双星の記憶(そうせいのきおく)

naomikoryo

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最終章:「双星の残響(そうせいのざんきょう)」

第4話 「宿屋に落ちた影」

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その影は、音もなく扉の前に立っていた。

 タケルは、星見亭のカウンターで帳簿をつけながらふと顔を上げた。

 風も、鈴も、何も鳴っていない。だが――何かが入ってきたと、確かに感じた。

 
 客のいないはずの夜。

 開いたはずのない扉の前に、“誰か”がいた。

 
 「いらっしゃ――」

 
 声をかけかけて、タケルはその先を失った。

 そこに立っていた“それ”は、人の姿をしているようで、していなかった。

 フードを深くかぶった旅人風。だが顔が見えない。
 顔を隠しているのではなく――そこに顔が“記録されていない”。

 
 そして、まるで空間の奥から“しみ出してきた”ように、存在感そのものが希薄で、だが決して無視できない圧。

 
 「……どちらから、お越しで?」

 タケルは、あえていつも通りの声を出した。

 剣の柄に指をかけることなく、相手の“言葉”を待つ。

 
 その来訪者は、カウンター前で静かに止まり、しばし沈黙ののち、かすれた声を漏らした。

 
 >「ここには……“境界の残滓”がある……」

 
 タケルの背筋に冷たいものが走る。

 「……お前、どこから来た?」
 

 問いには答えず、来訪者はゆっくりとフードを上げ――
 そこにあったのは、空洞だった。

 顔ではない。
 空そのもの。虚無。穴。何かを拒絶し、すべてを吸い込もうとする“記録の黒”。

 
 >「かつてふたつの世界が交わったこの場所……
  そこに生まれた“存在の外”から、我は来た……」
 

 タケルは、完全に理解した。

 こいつは、地球に現れた“オルター=ガルド”の“影”。

 あるいは、それよりも前に潜り込んでいた“予兆そのもの”。

 
 この宿が、「地球と異世界が交差した点」だったこと。

 タケルと剛が、ここで初めて意思を交わし、再び別れを誓った“地”だったこと。

 
 その記憶すらも、こいつは――書き換えようとしている。

 
 「帰れ」

 タケルは低く言った。

 剣の柄に、指をかける。

 
 「ここは、俺たちが選んだ“今”を生きる場所だ。
  お前に、侵される筋合いはない」
 

 影が、ゆっくりと首を傾げた。
 “首”という概念があるのかどうかも怪しいが、そう見えた。

 
 >「選択は……記録されなければ……“存在”しない……」

 >「ならば、ボクが、“正しい記録”に戻してあげる……」

 
 空気が凍った。

 その瞬間、剣が抜かれていた。

 
 タケルは一瞬のうちに《竜喰いの剣》を抜き払い、
 目の前の虚無に向けて、一閃の剣気を叩きつけた。

 
 斬撃が空間を切り裂く。
 宿屋の床が鳴り、空気が逆巻く。

 
 ――だが。
 

 影は、その攻撃を“避けなかった”。

 そのまま、霧のように剣をすり抜け、カウンターの中へ入り込もうとする。


 「チッ……!」
 

 タケルは即座に封印術式を展開し、カウンターの奥にあった魔導陣を起動。
 “記憶の結界”を貼り、影の侵入を拒絶する。
 

 その瞬間、影がビリビリと震え、虚ろな声を残した。

 
 >「……これは……剛の記憶……?」

 >「……“二つの勇者”の残滓……?」

 
 タケルの目が鋭くなる。

 「……お前、“あいつ”を知ってるのか?」

 
 影は、しばし沈黙し――やがて、低く囁くように答えた。
 

 >「剛……タケル……ふたつの記録は、“未完成”……
  だからこそ、“融合”する価値がある……
  あらゆる可能性を一つにまとめ、“完全な勇者”を創造する……」

 
 タケルの喉奥が熱くなる。

 剛は、勇者ではなかった。
 でも、誰よりも“世界を救おう”とした。

 自分だって、誰かの理想になりたかったわけじゃない。
 ただ、今を守りたかっただけだ。

 
 「お前の言う“完全”なんていらねぇ。
  欠けてるからこそ、迷って、考えて、悩んで……それで選んだ道が、俺たちの“答え”なんだよ」

 
 影が、わずかに崩れた。

 まるで、その言葉に何かが“揺れた”ように。

 
 だが次の瞬間、影は音もなくその場から“消えた”。

 まるで最初から存在していなかったかのように、空気だけを残して。
 

 タケルは剣を納め、深く息を吐いた。

 宿屋は静かだった。
 だが、この静けさが、“嵐の前”であることを、彼は本能的に感じ取っていた。

 
 その夜。
 リアが寝室から現れ、静かに言った。

 
 「……見えたの。“あの星”が」

 「星?」
 

 「地球の空にしかなかった、あの“記憶の裂け目”。
  今夜、こっちの空にも浮かんだの。はっきりと、“同じ色”で」

 
 タケルの手が、そっと宙を握る。

 遠くにいる剛も、今頃、同じ空を見上げているのだろうか。
 

 「来るな、剛……“最後の戦い”が」
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