双星の記憶(そうせいのきおく)

naomikoryo

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第1章:「異世界の空、初めての戦場」

第6話「第二の戦場、森の潜伏戦」

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 「勇者タケル様、次の任務についてご説明いたします」

 訓練場の隅、地図の広げられた木製の机を前に、剛は軍の中隊長からそう告げられた。

 剛は無意識にリアの方をちらりと見たが、彼女は黙って頷いただけだった。
 ここでは彼は“勇者タケル”として扱われている。誰にも、真実を知られてはならない。
 彼の名前は、“希望”として流布しているのだ。
 

「目的地は南東にある『カスレの森』。魔王軍の残党と思しき魔族たちの拠点が発見されました」

 中隊長が剛の目をじっと見据える。

「今回は、正面からの戦闘ではなく、“偵察および潜伏任務”です。敵の動きや構成を探り、拠点の位置を確定させることが目的となります」

「……俺も、行くんですか?」

「もちろんです。タケル様は、この任務の“象徴”です。現地部隊の士気を維持するには、あなたの存在が必要不可欠です」

(また、これだ……)

 剛は心の中で小さく呟いた。
 結局、どこに行っても“象徴”や“希望”と呼ばれる。
 それが勇者という役目であり、タケルが残した偉大さの影でもある。

 だが今の彼には、逃げ出す理由も、言い訳もない。

 カイルやエリオのような仲間と共に立った前線で、確かに自分は“誰かを守りたい”と思った。
 その気持ちだけが、いま剛を支えていた。

「……分かりました。俺にできることを、やります」
 

 その返答に、中隊長は満足げに頷いた。

「頼もしいお言葉です。では、明日出発。今回の任務では、偵察部隊の副指揮官として“グレイ=バルムント”が随行します」

「グレイ……?」

「魔王討伐戦の生き残りで、かつてタケル様と肩を並べた戦士のひとりです」

(うわ……)

 剛は心の中で、またしてもタケルとの過去のつながりに胃が縮む音を聞いた。


 その夜、リアの部屋で彼はぼそっと呟いた。

「……また、“かつてのタケル様と共に”だってさ」

「まぁ、あの人、人間関係は広かったからね」

「そろそろ無理が出てきそうで怖いよ……。相手に“昔話”でもされたら、即終了だよ」

「でも、ここまで来て、君を“タケルじゃない”と思った人はいなかった。みんな、剛の中に“タケルの意思”を見てるのよ」

「それって……怖くない?」

「うん。怖い。でも同時に、君が君として何かを掴もうとしている証でもあるわ」


 そして翌朝。剛は新たな任務の地、カスレの森へと足を踏み入れた。
 

 濃密な霧と静寂が支配するこの森は、地形が複雑で索敵が難しい。
 目印になるような岩や木も少なく、方角を見失いやすい。

「ここが、“魔族たちの新たな潜伏地”か……」

 リアが小声で呟いた。

「それにしても、やけに静かね。まるで“見られてる”みたい」

「リア……気を付けて」

 剛も、自然と剣の柄に手が伸びていた。


 そこで現れたのが、斥候部隊を率いる男――グレイ=バルムントだった。

 長身に黒革の鎧。口数少なく、鋭い目つき。
 明らかに歴戦の戦士という雰囲気を纏っていた。

「お久しぶりです、“勇者タケル”殿」

 その声には、感情の色がなかった。

「……えっと、ひさしぶり……です」

 剛は言葉を選びながらぎこちなく頭を下げた。

 (ヤバい、バレてないよな……?)

 内心、冷や汗が背中を伝う。

「……ずいぶん、雰囲気が変わりましたな」

「え……」

「以前のあなたは、もっと自信に満ちていた。堂々としていて、目が鋭かった」
 

 その言葉に、剛の喉が鳴った。

(やっぱり……気づいてる?)

 しかし、次に返ってきたのは予想外の言葉だった。

「……だが、それも悪くない。戦場に立つ者として、必要なことを“見失わなくなった”という意味では、むしろ“今のあなたの方が、信頼できる”」

 剛は、思わず目を見開いた。
 

「ありがとう……ございます」

「名声は過去のものだ。だが、戦場で“誰かを守ろう”という意志は、今そこにある。それで十分です」
 

 グレイの言葉は、重く、そして優しかった。
 もしかしたら彼は、剛の“違和感”に気づいているのかもしれない。
 それでも、「勇者タケル」ではなく、「今ここにいる戦士」として、彼を受け入れてくれていた。
 

 その日、剛は初めて本格的な魔力感知の訓練に入った。

 リアの魔導支援を受けながら、剛の中に眠っていた“感知系魔法”が目を覚まし始める。

「……感じる。あの木の奥、少しだけ魔力の残滓がある」

「正解。敵が焚き火をした跡ね。……すごいわ、剛」

 リアの褒め言葉に、剛は照れたように笑った。


 その夜。潜伏地の一角にて。

 部隊は魔族の足跡を辿り、拠点の位置を特定することに成功した。
 戦闘こそ避けたが、これにより王都への報告が可能となり、戦略的には大きな前進だった。


 戻りの道中、グレイが剛にぽつりと告げた。

「俺たちは、“英雄の再来”を望んでいるわけではない」

「……え?」

「英雄は一人いれば十分だ。だが、“剣を取り、共に生きる者”は、何人いても構わない」

 剛は、その言葉を胸に深く刻んだ。


 “英雄”にはなれない。
 けれど、“誰かと共に戦う者”には、なれるかもしれない。
 

 その夜、剛は木剣ではなく、初めて“本物の鋼剣”を腰に下げた。

 それは重く、そして静かに、彼の歩みに寄り添っていた。
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