魔女の贈り物 ~僕という奇跡~

naomikoryo

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第1章 曇り空の朝

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朝靄がまだ街を包み込む頃、琢磨はいつものように目覚めた。
薄暗い部屋のカーテン越しに差し込む光が、彼の乱れた天パーの髪を優しく照らし出す。
寝癖がそのまま形を保った髪は、あたかも長い夜の夢の名残のように無造作で、度の強い眼鏡の向こう側に映る自分の瞳には、どこか物憂げな輝きが宿っていた。
30歳になってもなお、女子高の数学教師として日々を過ごす自分に、どこか満たされなさと、同時に秘めた希望を感じながら、琢磨はゆっくりとベッドから起き上がった。

鏡の前に立ち、ぎこちなくも身支度を整える。
彼は自分の姿をじっと見つめる。
すらりとした身長に比べ、やや丸みを帯びた体型―これは年々蓄積される生活の重みそのものだ。
だが、その中に潜むどこか温かい優しさは、見た目だけでは計り知れない。
今日もまた、鏡に映る自分に「これで大丈夫か」と問いかけながら、厚い眼鏡をそっと鼻に乗せる。
コンタクトレンズに替えたい気持ちもあるが、何故かその存在すら自分のアイデンティティの一部として受け入れているのだ。

朝の通勤電車は、いつもと変わらぬざわめきと人々の顔で賑わっていた。
駅のホームに並ぶ人々の中で、琢磨は自分の存在がいかに取るに足らないものかを改めて感じる。
だが、そんな内面の弱さを隠すかのように、彼は肩を落としながらも心の奥で静かに決意を固めていた。
今日もまた、ひたすらに「普通」の一日が始まる――
そう自分に言い聞かせながら、電車の中でふと、持っているスマートフォンの画面に目をやる。
そこには、朝のニュースや天気予報が映し出され、今日の曇天を告げていた。

駅を降り、歩道を行くと、冷たい空気が頬を撫でる。
通学路の両脇には、かすかに色づいた花壇や、冬の名残を感じさせる常緑樹が並んでいる。
そんな中、琢磨はふと自分の足取りが重くなるのを感じた。
教壇に立つ教師としての責任、そして自分の秘密―
誰にも言えない趣味である魔女っ娘のフィギュアコレクション。
その小さな宝物たちは、彼の日常に隠された唯一の輝きであり、現実逃避のための大切なオアシスであった。
だが、彼はその趣味を決して表に出さない。
周囲の目を気にし、話題や持ち物にも細心の注意を払うことで、オタクとしての素顔を隠し続けているのだ。

学校に到着すると、琢磨は早足で校門をくぐる。
建物は古びた佇まいの中にも、どこか厳粛な雰囲気を漂わせ、毎朝の彼を迎え入れるかのようだ。
校内に一歩足を踏み入れると、暖かいがどこか冷めた光が廊下に差し込み、生徒たちのざわめきが響いている。
まず向かったのは生徒会室。
そこには、いつも冷静沈着な表情を崩さぬ生徒会長、高宮琴音が待っていた。
彼女の瞳は、まるで学校の秩序そのものを体現するかのような鋭さを持っており、琢磨が少しだけ遅刻したことに対して、厳しい一言を投げかける。

「先生、今日ももう少し早く行動していただけませんか?」
その一言が、琢磨の心に小さな波紋を広げる。
内心、彼は自分の鈍い反応に少し悔しさを覚えつつも、同時に琴音の鋭い眼差しに、どこか守られているような安心感も感じていた。
生徒会長としての彼女の存在は、厳しさだけでなく、学校全体の風紀を保つための大切な役割を担っているのだと、琢磨は理解していた。

その後、教室へと向かう廊下を歩く中で、琢磨はふと自分の心が揺れているのに気づく。
今日という一日は、いつもと変わらぬ平凡な始まりに過ぎるはずだった。
しかし、内心には小さな期待が芽生えていた。
いつか何かが起こるのではないか、と思うと同時に、自分の中に秘めた願望―
もっと魅力的で、誰もが振り向くような自分になりたいという切実な思い―が、胸の奥でそっと燃え上がるのを感じた。

朝の授業前の一瞬、琢磨は自室の引き出しから、こっそりと大切にしまっている魔女っ娘フィギュアの一体を手に取る。
小さなフィギュアは、色鮮やかなドレスと、まるで生きているかのような瞳を持っており、その姿は彼にとって、ただの趣味以上の意味を持っていた。
オタク心を隠すための苦労は絶えないが、彼にとってはこのひとときが、日常の疲れを癒す唯一の慰めだった。
机の中にそっと仕舞いながら、彼は自分自身に小さな秘密の祝祭を捧げるような感覚に浸る。
だが、誰にもその存在を悟られるわけにはいかない。
自分が“凡庸な数学教師”としての顔を持たなければならないという重圧が、常に背中を押していた。

鐘の音が校内に響き渡ると、琢磨は授業の準備を始める。
黒板に淡々と数式を書き込みながらも、心の中では今日の授業内容や、ふとした瞬間に生徒たちと交わす会話、そして彼自身がいつか変われるかもしれないという小さな希望が、交錯していた。
窓の外を見ると、曇り空が果てしなく広がり、その灰色の世界に、琢磨はどこか自分自身を重ね合わせるような感覚を覚える。
平凡な朝の中に、彼は無意識のうちに自分の存在意義や、これから先に待つ運命に思いを馳せていた。

やがて、一日の始まりを告げる校内のざわめきの中で、琢磨は静かに心の中で誓う。
今日もまた、ありふれた日常の中に、ほんの少しの奇跡や希望が潜んでいるはずだと。
曇り空の下で始まる一日は、まるで過ぎ去る季節の一片のように、確実に、しかしどこか儚く流れていく。
彼の胸の内に秘めた小さな炎は、今はただの儚い灯火に過ぎないかもしれないが、いつか必ず大きく燃え上がると、そんな予感が微かに漂っていた。

こうして、琢磨の一日は、曇り空の朝の静かな始まりと共に幕を開けた。
彼はまだ気づかないが、この平凡な朝が、後に大きな転機を迎える運命の前奏にすぎないことを――。
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