ほっこら日和

naomikoryo

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10)『桜が咲くころに』

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――言えなかった言葉は、春風に乗せて――

1. 卒業式の朝
 春の光が、校庭の隅に差し込んでいた。
 まだ冷たい風に混じって、どこか甘い土と草の匂いが鼻をくすぐる。

 **瑞希(みずき)**は、正門をくぐるときに思わず足を止めた。

 満開にはまだ遠いけれど、校舎横の桜がほころび始めていた。
 小さな蕾のひとつが、今にも風にほどけそうに揺れていた。

 「……咲くんだ、ちゃんと」

 卒業式の朝は、毎年なぜか快晴だと誰かが言っていた。
 でも今日の空は、少しだけ薄曇りだった。

 それでも、瑞希の胸の中には、なぜかきゅうっとした透明な気持ちが満ちていた。

 

2. 教室という時間
 三年間過ごした教室。
 壁には卒業までの日数をカウントダウンしていた手作りの掲示物が貼られ、黒板にはクラス全員の名前が並ぶ寄せ書き。

 瑞希は、自分の机にかけられた花飾りを外しながら、そっと指先で机の角をなぞった。

 毎朝、眠い目をこすって通ってきた場所。
 仲良くもなれば、気まずくもなる日々。
 何度も忘れ物をして、何度も笑った。

 そんな中で、ひとつだけ、心の中でずっと気にかかっていた名前がある。

 光太(こうた)。

 寡黙で目立たないタイプだけど、たまに放つ言葉が的確で、やさしい。
 全校集会で倒れかけた瑞希に、誰よりも早く水を持ってきてくれた。
 放課後の掃除当番を代わってくれたこともあった。

 でも、話す機会はほとんどなかった。
 教室の中で、「近くて遠い」存在だった。

 その光太の机の中に、それはあった。

 

3. 見つけた手紙
 名残惜しそうに最後の教室を見回しながら、瑞希はふと、光太の机を覗きこんだ。
 誰もいないタイミングだった。

 すると、中に何かが落ちているのが見えた。

 一枚の封筒。少し角が折れて、古びた感じがする。
 裏には「卒業式の日に渡せますように」とだけ、書いてある。

「……えっ?」

 封を開けることに迷いがあった。
 でも、そこに書かれていた文字が、瑞希の名前だった。

 「瑞希さんへ」

 気づいたら、手が動いていた。
 封を開き、便箋をそっと広げる。

瑞希さんへ

こんにちは。
これは一年生の三学期に書いてます。
もしかしたら、このまま渡せずに卒業するかもしれないけど、でも、どうしても書いておきたかったから。

はじめて見たときから、ちょっと不思議な人だなって思ってました。
声がやわらかくて、でも言いたいことはちゃんと持ってる感じ。

体育の時間、苦手なバスケの試合でうまくいかなくて、しょんぼりしてたとき、
あなたが「パス回ってきたらシュートしなくてもいいよ」って言ってくれたの、
すごく救われました。

あなたはきっと、覚えてないと思うけど。

 瑞希は手がふるえるのを感じた。
 覚えていた。あの日のこと。

 自分が軽く言ったつもりの一言が、誰かの心に残っていたなんて。

 便箋は続く。

それから、何度も話そうと思ったけど、話しかける理由が見つからなかった。

自分のことをちゃんと話すのが苦手で、いつも後から「こう言えばよかった」って思ってしまいます。

でも、卒業の前に、せめてこの手紙だけは残しておきたくて書いてます。

ありがとう。あなたのこと、すごく尊敬してました。

それだけです。

――光太

 読み終わるころ、目がうるんでいた。

 自分は、ただふつうに過ごしていただけだと思っていた。
 でも、ちゃんと誰かに、何かが届いていたのだ。

 

4. 式のあと
 卒業式のあとは、校庭で写真を撮る人、泣きながら先生に抱きつく人、仲良しグループで制服のボタンを交換する人たちのにぎわい。

 瑞希は、光太の姿を探していた。
 けれど、どこにも見つからなかった。

 先生に聞いてみると、「ああ、光太くんなら、体調が悪くて早めに帰ったらしいよ」と言われた。

 手紙を返すことも、ありがとうを伝えることもできなかった。

 代わりに、瑞希は自分のスマホを取り出し、光太の連絡先を探した。
 グループLINEでつながっているけど、個別には話したことがない。

 それでも、思い切って、メッセージを打った。

今日、光太くんの手紙を見つけました。

ありがとう。

すごくうれしかったです。

できれば、いつか直接お礼が言いたいです。

また、桜が咲くころにでも。

 送信ボタンを押すのに、指先がすこし震えた。

 

5. 春がやってくる
 それから一週間後、光太から返事が届いた。

メッセージありがとう。
手紙、読まれたことは恥ずかしいけど、でも……ちゃんと届いてうれしいです。

僕も、お礼を言いたかった。

桜、満開になったら、また学校の前で会いませんか?

 画面の文字を見ながら、瑞希は笑った。
 心の中に咲きかけていたものが、そっと花開くような気がした。

 言えなかった言葉たちは、静かに春風に乗って、
 ようやく「あなたへ」と届こうとしていた。
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