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第1話 「うちの新人がマザコンでエースってどういうこと?」
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朝、出社すると同時に飛び込んできたのは、女子社員たちの黄色い歓声だった。
「真木くん、おはようございます!今日のネクタイも素敵ですね!」
「そのスーツの色、めっちゃ似合ってる~。モデルさんみたい!」
出た出た、朝の“真木祭り”だ。
うちの新人、真木陽翔(まき はると)。
この春に入社したばかりのピカピカの新入社員で、会社に入ってたった三ヶ月で、営業部のエース候補と呼ばれている。
ただし、成績よりも先に「顔」で話題になったあたりが、なんとも我が社らしい。
背が高くて、シュッとした塩顔。無駄にキラキラした目。
目が合うとやたらとニッコリ笑ってくるのもずるい。
女子社員たちが毎日浮き足立つのも分からなくはない。
だけど——
「うちの新人が超マザコンなんて、誰も思ってないだろうな」
私は隣の席で彼を横目に見ながら、ため息をついた。
***
「黒瀬主任~、昨日の『ドキュメント72時間』見ました?」
「見た見た!ウーバー配達員に密着してたやつでしょ? あれ、配達先で告白された女の子、最高だったわ。あのテンパり方、私かと思ったもん」
「わかります~!」
会議室に向かうエレベーターの中で、後輩のOLたちとわいわい笑い合う。
私は黒瀬美月(くろせみづき)、38歳。
商社に勤めてもう15年。独身、彼氏なし、趣味はバラエティ番組と深夜ラジオ。
普段から、堅苦しいのは苦手。
上司ってほど偉そうでもないし、後輩ってほど若くもない。
だからこそ、若い子たちとの距離感にはちょっと自信がある。
**「いい意味でイタくない年上女子」**という、微妙なポジションを死守してきたのだ。
でも、真木陽翔だけは別だ。
あいつ、若い女子に全然興味を示さない。
「黒瀬主任~、すみません、午後の資料……まとめときました!」
「ありがとう。うわ、見やすいね、これ。さすが真木くん」
爽やかスマイルを浮かべて資料を差し出してきた陽翔に、私は自然に微笑み返す。
――が、その刹那。
「……うちの母が言ってたんですよ。数字の資料って、色分けすると頭に入りやすいって」
……また、それか。
真木陽翔の会話には、やたらと“母”が出てくる。
「母が作った弁当です」
「母が体にいいって言ってたので」
「母が勧めてくれた本なんですけど」
最初はただの仲良し親子だと思っていた。だが、ある日聞いてしまった。
「え? 陽翔くん、母親のこと“ママ”って呼んでるの?」
「はい、家ではずっと“ママ”ですね。……外では“母”って言ってますけど」
――真木陽翔、25歳、大卒、営業のエース、重度のマザコン。
***
営業先での打ち合わせ帰り、私は陽翔と二人でカフェに立ち寄っていた。
社内で彼のマザコンっぷりに触れるのは難しいけど、社外なら……と探りを入れてみる。
「真木くん、さ。今まで彼女とかいたの?」
「え? ああ……いないっす」
あっさり。
「えー、もったいない。イケメンなのに」
「若い女の子、ちょっと苦手なんですよね。テンション高いし、話かみ合わないし……なんか、うるさいじゃないですか」
バッサリ言ったな。
「黒瀬主任みたいに、落ち着いてて大人の女性の方が、僕は安心します」
サラッとそう言ってコーヒーを飲む陽翔の横顔を見ながら、私は「はいはい」と苦笑いした。
確かにこいつは、社内のOLたちには全然靡かない。
それどころか、こっちが気を使って仲良くしようとしても、どこか一歩引いた距離感がある。
――それなのに、年上の女性には妙に甘え上手だ。
***
夕方、社に戻ると社長に呼び止められた。
「黒瀬くん。ちょっといいか?」
五十嵐鷹人社長。45歳、独身。スーツ姿がやけに様になってる大人の男。
妙に“モテそう”な空気を纏ってる。
「はい、なんでしょうか?」
「真木のことだけど……取引先からの評判がすごくいい。君、直属の上司だよね?」
「は、はい。一応……」
「頼りにしてるよ。ああいう子を“仕上げて”くれるの、君しかいない」
“仕上げる”……?
まさか――と、社長の言葉にふと不安がよぎる。
***
その夜。
帰宅準備をしていると、真木陽翔がぬっと私のデスクに現れた。
「黒瀬主任……今日、ちょっとご相談が」
「ん? なに?」
「……もし良かったら、うち、来ませんか? 晩ごはん、ママが作ってるんで」
出た。ママ。
「ええ? お母さんに会うの? なんでまた」
「なんか、黒瀬主任のこと、すごく気になってるみたいで……。この前の取引の話を僕がしたら、“ぜひお礼したい”って言ってて」
――そう言われたら断れないじゃんか。
***
真木家の玄関は、想像の五倍派手だった。
ピンクの玄関マットに、謎のミラーボール風ライト。そして……出迎えた女性は――
「やっほ~!陽翔のママで~す☆」
ギャルだった。
茶髪にネイル、ミニスカート。しかも谷間、出てる。
「……え?」
「お姉さん、ようこそ♡ 陽翔がいつもお世話になってます~!てか、めっちゃキレイ!うちの子にはもったいないわ、マジで」
「……え? あ、ど、どうも……」
――待って、これ、ほんとに陽翔の母親!?
その夜、夕食後に台所で皿洗いを手伝っていると、彼女がそっと言った。
「ねぇ、お姉さん……陽翔のこと、どうにかしてくれない?」
「……え?」
「甘えん坊すぎてマジ無理!男としても、彼氏としても、このままじゃ詰んでんの。そろそろ、“ママ”から卒業させてやってほしいのよねぇ~。……色仕掛けでもなんでもいいからさ」
「え、えええええ!?」
「なんなら、あんたが婿にしてくれてもいいよ? あっ、いっそ養子にしちゃって?」
笑ってるけど、本気だ、この人。
――うちの新人がマザコンでエースで、
――その母親はギャルでバツイチで、社長と……?
私、どんな闇鍋に足を突っ込んだの……?
(つづく)
「真木くん、おはようございます!今日のネクタイも素敵ですね!」
「そのスーツの色、めっちゃ似合ってる~。モデルさんみたい!」
出た出た、朝の“真木祭り”だ。
うちの新人、真木陽翔(まき はると)。
この春に入社したばかりのピカピカの新入社員で、会社に入ってたった三ヶ月で、営業部のエース候補と呼ばれている。
ただし、成績よりも先に「顔」で話題になったあたりが、なんとも我が社らしい。
背が高くて、シュッとした塩顔。無駄にキラキラした目。
目が合うとやたらとニッコリ笑ってくるのもずるい。
女子社員たちが毎日浮き足立つのも分からなくはない。
だけど——
「うちの新人が超マザコンなんて、誰も思ってないだろうな」
私は隣の席で彼を横目に見ながら、ため息をついた。
***
「黒瀬主任~、昨日の『ドキュメント72時間』見ました?」
「見た見た!ウーバー配達員に密着してたやつでしょ? あれ、配達先で告白された女の子、最高だったわ。あのテンパり方、私かと思ったもん」
「わかります~!」
会議室に向かうエレベーターの中で、後輩のOLたちとわいわい笑い合う。
私は黒瀬美月(くろせみづき)、38歳。
商社に勤めてもう15年。独身、彼氏なし、趣味はバラエティ番組と深夜ラジオ。
普段から、堅苦しいのは苦手。
上司ってほど偉そうでもないし、後輩ってほど若くもない。
だからこそ、若い子たちとの距離感にはちょっと自信がある。
**「いい意味でイタくない年上女子」**という、微妙なポジションを死守してきたのだ。
でも、真木陽翔だけは別だ。
あいつ、若い女子に全然興味を示さない。
「黒瀬主任~、すみません、午後の資料……まとめときました!」
「ありがとう。うわ、見やすいね、これ。さすが真木くん」
爽やかスマイルを浮かべて資料を差し出してきた陽翔に、私は自然に微笑み返す。
――が、その刹那。
「……うちの母が言ってたんですよ。数字の資料って、色分けすると頭に入りやすいって」
……また、それか。
真木陽翔の会話には、やたらと“母”が出てくる。
「母が作った弁当です」
「母が体にいいって言ってたので」
「母が勧めてくれた本なんですけど」
最初はただの仲良し親子だと思っていた。だが、ある日聞いてしまった。
「え? 陽翔くん、母親のこと“ママ”って呼んでるの?」
「はい、家ではずっと“ママ”ですね。……外では“母”って言ってますけど」
――真木陽翔、25歳、大卒、営業のエース、重度のマザコン。
***
営業先での打ち合わせ帰り、私は陽翔と二人でカフェに立ち寄っていた。
社内で彼のマザコンっぷりに触れるのは難しいけど、社外なら……と探りを入れてみる。
「真木くん、さ。今まで彼女とかいたの?」
「え? ああ……いないっす」
あっさり。
「えー、もったいない。イケメンなのに」
「若い女の子、ちょっと苦手なんですよね。テンション高いし、話かみ合わないし……なんか、うるさいじゃないですか」
バッサリ言ったな。
「黒瀬主任みたいに、落ち着いてて大人の女性の方が、僕は安心します」
サラッとそう言ってコーヒーを飲む陽翔の横顔を見ながら、私は「はいはい」と苦笑いした。
確かにこいつは、社内のOLたちには全然靡かない。
それどころか、こっちが気を使って仲良くしようとしても、どこか一歩引いた距離感がある。
――それなのに、年上の女性には妙に甘え上手だ。
***
夕方、社に戻ると社長に呼び止められた。
「黒瀬くん。ちょっといいか?」
五十嵐鷹人社長。45歳、独身。スーツ姿がやけに様になってる大人の男。
妙に“モテそう”な空気を纏ってる。
「はい、なんでしょうか?」
「真木のことだけど……取引先からの評判がすごくいい。君、直属の上司だよね?」
「は、はい。一応……」
「頼りにしてるよ。ああいう子を“仕上げて”くれるの、君しかいない」
“仕上げる”……?
まさか――と、社長の言葉にふと不安がよぎる。
***
その夜。
帰宅準備をしていると、真木陽翔がぬっと私のデスクに現れた。
「黒瀬主任……今日、ちょっとご相談が」
「ん? なに?」
「……もし良かったら、うち、来ませんか? 晩ごはん、ママが作ってるんで」
出た。ママ。
「ええ? お母さんに会うの? なんでまた」
「なんか、黒瀬主任のこと、すごく気になってるみたいで……。この前の取引の話を僕がしたら、“ぜひお礼したい”って言ってて」
――そう言われたら断れないじゃんか。
***
真木家の玄関は、想像の五倍派手だった。
ピンクの玄関マットに、謎のミラーボール風ライト。そして……出迎えた女性は――
「やっほ~!陽翔のママで~す☆」
ギャルだった。
茶髪にネイル、ミニスカート。しかも谷間、出てる。
「……え?」
「お姉さん、ようこそ♡ 陽翔がいつもお世話になってます~!てか、めっちゃキレイ!うちの子にはもったいないわ、マジで」
「……え? あ、ど、どうも……」
――待って、これ、ほんとに陽翔の母親!?
その夜、夕食後に台所で皿洗いを手伝っていると、彼女がそっと言った。
「ねぇ、お姉さん……陽翔のこと、どうにかしてくれない?」
「……え?」
「甘えん坊すぎてマジ無理!男としても、彼氏としても、このままじゃ詰んでんの。そろそろ、“ママ”から卒業させてやってほしいのよねぇ~。……色仕掛けでもなんでもいいからさ」
「え、えええええ!?」
「なんなら、あんたが婿にしてくれてもいいよ? あっ、いっそ養子にしちゃって?」
笑ってるけど、本気だ、この人。
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私、どんな闇鍋に足を突っ込んだの……?
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