青神島の神の器

naomikoryo

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第13話:最後の裁き

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白い着物の女は、静かに頭を下げた。

西島の巫女・志乃。
だがその顔の半分は、黒い面で隠されていた。
表情は読めない。ただ、その瞳だけが、まっすぐに慎吾を見据えていた。

「器よ。今宵、すべてが決まる。
裁きを果たすなら、救われる命もある。
果たさねば、全てが“最初からなかったこと”になる」

慎吾は、息をのんだ。

「……“なかったこと”?」

志乃はゆっくりと頷く。

「この島は、“存在と記憶”を量る天秤の上にある。
器の裁きによって、25の魂の重さが計られる。
25を越えれば、この地は現代へと帰還する。
だが、器が裁きを放棄したならば、島そのものが時の檻に囚われる」

「つまり……最後の“裁き”を行えば、ここから出られる?」

「その代償として、“誰か”が永久に消える。
その者は、もうどこにも存在しない者となる。
記録からも、記憶からも、“世界から”」

(俺が選べというのか……誰かひとりを、“消す”という最終選択を)

(その結果、みんなを助けられるとしても――)

志乃はさらに続けた。

「だが、器が器の意志で裁けるのは、この夜が最後。
明日、島は“時間”を閉じる。
そしてまた、200年の輪が始まる」

本堂の外では、鈴の音が風に乗って聞こえた。

それはまるで、神がゆっくりと姿を現し始めているかのようだった。



夜、全員が正源寺の本堂に集められた。

島に取り残された25人のうち、20人がそこにいた。

「あれ?杏奈がいない!」

貴子が叫んだ。

「荷物もない……探してもいない……まさか……」

「慎吾、紙が落ちてる……!」

涼子が拾い上げた白紙の紙。だが、慎吾が触れた瞬間、墨がにじみ出るように文字が浮かび上がった。

「器よ。最後の裁きの対象は――“名を持たぬ者”」
「その者は、既に“人間ではない”」
「気づいているはずだ。“誰”が最初から記憶に曖昧だったかを」

慎吾は、思わず手を震わせた。

(……白石杏奈……)

(確かに、会話はした。けれど――彼女と“いつ親しくなったのか”覚えていない)

(滝口や貴子のように明確な関係性がない。写真にも、動画にも、あまり映っていない)

(……存在が薄すぎる)

圭吾が慎重に言った。

「慎吾、もしかして――“白石杏奈”が、“器の中の神”だ」

「……中の……神?」

圭吾は頷いた。

「器は二重構造だ。
外側は“人間の姿をした容れ物”。
だが、内側にあるのは、神の意識――“記録を裁く存在”」

「神の正体は、“記憶”だ。
忘れられた者たち。葬られた声。偽られた過去。
それらが集まり、“器”という存在に宿った」

慎吾の脳裏に、かすかに“あの時”の映像が蘇る。

かつての事件。
誰も手を差し伸べずに沈んでいった告発者の少年。

「……君は、知っていたよね」
「でも、目を逸らした。見なかったことにした」
「だから、君を“器”に選んだんだよ」

(あれは……杏奈の声だった?)



寺の奥、封じられた納骨堂。

そこに、白石杏奈は立っていた。

まっすぐ慎吾の方を見て、微笑む。

「気づいたね、慎吾くん」

「……お前は……なんなんだ……!」

杏奈は、笑顔のまま涙を流していた。

「私は、君が“裁かなかった全て”の象徴。
誰にも守られなかった者。忘れられた者。
そして……神の意志に従って、君の“最後の判断”を見届ける者」

「じゃあ、お前は……人間じゃない……?」

杏奈はゆっくりと首を横に振った。

「人間だったこともあるよ。
だけど、君が目を逸らしたあの日に、私は“人ではない存在”になった。
そうして、何百年もこの島に縛られてきたの」

「私を消して。
そうすれば、全てが終わる。君たちは帰れる。
私は……“存在しなかったこと”になる。
それでいいの」

「やめろ……そんなの……!」

「違う。これは、君にしかできないこと。
君が、器だから。
そして――君だけが、私を覚えていられる最後の人間だから」

慎吾の瞳から、涙があふれた。

「そんなの……俺が救われた気になるだけじゃないか……!」

「それでも、いいの。
“救われたって、いい”のよ、慎吾くん。
だって、君は、ずっと、誰かを“救いたかった”んでしょう?」

慎吾は、ゆっくりと歩み寄り、杏奈の手を握った。

手の感触はあった。温かかった。

それが、いっそう残酷だった。

「……お前を忘れたくない」

「でも、忘れて。お願い。
それが私の――望みだから。」

そして慎吾は――

その手を、そっと離した。

次の瞬間――杏奈の姿は、風に溶けるようにして消えた。

そこに、誰もいなかったかのように。

どこにも、何も、残されていなかった。

ただ、慎吾の瞳の奥にだけ、涙を浮かべた少女の微笑が残っていた。



そして。

正源寺の鐘が――

静かに、鳴り響いた。

ゴォォォン……

圭吾が、声を震わせながら言った。

「……鐘が、還りを告げた」

涼子が息を呑む。

「じゃあ……私たち……」

慎吾は、静かに頷いた。

「帰れるよ。……やっと、終わったんだ」
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