灯火の約束

古びた街灯

篠崎拓真は、毎日のように学校帰りに寄り道をしていた。
目当ては、学校から少し離れた静かな通りに並ぶ古びた街灯だった。
昼間の喧騒から解放されたその場所は、彼にとって唯一、心を落ち着けることができる場所だった。

その通りは、地元でも歴史がある場所とされていたが、いまや人通りも少なく、商店のほとんどは閉店してシャッター街と化していた。
けれど、拓真にとってはその静けさがありがたかった。
古いベンチに腰を下ろし、持ってきた小説を開いてページをめくる時間は、何よりも心を癒やしてくれるものだった。

その日も、拓真はいつものようにベンチに座り、本に没頭していた。
だが、不意に視界の端で何かが動いた気がして顔を上げた。
そこには、一人の少女が立っていた。

少女は拓真の方をじっと見ている。
制服は拓真と同じ学校のものだが、その姿はどこか不思議な雰囲気をまとっていた。
彼女は整った顔立ちをしていたが、目に映る何かが現実味を欠いているようにも感じられた。

「ここ、好きなの？」

突然、少女が話しかけてきた。
声は柔らかく、少し澄んだ響きを持っていた。

「え？」
拓真は戸惑いながらも、言葉を返す。

「この街灯、よく見てるよね。
静かでいい場所だよね。」

少女はそう言いながら、拓真が座っているベンチの隣に腰掛けた。
戸惑いながらも、拓真は「うん」と小さく頷いた。

「本読むのにちょうどいいんだ。
静かだし、光もちょうど良い明るさで。」
拓真がそう答えると、少女はふっと笑った。

「そっか。
それなら、ここで約束をしようよ。」

「約束？」

突然の提案に、拓真は怪訝そうな顔をした。

「この街灯が消える前に、私が君を幸せにしてあげる。」

少女の言葉は唐突で、意味が分からなかった。
しかし、不思議とその声には嘘がないように感じられた。

「何言ってるんだよ。
急にそんなこと……」

拓真が困惑しながらも尋ねると、少女はただ微笑むだけだった。
そして立ち上がり、街灯にそっと手を触れた。
その瞬間、街灯の光が僅かに明るくなった気がした。

「また会おうね。」

それだけ言い残して、少女は通りの奥へと歩いていった。
振り返ることもなく、その姿は闇の中に消えていった。

拓真はその場にしばらく座り続けた。
妙な出会いだったが、彼女の言葉は頭から離れなかった。
「街灯が消える前に、幸せにしてあげる」
という約束。
それが何を意味するのか、拓真には全く分からなかったが、不思議と胸の奥に小さな灯が灯ったような感覚があった。

その夜、拓真は布団の中で目を閉じながら、ふと彼女の顔を思い浮かべた。
そして、心のどこかでまた彼女に会いたいと思っている自分に気づいたのだった。