ベア・キングダム

naomikoryo

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第二部:「混沌の調停者」

第2話「ザルガスの眼」

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翌朝、谷の空気は張り詰めていた。
夜のうちに谷に流れ込んできた情報が、動物たちを落ち着かなくさせていたのだ。

「北の森に、黒旗を掲げた魔物の斥候が入った。」
そう告げたのは、梢を飛んできたカケスだった。

フィンが尾を揺らす。
「ただの偵察じゃない。奴らは地形や獣道を調べ、侵攻ルートを探っているはずだ。」

バルトは、斥候の侵入を許せば谷も森も危うくなると察した。
彼は立ち上がり、フィンと目を合わせる。
それだけで、必要な行動が決まった。



森の北寄り。
湿った土の匂いに混じって、鉄と血の匂いが漂っていた。
低木の陰に、背を低くしたフィンが身を潜めている。

「三体だ。亜人のオークが二、飛行型の魔物が一。飛び回って索敵している。」

フィンの声を、バルトは理解して頷く。
そして、低く前脚を構えた。

(……速攻で仕留める。)

合図とともに、フィンが右に回り込む。
地面を蹴った音を聞きつけたオークがそちらを向いた瞬間──

バルトが正面から現れた。

巨体の影が迫る。
オークが斧を振りかざすが、その前腕をバルトの前脚が一撃で弾き飛ばした。
骨が砕ける音。
オークは悲鳴を上げ、地面に転がる。

もう一体のオークが背後から迫る。
だが、フィンがその膝裏に飛び込み、牙で腱を断ち切った。
巨体が崩れ落ちる。

上空の飛行魔物が警戒の声を上げたが、その翼に絡みついたのは──森のツタだった。
これは、先回りしていたリスたちが枝を渡り、タイミングを見計らって切った罠だ。

翼をもがれた魔物が地面に落ち、動けなくなる。
その目が、バルトを見据えた。

(……こいつが、噂の“森の王”か。)

その視線は、恐怖ではなかった。
獲物を値踏みするような、冷たい光。

バルトは一歩近づき、咆哮を上げた。
森全体が震えるような声。
飛行魔物はわずかにたじろぎ、それでも視線を逸らさなかった。

「伝える……ザルガスに……。」

掠れた声が空気を震わせる。
そのまま、飛行魔物は翼を引きずりながら北へと退いた。



谷に戻ったフィンが、不満げに言った。
「あの飛ぶやつ、わざと逃がしたな。」

バルトは頷いた。
(そうだ。来るなら、来い。だが──森は易々とは渡さない。)

グロムが岩壁の修繕を続けながら、低く呟いた。
「戦いは近い。」

その夜、北の城塞。
飛行魔物が玉座の前で膝をついた。

「ザルガス様……熊は……ただの獣では……ありません。
人間とも違う……。森の王です。」

玉座に座るザルガスの口元が、ゆっくりと歪んだ。

「面白い。次に見る時は……その首を、私の旗に掲げよう。」

黒い旗が、夜風に揺れた。
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