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第9話「ルーナ、謎の“使い魔再起動”現象に遭う」
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その日は、とても静かだった。
朝から曇天。
風もなく、空気が妙に湿っている。
人の動きもまばらで、商店街には音楽も流れていなかった。
「……なんか、やだな、この感じ」
コタツに足を突っ込んだまま、藤原ルナ(自称25歳、実年齢250歳の魔女)は、だるそうに天井を見上げた。
居間にはほとんど物音がなく、テレビの音もBGMもない。
ただ、コポコポと加湿器の音だけが響いていた。
「クロ、今日の天気って雨だったっけ?」
「……いや、予報は晴れだった」
返事をしたのは、ルーナの飼い猫──クロ。
だが、その声が妙に低く、落ち着いていた。
「ん? なんか声の調子……?」
ルーナは、じっとクロの顔を見つめる。
クロもまた、こちらを見返した。
目が合う。
その瞬間、空気が変わった。
「…………クロ?」
「……ルーナ。質問に答えてくれ」
「へ?」
「今俺たちがいるこの場所、“本当に人間界”か?」
「……」
「……な、なに?何言って……え、え?ちょっと待って、今なんて言ったの!?」
クロは、立ち上がる。
ゆっくりと、尻尾をピンと伸ばし、背中の毛を逆立てるわけでもなく、ただ静かに──“戦闘態勢”に入っていた。
「俺の中で、何かが再起動した」
「ちょっとやめてよ怖いこと言うの!」
「今朝、目が覚めた瞬間。いつもの“クロ”としてじゃない、“あの時”の意識が戻ってきたんだ」
「……まさか……」
クロは、窓の方へ歩いていく。
空は相変わらず曇り。けれど、どこか──空間そのものが“薄く”なっているように見えた。
「わずかにだけど、感じる。“あっちの波長”が漏れてきてる」
「封印結界……壊れた?」
「いや、壊れてはいない。けど、“触れて”きてる。何かがこちらを覗いてる」
ルーナは、コタツからガバッと飛び出し、押し入れを開ける。
中には、魔法具に偽装した日用品──
封印札の形をした“付箋”、魔力探知用の“湿度計”、魔方陣がプリントされた“座布団”など。
その中から、ひとつ──ガラス玉のペンダントを取り出した。
「……反応、ある」
ガラス玉の中に、かすかな光の粒が揺れている。
それは、“異界干渉”を感知するための旧時代の道具。
現代では一切、反応を示したことがなかった。
「……なんで、今になって……」
「“揃い始めた”からだろ」
クロがぽつりと呟いた。
「魔王。勇者。精霊王。そして、お前。
このアパートに、かつて世界を揺るがした存在が再集結してる」
「……そんな偶然、あるわけ──」
「偶然じゃない。何者かが意図して集めている。
だが、本人たちはまだ気づいてない。“自分が誰だったのか”を忘れたまま、日常を続けてる」
ルーナはペンダントを強く握りしめる。
手の中で、ほんのり熱を帯びていた。
「……でも、私たちは“平和に暮らす”って決めたんだよ。
250年もかけて、ようやく“普通”にたどり着いたのに……」
「平和を壊そうとしてるのは、向こうかもしれない」
「──じゃあ、どうするの。止める?阻止する?」
「……いや、見極める。
“誰が記憶を先に取り戻すか”によって、未来の形は大きく変わる」
ルーナは、そっと窓を開けた。
曇り空から、風がひと筋だけ部屋に吹き込んでくる。
クロの耳がピクリと動く。
「ルーナ」
「なに?」
「“もしもの時”は、また俺に騎乗できるからな」
「いや、私もう乗らないからね!?猫の背中にまたがるのはいい歳して無理だからね!?」
「お前、昔“翼の大竜を騎士みたいに乗りこなしてた”じゃん」
「そうだけど!あれはあれ!これはこれ!」
「でも体型は今と同じだったよな、ババア」
「25歳って言ってるでしょ!!」
──日常は、まだ平穏だった。
でも、それは“何かが近づいている”からこそ得られる、嵐の前の静けさかもしれなかった。
過去が蘇ろうとしている。
そして、そのすべては──このアパートから、再び始まる。
(続く)
朝から曇天。
風もなく、空気が妙に湿っている。
人の動きもまばらで、商店街には音楽も流れていなかった。
「……なんか、やだな、この感じ」
コタツに足を突っ込んだまま、藤原ルナ(自称25歳、実年齢250歳の魔女)は、だるそうに天井を見上げた。
居間にはほとんど物音がなく、テレビの音もBGMもない。
ただ、コポコポと加湿器の音だけが響いていた。
「クロ、今日の天気って雨だったっけ?」
「……いや、予報は晴れだった」
返事をしたのは、ルーナの飼い猫──クロ。
だが、その声が妙に低く、落ち着いていた。
「ん? なんか声の調子……?」
ルーナは、じっとクロの顔を見つめる。
クロもまた、こちらを見返した。
目が合う。
その瞬間、空気が変わった。
「…………クロ?」
「……ルーナ。質問に答えてくれ」
「へ?」
「今俺たちがいるこの場所、“本当に人間界”か?」
「……」
「……な、なに?何言って……え、え?ちょっと待って、今なんて言ったの!?」
クロは、立ち上がる。
ゆっくりと、尻尾をピンと伸ばし、背中の毛を逆立てるわけでもなく、ただ静かに──“戦闘態勢”に入っていた。
「俺の中で、何かが再起動した」
「ちょっとやめてよ怖いこと言うの!」
「今朝、目が覚めた瞬間。いつもの“クロ”としてじゃない、“あの時”の意識が戻ってきたんだ」
「……まさか……」
クロは、窓の方へ歩いていく。
空は相変わらず曇り。けれど、どこか──空間そのものが“薄く”なっているように見えた。
「わずかにだけど、感じる。“あっちの波長”が漏れてきてる」
「封印結界……壊れた?」
「いや、壊れてはいない。けど、“触れて”きてる。何かがこちらを覗いてる」
ルーナは、コタツからガバッと飛び出し、押し入れを開ける。
中には、魔法具に偽装した日用品──
封印札の形をした“付箋”、魔力探知用の“湿度計”、魔方陣がプリントされた“座布団”など。
その中から、ひとつ──ガラス玉のペンダントを取り出した。
「……反応、ある」
ガラス玉の中に、かすかな光の粒が揺れている。
それは、“異界干渉”を感知するための旧時代の道具。
現代では一切、反応を示したことがなかった。
「……なんで、今になって……」
「“揃い始めた”からだろ」
クロがぽつりと呟いた。
「魔王。勇者。精霊王。そして、お前。
このアパートに、かつて世界を揺るがした存在が再集結してる」
「……そんな偶然、あるわけ──」
「偶然じゃない。何者かが意図して集めている。
だが、本人たちはまだ気づいてない。“自分が誰だったのか”を忘れたまま、日常を続けてる」
ルーナはペンダントを強く握りしめる。
手の中で、ほんのり熱を帯びていた。
「……でも、私たちは“平和に暮らす”って決めたんだよ。
250年もかけて、ようやく“普通”にたどり着いたのに……」
「平和を壊そうとしてるのは、向こうかもしれない」
「──じゃあ、どうするの。止める?阻止する?」
「……いや、見極める。
“誰が記憶を先に取り戻すか”によって、未来の形は大きく変わる」
ルーナは、そっと窓を開けた。
曇り空から、風がひと筋だけ部屋に吹き込んでくる。
クロの耳がピクリと動く。
「ルーナ」
「なに?」
「“もしもの時”は、また俺に騎乗できるからな」
「いや、私もう乗らないからね!?猫の背中にまたがるのはいい歳して無理だからね!?」
「お前、昔“翼の大竜を騎士みたいに乗りこなしてた”じゃん」
「そうだけど!あれはあれ!これはこれ!」
「でも体型は今と同じだったよな、ババア」
「25歳って言ってるでしょ!!」
──日常は、まだ平穏だった。
でも、それは“何かが近づいている”からこそ得られる、嵐の前の静けさかもしれなかった。
過去が蘇ろうとしている。
そして、そのすべては──このアパートから、再び始まる。
(続く)
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