私にだけ、聞こえる声

naomikoryo

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【番外編】 「……今は聞こえないから、ちゃんと言って?」

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「悠真くん……実は、ちょっと言いづらいことがあって……」

放課後の図書室。
ふたりがよく使っていた、いつもの窓際の席。

陽菜がもじもじと指先をいじりながら、妙に緊張した様子で切り出した。

悠真はというと、コーヒー牛乳をちびちび飲みながら、無表情で小首を傾げる。

「ん? なんか怒ってる?」

「ちがっ、怒ってない!」

「……照れてる?」

「ちがっ、違うの! ちょっと真面目な話!!」

「はいはい」

ニヤつきながら気楽に答える悠真に、陽菜はぷくっと頬を膨らませた。

(……まったく、彼氏になった途端これだよ)

でも、そんな彼が嫌いじゃないあたり、自分も大概だなと思う。

陽菜は小さく息を吸って、覚悟を決めた。

「……実は、悠真くんの“心の声”、もう聞こえなくなっちゃった」

「…………ん?」

さっきまで余裕の笑みだった悠真の顔が、一瞬固まった。

「……え、マジで?」

「うん。ちょっと前から、なんにも聞こえなくなって。今は完全に“普通の彼女”です」

「……ってことはさ」

悠真は顔をぐいっと近づけて、ジト目でのぞき込んでくる。

「この前俺が“陽菜の寝癖、猫の耳みたいで可愛い”って思ってたの、バレてなかったってこと?」

「へっ!? なにそれ聞いてない!!」

陽菜の顔が、ボンッと赤く染まる。

「それ、それさ~! 聞こえてないと分かった途端、堂々と照れくさいこと言ってくるのやめてよ!」

「いやいや、今は“聞こえない彼女”ってことで、いろいろ解禁なんだろ?」

「違う、違うってば~!」

図書室で騒ぐのもどうかと思いながら、陽菜は顔を隠すように机に突っ伏した。

(くそ……! 前の方がよっぽど純情だったじゃん……!)

「じゃあさ」

悠真が陽菜の耳元で、わざとらしく囁く。

「俺が今“好きだなあ”って思ってることも……」

「聞こえない……!」

「“髪にいい匂いするな”って思ってるのも……」

「聞こえないー!!」

「“キスしたいな”って思ってるのも……」

「ちょっと待って!? 全部声で言ったよね今!? ずるい!!」

「そう?君が“ちゃんと聞いてくれないと”って言ったから、ちゃんと伝えた」

どや顔で見つめてくる悠真に、陽菜は顔から火を噴きそうになる。

「っ……こ、こうなったら私も言ってやる……!!」

「ほう?」

陽菜は体勢を立て直して、悠真の制服の袖をぎゅっと握ると、真っ赤な顔で言った。

「き、聞こえないから……今、自分でちゃんと言うけど……っ、すき……」

「うんうん、もう一回」

「好きっ!! 聞こえた!? 今のは、言葉で、聞こえたよね!? 今のは!!」

「聞こえました。大変よくできました」

悠真はそのまま、陽菜の頭をぽんぽんと撫でた。

「……今の“言葉”、いつでも聞きたい」

優しく微笑んだその顔が、本当に嬉しそうで——

(……もう聞こえなくてもいいや。こうして、ちゃんと届いてる)

陽菜は、ちょっぴり恥ずかしくて、でもとても満たされた気持ちで、彼の肩に額を預けた。

「じゃあさ、陽菜」

「ん?」

「今日、帰りに駅前のクレープ屋寄ろっか。“クレープ奢って機嫌取るか”って、心の声でごまかそうとしてたけど、今は口に出さないといけないから」

「そういうセコい心の声は聞こえなくなって正解だったかも」

「え、ヒド」

ふたりの笑い声が、図書室の静寂にぽつりと響いた。

“聞こえない”ことは、たしかに少し寂しい。
でも、“伝えよう”とすることで、もっと深くなれる。

それが、言葉で恋をするってことなのかもしれない。
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