17 / 27
第二部:「混沌の調停者」
第6話「王の試練」
しおりを挟む
川の流れは、もう水ではなかった。
血と泥と、折れた武器が渦を巻いていた。
咆哮と悲鳴が入り混じる中、バルトはグロムの肩を抱え込むようにして敵の波を押し返した。
「……行け、バルト。」
グロムの声は低く、ひび割れていた。
肩の傷からは細かい石片がこぼれ、動くたびに軋む音がする。
(置いていけるわけがない。)
バルトは前脚で迫る魔物を弾き飛ばし、フィンに目で合図を送った。
フィンは理解すると同時に、谷方面へ続く獣道へ走り出す。
「道を開ける! ついて来い!」
*
撤退戦は、進むたびに重くなっていった。
森の地形を利用しても、敵は諦めない。
倒しても、押し返しても、また別の敵が現れる。
フィンが枝を駆け、後方から迫る敵を攪乱する。
小動物たちが次々と落とし穴や倒木の罠を作動させ、追撃の速度を削ぐ。
だが、それでも足音は近づいてくる。
バルトの背後から、鋭い矢が飛んだ。
それを体で受けたのは、グロムだった。
「……っ!」
矢が石の胸板を貫くことはなかったが、衝撃で彼は膝をついた。
バルトは彼を支え、木陰に押し込むようにして休ませた。
(守るためには……下がらなきゃならない時もある。)
その瞬間、バルトの脳裏に、遠い光景が蘇った。
──サーカス小屋の崩落、少女を庇った時。
あの時も、自分は「守る」ために動いた。
だが守れなかった命もある。
(今回は……誰も死なせない。)
*
日が傾き始めた頃、ようやく敵の足音が遠のいた。
フィンが戻ってくる。
「……なんとか撒いた。だが時間は稼げても、追ってくる。」
リリが木陰から姿を現した。
泥まみれで、息を切らし、目には涙がにじんでいる。
「バルト……!」
彼女はグロムの傷を見て、すぐに薬草を取り出した。
震える手で石の割れ目に湿布を押し当てる。
それは魔物の身体には馴染まないはずのものだが、不思議と温かさだけは伝わっていく。
グロムが、かすかに目を細めた。
*
その夜。
谷に戻ったバルトは、戦いの報告を動物たちに伝えるため、中央の広場に立った。
言葉は交わせない。
だが、表情と動作で「戦いはこれで終わらない」ことを示す。
静かな視線の中、創造神アウラの声がどこからともなく響いた。
──秩序とは、ただ守ることではない。
──時に選び、時に切り捨てる覚悟だ。
バルトは目を閉じた。
その意味を、痛いほど理解していた。
(試されている……。森の王として。)
血と泥と、折れた武器が渦を巻いていた。
咆哮と悲鳴が入り混じる中、バルトはグロムの肩を抱え込むようにして敵の波を押し返した。
「……行け、バルト。」
グロムの声は低く、ひび割れていた。
肩の傷からは細かい石片がこぼれ、動くたびに軋む音がする。
(置いていけるわけがない。)
バルトは前脚で迫る魔物を弾き飛ばし、フィンに目で合図を送った。
フィンは理解すると同時に、谷方面へ続く獣道へ走り出す。
「道を開ける! ついて来い!」
*
撤退戦は、進むたびに重くなっていった。
森の地形を利用しても、敵は諦めない。
倒しても、押し返しても、また別の敵が現れる。
フィンが枝を駆け、後方から迫る敵を攪乱する。
小動物たちが次々と落とし穴や倒木の罠を作動させ、追撃の速度を削ぐ。
だが、それでも足音は近づいてくる。
バルトの背後から、鋭い矢が飛んだ。
それを体で受けたのは、グロムだった。
「……っ!」
矢が石の胸板を貫くことはなかったが、衝撃で彼は膝をついた。
バルトは彼を支え、木陰に押し込むようにして休ませた。
(守るためには……下がらなきゃならない時もある。)
その瞬間、バルトの脳裏に、遠い光景が蘇った。
──サーカス小屋の崩落、少女を庇った時。
あの時も、自分は「守る」ために動いた。
だが守れなかった命もある。
(今回は……誰も死なせない。)
*
日が傾き始めた頃、ようやく敵の足音が遠のいた。
フィンが戻ってくる。
「……なんとか撒いた。だが時間は稼げても、追ってくる。」
リリが木陰から姿を現した。
泥まみれで、息を切らし、目には涙がにじんでいる。
「バルト……!」
彼女はグロムの傷を見て、すぐに薬草を取り出した。
震える手で石の割れ目に湿布を押し当てる。
それは魔物の身体には馴染まないはずのものだが、不思議と温かさだけは伝わっていく。
グロムが、かすかに目を細めた。
*
その夜。
谷に戻ったバルトは、戦いの報告を動物たちに伝えるため、中央の広場に立った。
言葉は交わせない。
だが、表情と動作で「戦いはこれで終わらない」ことを示す。
静かな視線の中、創造神アウラの声がどこからともなく響いた。
──秩序とは、ただ守ることではない。
──時に選び、時に切り捨てる覚悟だ。
バルトは目を閉じた。
その意味を、痛いほど理解していた。
(試されている……。森の王として。)
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。
前世の記憶を頼りに善悪等を判断。
貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。
2人の兄と、私と、弟と母。
母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。
ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。
前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。
俺に王太子の側近なんて無理です!
クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。
そう、ここは剣と魔法の世界!
友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。
ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる