差出人は――下紺野村 寺子屋代表・八代千歳。

 かつて絢子が家出同然に駆け込んだ、山一つ越えたあの小さな村の、あの寺子屋。
 そこを守ってきた女性の手によって、手紙は綴られていた。

--------------------------------------------------------------------------------
絢子さん、お元気ですか?
あなたが植えてくれた朝顔は、夏が終わっても種を落とし、子供たちがまた来年咲かせようと楽しみにしています。

このたび、新しくできた読み書きの教室に必要な備品のことで、
山下町の制度に頼れないかという声が出てまいりました。

どうか一度、村へ来ていただけませんか?
久しぶりに、お会いしたいのです。
--------------------------------------------------------------------------------

 絢子は、手紙を膝の上で押さえながら、慎之介に顔を向けた。

 「……行ってみようと思います。わたし、あの村に“育ててもらった”から」

 慎之介は、すぐに頷いた。

 「では、わたしも同行します。
 町の制度が村で使えるかどうか、直接確認できれば、そのまま郡部へ報告もできますから」

 「ありがとうございます……慎之介さん」

 名前を呼ばれるたびに、絢子はまだ少し照れたような笑みを浮かべた。

 ふたりは、こうして初めての夫婦での旅に出ることになった。

 * * *

 旅といっても、町を抜け、山道を越え、小さな峠を越えた先。
 ふたりは徒歩で、途中までは馬車を使い、秋の澄んだ空気を胸いっぱいに吸いながら進んだ。

 「……秋の山って、こんなに綺麗だったんですね」

 「ええ、まるで風景がしゃべっているようです。
 “冬が来るぞ”と、葉が色で知らせているような……」

 「詩人みたいですね、慎之介さん」

 「なら、絢子さんの感性がうつったのかもしれません」

 ふたりのやりとりは、すっかり夫婦らしい“余白”を含んでいた。
 無理に言葉を継がずとも、沈黙が心地よい時間として流れていく。

 * * *

 午後。
 ふたりは無事に下紺野村へ到着した。

 秋の陽射しの中、小さな村はどこか懐かしい香りに満ちていた。

 土の匂い、薪の匂い、洗濯物が風になびく音。
 そして
 ――かつて絢子が教えていた、あの寺子屋。

 「おお! 絢子先生だ!」

 「あっ、ほんとだ、ほんとだ!」

 子供たちが駆け寄ってきた。もう大きくなって、声も背丈も違っていた。

 「牧野先生も来てくれたの? おい、みんな来いよー!」

 彼らの元気な声に、ふたりは顔を見合わせ、自然と笑みをこぼした。

 中から現れたのは、灰色の羽織に丸い眼鏡をかけた女性――八代千歳だった。

 「絢子さん……来てくれて、ほんとうにありがとう」

 「千歳さん、お久しぶりです」

 千歳は、うっすら涙を浮かべながら絢子の手を握った。

 「よく、あのとき来てくれた。……あのとき、あなたが来なかったら、きっと、私はこの寺子屋を閉めてたと思う」

 絢子は、ただ首を振った。

 「わたしも、あのとき、助けられたんです。
 千歳さんに、この村に、子供たちに」

 それは、何かを与えた者の言葉ではなかった。
 与えられ、支えられ、共に歩いた“同士”の声だった。

 * * *

 夕方、小さな集会が開かれた。

 村の子供たち、父兄、そして数人の若い農民たちが、絢子と慎之介の話を聞きに来ていた。

 「今、山下町では寺子屋への支援制度が動いています。
 けれど、村部となると、いくつかの条件があります。
 ――けれど、それも、超える方法はあると私は信じています」

 慎之介の言葉は、理路整然としたものでありながら、どこか人間味があった。

 絢子もまた、前に立ち、

 「わたしは、ここの子供たちの目が忘れられません。
 この場所で学ぶことを“嬉しい”と思ってくれる心が、何よりも強い力になると信じています」

 そして、村の若者の一人が、ぽつりと声を上げた。

 「……山下町の寺子屋みたいなものが、ここにあったらいいなって、前から思ってました。
 農家の娘たちも、もっと学べたらって。
 でも……金も、場所も、人も、足りない」

 「なら、一緒に作りましょう」

 絢子のその言葉は、まるで鐘の音のように会場を打った。

 「わたしは、ここにも“第二の居場所”を作りたい。
 町で学べない子供たちのために、今度は“村の寺子屋”を。
 わたしが、やります」

 誰もが、しばし黙った。
 そして、拍手が――ゆっくりと広がった。

 その拍手の輪の中で、慎之介は静かに、絢子の手を取った。

 「絢子さん。
 ――これが、私たちの“次の夢”ですね」

 「はい、慎之介さん。
 きっと、ふたりなら、できます」

 陽が沈み、空が薄紫に染まる頃。
 その手は、これまで以上に強く、確かに結ばれていた。

 旅の終わりは、次なる旅の始まり。
 絢子と慎之介の“ふたりの夢”は、またひとつ、世界を広げていこうとしていた。

(第二十六話 完)
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