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第1章:「異世界の空、初めての戦場」
第5話「それでも僕は立ちたい」
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夜が明けた。
鳥のさえずりが森に戻り、火の消えた焚き火から微かに煙が立ち昇っていた。
剛は、夜通し眠れぬままその火の残滓を見つめていた。
眠れなかった理由は単純だった。
昨日、仲間が自分を庇って傷ついた。
自分は“勇者”としてそこにいたはずなのに、結局何もできなかった。
(やっぱり、俺じゃ無理なんじゃないか……)
そんな思いが、頭の奥にこびりついて離れない。
軽い足音が背後に近づいてくる気配がした。
振り返ると、そこにいたのはリアではなく――カイルだった。
「おはようございます、勇者様」
肩に包帯を巻き、まだ痛々しい顔で、けれど彼女はまっすぐに剛を見ていた。
「もう……歩いて大丈夫なの?」
「少しだけ。でも、休んでばかりいられませんから。戦場では、回復しているうちに次の戦いが来ますし」
そう言って微笑む彼女の目に、怯えはなかった。
「……昨日のこと、謝らせてほしい」
剛は小さく呟いた。
「俺がもっと早く気づけていれば、君は……」
「やめてください」
カイルの声が、想像以上に強く剛の耳に届いた。
「謝らないでください。私、あなたに庇われて、あなたが私の代わりに傷を負ってたら、きっと今、泣いてました」
剛は口を閉ざしたまま、視線を伏せた。
カイルは、包帯を巻いたままの腕でゆっくりと胸を押さえた。
「怖かったです。炎の矢が見えた瞬間、死ぬかもしれないって思いました。でも、あなたの姿が目に入ったんです。……その時、安心したんです」
「……俺は、何もできなかったのに?」
「それでも、“勇者様がそばにいる”って、それだけで、私は助かったんです」
その言葉が、胸に刺さった。
自分は偽物だ。剣も、魔法も、勇気も中途半端。
でも、“そばにいたこと”が、誰かを救った。
カイルは剛のすぐ近くまで歩み寄り、握っていた包みを差し出した。
開くと、中には木の実で作られた小さな護符が入っていた。丸く、粗削りで、紐の先には乾燥した薬草の葉が編み込まれている。
「うちの村に伝わる、“旅のお守り”です。小さな魔除けだけど、心が落ち着くって」
「……くれるの?」
「はい。私は昨日、命を助けてもらったから。次は、これが勇者様を守ってくれますように」
剛は、何かを言いかけて、言葉を失った。
その小さな護符が、彼の手の中で、想像以上に重かった。
小さなものに込められた、純粋な信頼。
“勇者様”と呼ばれることに罪悪感を感じていたはずなのに、いまはその言葉が胸に響いた。
まるで、自分が初めて“その名を受け取った”ような感覚だった。
数日後、王都ラグリムへの帰還が決まった。
北辺境の小競り合いはひとまず収束し、残党も散り散りになったという報が届いたのだ。
帰りの馬車の中、剛はリアと向かい合っていた。
珍しく彼のほうから口を開いた。
「リア。……俺、ちゃんと剣を覚えたい。魔法も、もっと知りたい」
「……急にどうしたの?」
「怖いよ。今でも。昨日だって、動けなかった。けど……」
剛は拳を握った。
「それでも、俺は、誰かの前から逃げたくない。勇者って呼ばれることに、ふさわしい人間になれるかどうかは分からないけど……せめて、“剛”として、立っていたい」
リアは驚いたように目を見開き、そして、ふっと笑った。
「剛らしい、ね。……それができたら、きっとタケルも喜ぶ」
「タケルさんは……俺のこと、見てるかな」
「たぶん。どこかで、君の成長を感じ取ってるはずよ」
馬車の窓から見える空は、少し霞がかっていた。
けれどその中で、確かに光が差しているのが見えた。
ラグリムに戻ったその日。
剛は自ら訓練場へと足を運び、兵士たちの前で静かに頭を下げた。
「今日から、また基礎から剣術を学ばせてください。……自分の手で、誰かを守るために」
その言葉に、兵たちは一瞬戸惑ったようだったが、やがて敬礼で応えた。
その中には、先日の森で共に戦った兵もいた。
そしてその夜、部屋でひとり、剛は静かに木剣を振っていた。
ぎこちない。遅い。形もまだ定まっていない。
けれど、その一振り一振りに、彼は確かに“自分の意志”を込めていた。
剣を振るう自分を、鏡が映していた。
そこには“勇者タケル”の姿をした少年がいた。けれど、それはもう“剛”として立っていた。
「俺は、剛だ。だけど……この世界で、誰かのために立つことはできる」
そう呟いた声は、小さくとも確かに、夜の空に届いた。
鳥のさえずりが森に戻り、火の消えた焚き火から微かに煙が立ち昇っていた。
剛は、夜通し眠れぬままその火の残滓を見つめていた。
眠れなかった理由は単純だった。
昨日、仲間が自分を庇って傷ついた。
自分は“勇者”としてそこにいたはずなのに、結局何もできなかった。
(やっぱり、俺じゃ無理なんじゃないか……)
そんな思いが、頭の奥にこびりついて離れない。
軽い足音が背後に近づいてくる気配がした。
振り返ると、そこにいたのはリアではなく――カイルだった。
「おはようございます、勇者様」
肩に包帯を巻き、まだ痛々しい顔で、けれど彼女はまっすぐに剛を見ていた。
「もう……歩いて大丈夫なの?」
「少しだけ。でも、休んでばかりいられませんから。戦場では、回復しているうちに次の戦いが来ますし」
そう言って微笑む彼女の目に、怯えはなかった。
「……昨日のこと、謝らせてほしい」
剛は小さく呟いた。
「俺がもっと早く気づけていれば、君は……」
「やめてください」
カイルの声が、想像以上に強く剛の耳に届いた。
「謝らないでください。私、あなたに庇われて、あなたが私の代わりに傷を負ってたら、きっと今、泣いてました」
剛は口を閉ざしたまま、視線を伏せた。
カイルは、包帯を巻いたままの腕でゆっくりと胸を押さえた。
「怖かったです。炎の矢が見えた瞬間、死ぬかもしれないって思いました。でも、あなたの姿が目に入ったんです。……その時、安心したんです」
「……俺は、何もできなかったのに?」
「それでも、“勇者様がそばにいる”って、それだけで、私は助かったんです」
その言葉が、胸に刺さった。
自分は偽物だ。剣も、魔法も、勇気も中途半端。
でも、“そばにいたこと”が、誰かを救った。
カイルは剛のすぐ近くまで歩み寄り、握っていた包みを差し出した。
開くと、中には木の実で作られた小さな護符が入っていた。丸く、粗削りで、紐の先には乾燥した薬草の葉が編み込まれている。
「うちの村に伝わる、“旅のお守り”です。小さな魔除けだけど、心が落ち着くって」
「……くれるの?」
「はい。私は昨日、命を助けてもらったから。次は、これが勇者様を守ってくれますように」
剛は、何かを言いかけて、言葉を失った。
その小さな護符が、彼の手の中で、想像以上に重かった。
小さなものに込められた、純粋な信頼。
“勇者様”と呼ばれることに罪悪感を感じていたはずなのに、いまはその言葉が胸に響いた。
まるで、自分が初めて“その名を受け取った”ような感覚だった。
数日後、王都ラグリムへの帰還が決まった。
北辺境の小競り合いはひとまず収束し、残党も散り散りになったという報が届いたのだ。
帰りの馬車の中、剛はリアと向かい合っていた。
珍しく彼のほうから口を開いた。
「リア。……俺、ちゃんと剣を覚えたい。魔法も、もっと知りたい」
「……急にどうしたの?」
「怖いよ。今でも。昨日だって、動けなかった。けど……」
剛は拳を握った。
「それでも、俺は、誰かの前から逃げたくない。勇者って呼ばれることに、ふさわしい人間になれるかどうかは分からないけど……せめて、“剛”として、立っていたい」
リアは驚いたように目を見開き、そして、ふっと笑った。
「剛らしい、ね。……それができたら、きっとタケルも喜ぶ」
「タケルさんは……俺のこと、見てるかな」
「たぶん。どこかで、君の成長を感じ取ってるはずよ」
馬車の窓から見える空は、少し霞がかっていた。
けれどその中で、確かに光が差しているのが見えた。
ラグリムに戻ったその日。
剛は自ら訓練場へと足を運び、兵士たちの前で静かに頭を下げた。
「今日から、また基礎から剣術を学ばせてください。……自分の手で、誰かを守るために」
その言葉に、兵たちは一瞬戸惑ったようだったが、やがて敬礼で応えた。
その中には、先日の森で共に戦った兵もいた。
そしてその夜、部屋でひとり、剛は静かに木剣を振っていた。
ぎこちない。遅い。形もまだ定まっていない。
けれど、その一振り一振りに、彼は確かに“自分の意志”を込めていた。
剣を振るう自分を、鏡が映していた。
そこには“勇者タケル”の姿をした少年がいた。けれど、それはもう“剛”として立っていた。
「俺は、剛だ。だけど……この世界で、誰かのために立つことはできる」
そう呟いた声は、小さくとも確かに、夜の空に届いた。
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