私の部下 ~マザコンでしたが、今では恋人で、夫です。

naomikoryo

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第12話 「社長命令『陽翔、黒瀬と一緒に住め』発動」

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 月曜の朝。
 社内メールに添付されたPDFファイルのタイトルが、私の心を凍らせた。

【人材育成研修制度:営業部 第1号対象者・真木陽翔】

 その下に続く文言には、こう書かれていた。

目的:精神的自立とパーソナルスキル向上のため、社内推薦により「生活共有型育成プログラム」を実施。
期間:本日より1ヶ月間
指導員:営業主任 黒瀬美月
内容:仮住居において対象者との生活を通じ、社会人としての主体性・家庭内スキル・対人理解を育成する

 

(社長、マジでやりやがった……!!!)

 

 人材育成制度という表向きの建前を掲げつつ、その実態は――

 マザコン部下を、直属の女性上司と一緒に住ませて矯正するという、斬新すぎる制度。

 いやもう、完全にどこかの恋愛バラエティ番組である。

 

***

 

 陽翔本人にはすでに通達がいっていたらしく、出社と同時に私のデスクに来て、小さく頭を下げてきた。

「……主任。正式に、よろしくお願いします」

「……はい。まあ、その、こちらこそ」

「“一緒に暮らせる”って分かったとき、正直すごく嬉しかったです」

「……そう……」

「でも、浮かれてばかりじゃいけないってママに怒られました。“そこからが本番よ、バカ息子!”って」

「ママのツッコミ、だいぶ的確だね」

「ほんと、たまに男前なんですよね……」

 

 これから1ヶ月。

 陽翔と私は、**“恋でも家族でもない奇妙な共同生活”**を始めることになる。

 

***

 

 その日の夕方。

 仮住居の部屋の鍵を受け取り、社長の黒塗り公用車でふたり揃って送られるという、まるで引っ越しロケのような展開に。

 場所は、都内某所の高級レジデンス。会社が借りている企業保養施設の一角。

 間取りは2LDK。広いリビング、各自の個室、キッチンも風呂も設備充実。

 しかし――

「これ、完全に“夫婦仕様”じゃん……!」

 私は玄関で靴を脱ぎながら、思わず叫んでいた。

 

「おじゃましまーす……あ、いや、住むんでした。よろしくお願いします、主任」

「うん、よろしく……。って、ちょっと待って」

「はい?」

「そのカバン、なに? でっかいトートに詰まってるの全部?」

「はい。衣類と、洗面道具と、ママとの写真アルバムと、手紙と、幼稚園の頃の絵本と――」

「ま、待って待って待って、アルバム? 絵本?」

「え? あ、やばいですか?」

「やばい通り越して、住職呼んだ方がいいレベルなんだけど……」

 

 私はソファに座り込み、頭を抱えた。

 (マザコン、想像以上に本格装備で来やがった……)

 

***

 

 それでも、生活は始まる。

 まずはルール決めから。仕事終わりの夜、夕食のあと、ダイニングテーブルでふたり並んでノートを開いた。

「とりあえず、掃除当番は交代制。洗濯は各自。風呂は時間ずらして、夜10時以降のシャワーは禁止。ごみ出しは当番表を貼る」

「了解です! すごい……ママより厳しい……」

「そのママ基準、マジでやめて」

「でも、ママはこういうの全部自分でやっちゃうタイプだったんで……」

「それがいけないんだよ!」

「えっ」

「自分で考えなきゃ。行動しなきゃ。大人になるってそういうことでしょ?」

 言いながら、自分で自分に驚いていた。
 私、まるで家庭科の先生みたいな説教してる……。

 

 でも、不思議と嫌じゃなかった。

 彼の視線が、まっすぐ私に向いている。
 ふざけず、照れず、ちゃんと向き合ってる。

 少しずつでも、彼の中で“依存”が“自立”に変わっていくのを、私は感じ始めていた。

 

***

 

 夜、リビングでお互いスマホをいじっていると、陽翔がふと呟いた。

「……こうやって並んでると、ちょっと変な感じですね」

「まあね。仕事のあとに家でまた顔合わせるって、なんか変」

「でも、安心する。主任の声とか、匂いとか」

「匂い……?」

「あ、変な意味じゃなくて! なんかこう、落ち着く香りっていうか……ママとも違う」

「だから、ママ比較すんなって!」

「でも……主任のことは、ちゃんと“主任”として見てますよ」

「……ふーん」

「“女性”としても、ちゃんと」

「……ちょ、こら、それは……」

「また怒られるな、これ。……でも、そうやって怒ってくれるの、ママ以外で主任が初めてだから、嬉しいんです」

「……」

 

 この子は、どこまで素直で、どこまで本気なんだろう。

 まだ答えは出せないけれど、
 でも私は――

 この子と一緒に暮らす1ヶ月が、ただの研修じゃ済まない気がしていた。

 

(つづく)
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