灯火の約束

灯の秘密

翌日、拓真は学校で昨日の少女のことが気になって仕方なかった。
彼女は同じ制服を着ていたが、同じ学年の生徒では見たことがない顔だった。
もしかして他の学年の生徒かもしれない。
そう思い、昼休みに学年を問わず、友人や知り合いにそれとなく聞いてみることにした。

「久遠灯（くおん ともり）って名前の女子、知ってる？」

一人に聞いても、二人に聞いても、返ってくる答えは同じだった。

「そんな子、聞いたことないな。」
「新しく転校してきたとか？」

しかし、そんな話も耳にしていない。
校内では転入生が来るとすぐに噂になるはずなのに、誰も彼女のことを知らないのだ。

午後の授業中も、放課後の掃除の時間も、彼女のことばかりが頭をよぎる。
昨日の出来事が夢だったのではないかと思うほど、不確かに思えてきた。
それでも拓真は、放課後になると自然と足があの通りへ向かっていた。

薄暗くなり始めた夕方の静かな街灯の下。
そこには、昨日と同じように少女が立っていた。

「来てくれたんだ。」

柔らかな笑顔を浮かべた灯が、嬉しそうに拓真を迎えた。

「君、本当に誰なんだ？」
拓真は正直に疑問をぶつけた。
学校で誰に聞いても、君のことを知らないって言われたんだ。

灯は少し困ったような顔をしたが、すぐに笑みを取り戻してこう言った。
「私は……
ここにいるのが好きなだけ。学校の人には私のこと、言わないでね。」

「でも、なんで？」

「理由なんてないよ。
ただ、それがいいの。」

灯の言葉には何かを隠しているような響きがあったが、深く追及するのは悪い気がして、拓真はそれ以上何も言えなかった。

二人はそのまま街灯の下で話をした。
灯はとても楽しそうに笑いながら、拓真の話をよく聞いてくれた。
学校のことや家のこと、普段なら誰にも言えないようなことも、自然と話せてしまう不思議な安心感があった。

その時、ふと風が吹き抜け、灯の長い髪が揺れた。
その瞬間、街灯の光がふっと揺らぎ、灯が立ち上がってその光に手をかざした。

「どうしたんだ？」

拓真が声をかけると、灯は振り向き、にっこりと微笑んだ。
「大丈夫。
ちょっと調整しただけ。」

「調整？」

灯の言葉は明らかに普通の人が言うものではなかった。
だが、彼女の言葉はどこか本気のようで、嘘をついている感じはしなかった。

「君、もしかして普通の人じゃないのか？」
拓真は思わず口に出した。

灯はその問いには答えず、少し悲しげに目を伏せた。
そして、小さな声でこう言った。
「それはいつか分かるよ。
でも、今はただここで話そう。」

その言葉を聞いた拓真は、それ以上は聞かず、ただ頷いた。
彼女と過ごす時間が心地よかった。
たとえ彼女が普通の人ではないとしても、それは拓真にとって重要なことではないように思えたのだ。

帰り道、拓真はふと空を見上げた。
街灯が灯る通りを歩きながら、灯との会話を思い返していた。
彼女の言葉、仕草、笑顔――どれも不思議で温かく、心の中に静かに染み込んでいく感覚があった。

「彼女は一体、何者なんだろう。」

そう思いながらも、拓真の胸の中には、それ以上に「また明日、彼女に会いたい」という気持ちが芽生えていた。
彼女の存在が、拓真の暗い日常に新たな光をもたらしつつあったのだ。