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第19話「クロ、“魔王”と“勇者”の部屋を渡り歩く」
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──時刻は深夜3時45分。
猫の足音は、静寂の中に消えていく。
さくらハイツの屋根の上。
クロは、月もない夜空を見上げていた。
「……全員、思い出しはじめてる」
黒猫の姿をした使い魔。
その正体は、250年前に魔女ルーナが作り出した半観測・半干渉型の魔力媒体。
本来なら記憶封印後、消滅するはずだったが──
彼は「猫として生きてみたい」というルーナの酔狂で延命され、現代に至っていた。
「……ま、嫌いじゃないけどな。コタツとアイスとテレビ」
だが今夜は、そんな“日常の仮面”を脱ぎ捨てる夜。
彼は、任務を帯びていた。
記憶再統合呪式──
それを成すためには、対象者たちの魔力波長の“現状”をスキャンし、
それに合わせてルーナの魔力位相を調整する必要がある。
つまり、「直接、見て、感じて、運んでくる」必要があった。
「んじゃ、まずは“魔王”から行きますか」
クロは軽やかに飛び降りる。
203号室──佐倉直也のベランダに、音もなく着地。
◆
「……え、えええええ!? 猫!? 喋った!? 猫が喋った!?」
「うるせえ。深夜に叫ぶな、魔王」
「いやいやいやいや、まって、状況が全然飲み込めてないんだけど!?
あの、もしかして、お前……ルーナさんの猫? 使い魔的な?」
「そう。んで、お前が“ゼルグレイヴ=イグ=デアラ”で、かつて世界を破壊寸前まで追い込んだ魔王」
「やめて!? 何その身に覚えのある“だいたい合ってる”情報!」
クロはヒゲをひくつかせる。
「ま、安心しろ。今のお前はまだ完全な魔王じゃない。
記憶が戻りきってない今のうちに、“正しい座標”を記録しとく」
「……は?」
「動くなよ」
クロはぴょんとベッドに飛び乗り、佐倉の胸元に前足を置く。
「《共鳴探知式・位相抽出(コンタクト・スキャン)》」
淡い光が、佐倉の身体を包む。
彼の体内から、わずかながら“魔力の本流”が溢れ出す。
それは黒と紅のグラデーション。
不安定で、けれどどこか悲しげな揺らぎ。
「……思ってたより、綺麗だな」
「……何が?」
「お前の魔力。強さより“孤独さ”が出てる。
きっとお前……誰にも本当の自分を見せられなかったまま、王になったんだな」
「……」
佐倉の瞳が揺れる。
だが、言葉にする前に──クロはもうベランダに飛び移っていた。
「次は、勇者んとこな」
「お、おい! 話まだ──」
◆
──303号室、勇者こと大山快の部屋。
扉は、ほんの少しだけ開いていた。
「……こいつ、鍵ちゃんとかけろよ」
クロがそっと入り込むと、室内にはムキムキの背中が堂々とベッドを占領していた。
布団から片腕がはみ出し、その腕には筋トレ用のリストバンド。
寝息がごうごうと、火山のように鳴っている。
「……すげぇ。戦場でこんな寝方してたら、即死だな」
だが、クロは静かにその手元へと近づき、前足を乗せる。
「《共鳴探知式・位相抽出》」
淡い光が再び灯る。
今度の魔力は、白金色。
強く、真っ直ぐ、まるで剣そのもののような直線的な流れ。
その中に、かすかに混ざる“痛み”のようなもの。
(……なるほどな)
(このバカみたいに明るい奴も、背負ってたんだ。
魔王を倒す“使命”ってやつを)
「無理すんなよ、勇者」
快は寝ぼけて「ふぬぅぅぅぅ……プロテイン足りない……」と寝言を言った。
「……はいはい、帰る帰る」
クロは、ふたつの魔力の“波”を胸に刻み、屋根を走る。
向かう先は、202号室──主、ルーナのもと。
◆
「で?」
「揃った。どっちも“記憶の戻りかけ段階”としては優秀なデータ」
「魔王の魔力は?」
「不安定だけど、起動すれば大規模魔法クラス。
ただし、感情が引き金になってるから暴走の可能性あり」
「……やっぱり、ね」
「勇者は?」
「完璧。制御型。正義感で燃えるタイプ。
でもこっちは逆に“使命を思い出した瞬間”に全部抱え込みそう」
ルーナは静かに頷く。
「じゃあ、“調律”を始めるわ」
机の上には、一枚の円環式魔法陣。
その中央には──封印具のペンダントが浮かんでいた。
彼女はゆっくりと魔力を注ぎ始める。
「あと数日で、全員の記憶がそろう。
それまでに、“ぶつかり合わない世界線”に導いておかないと」
クロはコタツに潜り込みながら、ぼそりと呟く。
「──戦いは、もう終わってるんだもんな」
その言葉に、ルーナも目を細める。
「うん。終わった。
でも、“再開する危険”は、ゼロじゃない」
(それを防ぐために──私はまた、“魔女”になる)
(続く)
猫の足音は、静寂の中に消えていく。
さくらハイツの屋根の上。
クロは、月もない夜空を見上げていた。
「……全員、思い出しはじめてる」
黒猫の姿をした使い魔。
その正体は、250年前に魔女ルーナが作り出した半観測・半干渉型の魔力媒体。
本来なら記憶封印後、消滅するはずだったが──
彼は「猫として生きてみたい」というルーナの酔狂で延命され、現代に至っていた。
「……ま、嫌いじゃないけどな。コタツとアイスとテレビ」
だが今夜は、そんな“日常の仮面”を脱ぎ捨てる夜。
彼は、任務を帯びていた。
記憶再統合呪式──
それを成すためには、対象者たちの魔力波長の“現状”をスキャンし、
それに合わせてルーナの魔力位相を調整する必要がある。
つまり、「直接、見て、感じて、運んでくる」必要があった。
「んじゃ、まずは“魔王”から行きますか」
クロは軽やかに飛び降りる。
203号室──佐倉直也のベランダに、音もなく着地。
◆
「……え、えええええ!? 猫!? 喋った!? 猫が喋った!?」
「うるせえ。深夜に叫ぶな、魔王」
「いやいやいやいや、まって、状況が全然飲み込めてないんだけど!?
あの、もしかして、お前……ルーナさんの猫? 使い魔的な?」
「そう。んで、お前が“ゼルグレイヴ=イグ=デアラ”で、かつて世界を破壊寸前まで追い込んだ魔王」
「やめて!? 何その身に覚えのある“だいたい合ってる”情報!」
クロはヒゲをひくつかせる。
「ま、安心しろ。今のお前はまだ完全な魔王じゃない。
記憶が戻りきってない今のうちに、“正しい座標”を記録しとく」
「……は?」
「動くなよ」
クロはぴょんとベッドに飛び乗り、佐倉の胸元に前足を置く。
「《共鳴探知式・位相抽出(コンタクト・スキャン)》」
淡い光が、佐倉の身体を包む。
彼の体内から、わずかながら“魔力の本流”が溢れ出す。
それは黒と紅のグラデーション。
不安定で、けれどどこか悲しげな揺らぎ。
「……思ってたより、綺麗だな」
「……何が?」
「お前の魔力。強さより“孤独さ”が出てる。
きっとお前……誰にも本当の自分を見せられなかったまま、王になったんだな」
「……」
佐倉の瞳が揺れる。
だが、言葉にする前に──クロはもうベランダに飛び移っていた。
「次は、勇者んとこな」
「お、おい! 話まだ──」
◆
──303号室、勇者こと大山快の部屋。
扉は、ほんの少しだけ開いていた。
「……こいつ、鍵ちゃんとかけろよ」
クロがそっと入り込むと、室内にはムキムキの背中が堂々とベッドを占領していた。
布団から片腕がはみ出し、その腕には筋トレ用のリストバンド。
寝息がごうごうと、火山のように鳴っている。
「……すげぇ。戦場でこんな寝方してたら、即死だな」
だが、クロは静かにその手元へと近づき、前足を乗せる。
「《共鳴探知式・位相抽出》」
淡い光が再び灯る。
今度の魔力は、白金色。
強く、真っ直ぐ、まるで剣そのもののような直線的な流れ。
その中に、かすかに混ざる“痛み”のようなもの。
(……なるほどな)
(このバカみたいに明るい奴も、背負ってたんだ。
魔王を倒す“使命”ってやつを)
「無理すんなよ、勇者」
快は寝ぼけて「ふぬぅぅぅぅ……プロテイン足りない……」と寝言を言った。
「……はいはい、帰る帰る」
クロは、ふたつの魔力の“波”を胸に刻み、屋根を走る。
向かう先は、202号室──主、ルーナのもと。
◆
「で?」
「揃った。どっちも“記憶の戻りかけ段階”としては優秀なデータ」
「魔王の魔力は?」
「不安定だけど、起動すれば大規模魔法クラス。
ただし、感情が引き金になってるから暴走の可能性あり」
「……やっぱり、ね」
「勇者は?」
「完璧。制御型。正義感で燃えるタイプ。
でもこっちは逆に“使命を思い出した瞬間”に全部抱え込みそう」
ルーナは静かに頷く。
「じゃあ、“調律”を始めるわ」
机の上には、一枚の円環式魔法陣。
その中央には──封印具のペンダントが浮かんでいた。
彼女はゆっくりと魔力を注ぎ始める。
「あと数日で、全員の記憶がそろう。
それまでに、“ぶつかり合わない世界線”に導いておかないと」
クロはコタツに潜り込みながら、ぼそりと呟く。
「──戦いは、もう終わってるんだもんな」
その言葉に、ルーナも目を細める。
「うん。終わった。
でも、“再開する危険”は、ゼロじゃない」
(それを防ぐために──私はまた、“魔女”になる)
(続く)
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