ベア・キングダム

naomikoryo

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第二部:「混沌の調停者」

第8話「沈黙の調停者」

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夜明け前の森は、息を潜めていた。
戦場に満ちていた叫び声も金属音も、今はもうない。
ただ、焦げた草と血の匂いだけが重く残っている。



ザルガスは、黒い鎧の肩で呼吸を整えながら戦場を見渡した。
その周囲には倒れた魔物たちが散らばり、後方では軍勢が徐々に後退を始めている。

「……ここまでだ。」

彼は低く呟くと、剣を背に納めた。
その目は怒りに燃えていたが、冷静さを失ってはいない。
「森の王よ、次は必ず……。」

黒旗が降ろされ、魔物軍が北へと退いていく。
その背を追う者は、誰もいなかった。



南岸では、人間軍の兵士たちが肩を並べていたが、もはや戦意は残っていなかった。
カロル・ヴァイスは冷たい目で戦場を見回し、歯を噛み締める。

「撤収だ。森の奥には入るな。」

命令と同時に、鎧の列がきびすを返し、村へと引き上げていった。
その背中には敗北の色も、安堵の色も混ざっていた。



戦場の中央、浅瀬の上に、バルトは立っていた。
濡れた毛皮に光る水滴が、朝焼けに染まっている。
その周囲には、彼が倒した者たちが静かに転がっていた。
息のある者も、ない者も。

フィンが足音を忍ばせて近づく。
「……終わったな。」

バルトは頷かず、ただ前を見つめていた。
(終わってなどいない。
今日止めた流れは……必ずまた動き出す。)

草むらからリリが現れた。
泥と涙でぐしゃぐしゃの顔で、それでも安堵の笑みを浮かべている。
「……無事で、よかった。」

バルトはわずかに顔を向け、その瞳を見つめ返した。
言葉はなかった。
だが、伝わるものは確かにあった。



その日以降、「森の王」の名は人間領にも魔物領にも広く知れ渡った。
“言葉を解さぬ調停者”──
力で押さえ、命を奪わず、ただ森を守る存在。

谷には再び静寂が戻った。
しかし、遠い地から新たな風が吹き始めていることを、バルトもフィンも感じていた。

(次は……もっと大きな嵐になる。)

そして森の王は、沈黙のまま、朝日を背に谷へと戻っていった。

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